『基本行政法[第4版]』(著:中原茂樹)

一冊散策| 2024.02.26
新刊を中心に,小社刊行の本を毎月いくつか紹介します.

 

 

第4版 はしがき

予価:税込 3,740円(本体価格 3,400円)

本書第3版の刊行から6年近くが経過し、初版刊行から10年を超えたタイミングで、第4版を公刊することとなった。この間、読者からいただいたご支持に、心より御礼申し上げる。

第4版では、最近の判例の展開や法改正、筆者自身の授業での経験等を踏まえ、基本事項を具体例に即して確実に理解できるように、本書の記述全体を見直した。初版以来の本書のコンセプトは変わらず、それを徹底するのが改訂の目的であるので、本書を初めて使用される方は、まず、「初版はしがき――本書の狙いと使用方法」をお読みただきたい。

第4版での主な改訂事項は、以下のとおりである。

① 最大の改訂は、拙著『基本行政法判例演習』(日本評論社、2023年。以下「基判」という)とのリンクを図ったことである。本書および「基判」は、それぞれ単独で読んでも理解できるように書かれているが、両者を連携させて判例を学習する読者には、利便性が高まったものと期待している。この点については後述する。

② 各講冒頭の「学習のポイント」について、あらかじめ講の概要を把握するだけでなく、各講を読み終わった後のチェックリストとしても使えるように、記述を改めた。復習の際に、この欄を見て内容を思い出せるか、チェックしていただきたい。

③ 「第8講 行政裁量」につき、裁量基準の説明を第9講から移動し、説明の順序を入れ替えるなど、全体的に記述を整理し、よりわかりやすい説明を目指した。

④2021年の個人情報保護法制の一元化に伴い、第15講2を全面的に書き改めた。

⑤ 行政計画の処分性に関する重要判例の解説を、第12講から第19講に移した。処分性に関する他の判例と合わせて学んだ方が、理解しやすいと思われるためである。

⑥ 第20講に、原告適格に関する新たな注目判例を素材とした設問を追加した(【設問4】。なお、旧【設問5】は、判断方法が他の設問と重なるため、頁数の増加抑制の観点から割愛した)。また、「周辺住民型」以外の原告適格の判断方法に関するコラムを追加した。

⑦ 『行政判例百選ⅠⅡ(第8版)』(有斐閣、2022年)および『ケースブック行政法(第7版)』(弘文堂、2022年)の改訂に伴い、参照指示を更新した。

上記①について、本書と「基判」との関係を説明しておきたい。本書では、行政法理論と通則的法律について体系的に説明するとともに、主に判例を基にした設例を使って、事案への当てはめの方法を解説している。これに対し、「基判」は、判例そのものにフォーカスして、(1)特に重要な36件につき、正確な読み方および応用方法を詳説するとともに、(2)本書掲載判例よりも多い268件につき、コンパクトな要約を掲載している。そこで、本書の読者が「基判」を併用することにより、(1)判例の正確な読み方と応用方法を身につけること、および、(2)設例の基になった判例の概要を一覧・整理するとともに、本書に掲載されていない判例についても、必要に応じてカバーすることが可能になる。そのような観点から、本書では「基判」への参照指示を行っている。

上記のほか、事項索引について第3版と同様に工夫を凝らし、特定の訴訟類型の活用例、「裁量が認められない場合」の例、個別法やそれに基づく法的仕組みの例等について検索できるようにしてあるので、復習や体系的理解の促進に活用していただきたい。

また、第1講の【設例】および各講の【設問】を抜粋してまとめたものを日本評論社のウェブサイトに掲載している。ダウンロードして、簡易な問題集として利用できる(そのような利用を想定して、見出しに論点を掲載せず、自分で考えられるようにした)ほか、本書を読みながら第1講の【設例】や他の講の【設問】・条文を傍らに置いて参照したい場合などにも利用できる。まずは本書の【設問】について、解説を見ずに自分で答えられることを獲得目標にしていただきたい。

法科大学院制度がスタートし、行政法が必修とされてから、まもなく20年になる。行政法理論を抽象的に学ぶだけではなく、事案解決に応用できるようになるという目標は、制度創設の頃に比べると、かなりの程度共有され、浸透してきているように見える。もっとも、行政通則法の運用能力は向上したものの、個別法の読み解き方法の開発と教育については、なお改善の余地が残されているようにも思われる。筆者自身、道半ばであるが、今後とも研鑽を積んでいきたい。

本書は筆者の授業経験から生まれ、改良を重ねてきたものである。大阪市立大学(現・大阪公立大学)、東北大学、そして現任校である関西学院大学の学生と教職員の皆さんに感謝申し上げる。また、私事で恐縮であるが、筆者の日常を支えてくれている妻と娘、筆者に教育を受ける機会を与え、好きな道を歩ませてくれた両親にも感謝したい。

第4版も日本評論社編集部の田中早苗さんとの共同作業により、完成へと至ることができた。良い本を作ることへの情熱と細やかな配慮には、頭が下がる思いである。厚く御礼申し上げる。

2024年1月
中原 茂樹

初版 はしがき――本書の狙いと使用方法

本書は、法科大学院や法学部等で行政法を学習する読者が、基礎から始めて、行政法の理論と事案とを架橋する方法を習得できるように配慮したテキストである。

法科大学院で行政法が必修とされたのを契機に、法学部も含め、行政法教育の目標として、「行政法理論・通則的法律」を用いて「個別法」を解読し、「事案」に当てはめて解決する能力の習得が重視されるようになってきている。法曹や公務員、さらには法学部を出て民間企業に進む人々にとっても、行政法理論を抽象的に理解するだけではなく、これを用いて具体的な事案を解決できることが重要であるから、上記の傾向は望ましいものと思われる。しかし、全行政分野に妥当するものとして構成された抽象的な「行政法理論・通則的法律」と、各行政分野における多様な「個別法」および「事案」との間には、大きな隔たりがあり、両者を架橋することは容易ではない。この点が、行政法を学ぶ者の最大の悩みであり、また、行政法教育の課題であると思われる。筆者は、特に2004年の法科大学院制度のスタート以降、この課題に取り組んできた。本書は、その成果をまとめたものであり、次の3点の特色を有する。

第1に、行政法理論・通則的法律について、具体的な「使い方」が理解できるように、可能な限り個別法および設例を用いて説明していることである。行政法理論は、個別法を読み解き、事案を分析するための「文法」にたとえることができるが、実際の個別法や事案においては、文法事項が複雑に組み合わされており、単に文法を文法として知っているだけでは、直ちに「読解」には結びつかない。例えば、「行政処分と行政指導の違いを述べよ」といった問いには答えられても、実際の個別法や事案において、どこに行政処分や行政指導があるかを見極められるようになるには、もう1つ別の次元の学習が必要である。本書の設例は、そのような「読解」を可能にするための着眼点、頭の働かせ方を習得させることを目的としている。設例には、説明の便宜にかなうものとして筆者が作成した比較的単純なものと、判例の事案をベースにしたやや複雑なものとが含まれており、いずれも設問形式になっている。読者は、まず、解説を見ずに自分の頭で設問を考えたうえで、解説をよく読んで、考え方を身につけていただきたい。

第2に、行政法を学ぶ読者の立場に立った解説を行っていることである。これまで授業等において多くの質問を受けてきた結果、学習者が抱く疑問や陥りがちな誤りについて、多くの共通する事項があることがわかった。その中には、学問的に高度な内容であることが原因と考えられるものもあるが、逆に、教科書等において自明の前提として特に説明されていないために、初学者に正しく伝わっていないと思われるものもある。筆者の経験では、勉強熱心な学生ほど積極的に質問を寄せる傾向があり、多くの学生から共通して寄せられる疑問については、学生の勉強不足に帰するのではなく、教え方を見直す好機と捉えるべきであるというのが私見である。そこで、本書では、コラムを活用して、これらの疑問に丁寧に答えるよう心がけた。また、本書では図表を多用しているが、これも、学生の疑問に答える中で、概念や論点相互の関係を有機的・立体的に説明するために考案されたものである。本書の大きな特長であり、行政法のイメージを膨らませるのに役立てていただきたい。

第3に、「理論と事案との架橋」の前提となる基本的事項(第1で述べた「文法」事項)そのものについても体系的に説明し、本書のみで基本的事項を一通り学習できるように配慮したことである。正しい「読解」のためには、基本概念(「文法」事項)を行政法の体系の中に位置づけて正確に理解することが不可欠である。そこで、本書は、「行政法体系において行政処分概念がもつ意味は何か」、「行政手続を法律で定めることの意味は何か」といった根本的な問題から丁寧に説明している。また、本書は、初学者が無理なく読み進められるように配慮して書かれているが、行政法全体が体系的に関連している以上、後ろの部分を読んで初めて前の部分を十分に理解できる場合があることは避けられない。そこで、煩雑をいとわず、本文中の関連箇所への参照指示を徹底している。最初に本書を読まれるときは、参照指示に従って後ろの部分を読んでも、なお完全な理解には至らないかもしれないが、2度目以降には、参照指示を十分に活用して、本書を縦横に読んでいただきたい。本書の終章末尾に掲げた図は、取消訴訟のプロセスに即して本書の内容全体を体系的に位置づけたものであり、事案解決を考える際の手順として活用するほか、本書を読みながら適宜参照して、体系的理解を確実にしていただきたい。なお、本書で基本を習得した後は、事例問題集などで応用練習をしていただきたいが、その際にも、基本概念等について疑問が生じた場合には常に本書に立ち返り、知識の整理・体系化のための羅針盤として本書を活用していただければ幸いである。

本書は、大阪市立大学(2009年9月まで)および東北大学における筆者の授業から生まれたものであり、熱心に授業に参加してくださる学生の皆さんには、感謝申し上げるとともに、早くから要望をいただきながら、出版が遅くなったことをお詫びしたい。

大学院で指導教官をお引き受けいただいてから今日に至るまで温かくご指導いただいてきた小早川光郎先生、学部演習に参加させていただいて以来様々なことを教えていただいている塩野宏先生の学恩に深く感謝したい。未熟な本書を両先生のお目にかけるのはお恥ずかしい限りであるが、本書を筆者の教育面の中間報告とさせていただき、今後一層研究・教育に精進して参りたい。

末筆ながら、本書の出版を勧め、忍耐強い励ましと精緻な編集作業により完成へと導いてくださった日本評論社の田中早苗さんに、心より御礼申し上げたい。

2013年11月
中原 茂樹

第8講 行政裁量(抜粋)

 

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目次

第4版 はしがき
初版 はしがき――本書の狙いと使用方法

序章

序章 行政法学習の目標

1 行政法は民事法・刑事法と並ぶ法の3大分野の1つ
2 「行政法」という名の法律はない――個別法の解釈が問われる
3 行政法は実体法と訴訟法を包括する法分野
4 「行政法理論・通則的法律」と「個別法・事案」との架橋
5 本書の構成

Ⅰ 行政法の基礎

第1講 行政の存在理由・行政法の特色――民事法・刑事法との比較

1 鉄道運賃・料金の規制
2 自動車の運転免許制度
3 建築物の規制
4 生活保護:給付行政の例――憲法上の権利の実現、法律上の制度
5 環境保護のための補助金:給付行政の例――政策目標の実現、法律に基づかない制度
6 まとめ
7 補論――行政の定義と公法私法二元論
コラム 条文の構造と引用方法

第2講 行政と法律との関係――法律による行政の原理

1 制定法のピラミッドと行政法の解釈
2 法律による行政の原理
コラム 「侵害」の概念
コラム 法律の留保と行政処分との関係(権力留保説)

第3講 法の一般原則

1 平等原則
2 比例原則
3 信義則・信頼保護原則
4 権限濫用の禁止原則
5 まとめ

第4講 行政組織法

総説 行政法における行政組織法の位置づけ
1 作用法的行政機関概念
2 事務配分的行政機関概念
3 国の行政組織
4 地方公共団体
5 国と地方公共団体との関係
6 独立行政法人等

Ⅱ 行政過程論

第5講 行政過程論の骨格――行為形式と行政手続・行政訴訟

1 行政処分の概念
2 行政処分を中核とする行政法体系の骨格
3 行為形式と行政手続・行政訴訟との関係(ミクロのプロセス)
4 複数の行為形式の組み合わせ(マクロのプロセス)
コラム 行政行為と行政処分との関係

第6講 行政処分手続?

1 行手法の意義
2 行手法の適用除外
3 申請に対する処分と不利益処分に共通する手続
コラム 個人タクシー事件と行手法

第7講 行政処分手続?

1 申請に対する処分に特有の手続
2 不利益処分に特有の手続――意見陳述手続(13条・15条~31条)
3 処分等の求め(36条の3)――申請権がない場合
4 届出(37条)
5 手続の瑕疵が処分の取消事由になるか
コラム 広義の聴聞と行手法上の聴聞
コラム 「提示された理由(または審査基準)の内容が間違っている」という主張は、行手法違反の問題ではない
コラム 行手法の二面性――行為規範と裁判規範

第8講 行政裁量

総説 裁量とは
1 行政判断のプロセス
2 裁判所による審査と行政裁量の所在
3 行政裁量の有無の判断基準
4 裁量審査の方法
5 裁量基準と裁量審査
6 行政処分の附款
コラム 「行政法劇場」における「第1幕(行為規範)」と「第2幕(裁判規範)」
コラム 解釈基準・裁量基準と処分の適法性審査方法

第9講 行政立法

総説 行政過程における行政立法の位置づけ
1 行政立法の種類と許容性
2 法規命令
3 行政規則
4 意見公募手続
コラム 「行政立法」「行政規則」という用語
コラム 「等」に注意

第10講 行政指導

1 行政指導とは
2 行政指導の一般原則――不利益取扱いの禁止
3 申請に関連する行政指導――行政指導を理由とする処分の留保の許否
4 許認可等の権限に関連する行政指導
5 行政指導の方式――明確原則
6 複数の者を対象とする行政指導――行政指導指針
7 行政指導の中止等の求め

第11講 行政契約

1 準備行政における契約
2 給付行政における契約
3 規制行政における契約――協定

第12講 行政計画

1 行政計画の法的位置づけ・特徴――目標プログラム
2 行政計画と裁量
3 行政計画と救済方法

第13講 行政調査

1 任意調査・間接強制調査(準強制調査)・強制調査
2 行政調査と令状主義・供述拒否権
3 行政調査の要件・手続
4 行政調査で得られた資料を刑事責任追及のために用いることができるか
5 行政調査の瑕疵が処分の取消事由になるか
6 任意調査の限界

第14講 行政上の義務履行確保の手法

総説 行政上の義務履行確保手段の種類と位置づけ
1 義務履行強制
2 義務違反に対する制裁
3 即時強制

第15講 情報公開・個人情報保護

1 情報公開
2 個人情報保護

Ⅲ 行政救済論

第16講 行政上の不服申立て

総説 行手法・行審法・行訴法の相互関係
1 行政上の不服申立ての長所・短所
2 不服申立ての種類・要件
3 審査請求の審理手続
4 裁 決
5 執行停止
6 教 示
7 不服申立てと取消訴訟との関係(自由選択主義と不服申立前置)
8 原処分主義と裁決主義
コラム 「不服申立前置」と「審査請求前置」

第17講 行政訴訟の類型および相互関係

1 行政訴訟制度の沿革と概観
2 取消訴訟(3条2項・3項)
3 取消訴訟の排他的管轄と国家賠償訴訟・刑事訴訟
4 無効の処分と救済方法(3条4項等)
5 不作為の違法確認訴訟(3条5項)
6 義務付け訴訟(3条6項)
7 差止訴訟(3条7項)
8 法定外抗告訴訟(無名抗告訴訟)(3条1項)
9 形式的当事者訴訟(4条前段)
10 実質的当事者訴訟(4条後段)
11 民衆訴訟(5条)・機関訴訟(6条)
コラム 出訴期間に関する注意点
コラム 非申請型義務付け訴訟と申請型義務付け訴訟の区別
コラム 無効確認訴訟、差止訴訟等の対象に注意

第18講 取消訴訟の対象?

1 基本的定式
2 行政機関相互の行為――直接性(外部性)
3 通知・勧告等――法的効果

第19講 取消訴訟の対象?

1 一般的行為(一般処分)――直接性(具体性)
2 給付に関する決定――公権力性
3 まとめ

第20講 取消訴訟の原告適格

1 原告適格とは
2 判例の基本的枠組みと行訴法9条2項の新設
3 原告適格の具体的判断手順――行訴法9条2項の下での判例の展開
コラム 関係法令についての注意点
コラム “行訴法9条2項による個別的利益の切出し”とは異なる類型

第21講 取消訴訟と時間の経過――狭義の訴えの利益・執行停止

総説 時間の経過と狭義の訴えの利益および執行停止制度
1 狭義の訴えの利益
2 執行停止(行訴法25条)

第22講 取消訴訟の審理・判決

1 当事者主義と職権主義
2 取消訴訟における主張制限(行訴法10条)
3 取消訴訟における立証責任
4 取消判決の効力
5 「理由の差替え」と「異なる理由による再処分」

第23講 無効等確認訴訟・義務付け訴訟

1 無効等確認訴訟
2 非申請型義務付け訴訟
3 申請型義務付け訴訟
コラム 「重大な損害を生ずるおそれ」(行訴法37条の2第1項・2項)と原告適格(同条3項・4項)との関係

第24講 差止訴訟・当事者訴訟・住民訴訟

総説 差止訴訟と当事者訴訟(確認訴訟)との関係
1 差止訴訟
2 確認訴訟
3 住民訴訟

第25講 国家賠償?

1 国賠法1条の基本構造
2 国賠法1条の違法性と過失――抗告訴訟における違法性との比較

第26講 国家賠償?

1 規制権限不行使の違法性
2 発展問題――公私協働における責任主体
3 公の営造物の設置管理の瑕疵(国賠法2条)
4 費用負担者の賠償責任(国賠法3条)
5 民法の適用(国賠法4条)
6 他の法律の適用(国賠法5条)
7 相互保証主義(国賠法6条)

第27講 損失補償

1 補償の根拠――憲法29条3項の直接適用の可否
2 補償の要否
3 補償の内容
4 国家補償の谷間

終章

終章 事案解決の着眼点

1 行政活動の目的と法形式への着目
2 訴訟類型(および仮の救済手段)の選択
3 訴訟要件(および仮の救済の申立要件)の検討
4 行政活動の違法性(本案)の検討

事項索引
判例索引

書誌情報など

関連書籍

中原茂樹 著『基本行政法判例演習』(日本評論社、2023年)