(第9回)性の多様性とスポーツ I:なぜ生物学的な男女でわけて競うのか?

ヒトの性の生物学(麻生一枝)| 2024.05.15
LGBTQ,少子高齢化,男女共同参画など,議論の的となっている社会テーマの多くは,ヒトの性と関係しています.「自分がどのようにして (how),自分になったのか」を知ることは,性的マイノリティの自己の確立に大きく影響し,また,年齢に伴う卵子や精子の老化は,私たちがどのようにキャリア形成とプライベートな生活 (結婚や家庭をもつなど) を両立していくかを考える上で,避けては通れない生物学的事実です.しかし現実には,様々な議論が,生物学抜きで,あるいは生物学の誤った解釈の下におこなわれており,責任ある立場の人々の誤った言説もあとを絶ちません.
このシリーズでは,私たちの人生に密接に関係する「ヒトの性に関する生物学的知見」を紹介していきます.

(毎月中旬更新予定)

2023 年 6 月 23 日,「性的指向及びジェンダーアイデンティティの多様性に関する国民の理解の増進に関する法律」,いわゆる LGBT 法案が公布・施行された.つづく 7 月 11 日,トランスジェンダー女性による女子トイレの使用を制限することに対し,最高裁の違法判決が下った.

同じころ,国際スポーツの世界では,トランスジェンダー女性の女子競技への参加に関連して,2 つの声明が出されていた[1].7 月 14 日,自転車競技の統括団体である国際自転車競技連合 (UCI, The Union Cycliste Internationale) は,男性として思春期を過ごした後に性別を変更したトランスジェンダー女性は,女子競技に参加できなくなる,と発表した.そして,7 月 23 日,世界水泳連盟 (World Aquatics) は,水泳競技会に「オープン」カテゴリーを設け,出生時の性とは異なる性別の選手の参加を認める,と発表した.連盟はその前年,男性思春期を経験したことのある,あるいは 12 歳を過ぎてから性別適合手術を受けたトランスジェンダー女性の参加を禁止する,と発表していた.

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麻生一枝 サイエンスライター,成蹊大学非常勤講師. お茶の水女子大学理学部数学科卒業,オレゴン州立大学動物学科卒業,プエルトリコ大学海洋生物学修士,ハワイ大学動物学Ph.D. (研究テーマは魚類の性分化・性転換).「健全な科学研究における統計学や実験デザインの重要性」「ジェンダー研究における生物学の重要性」という 2 つのテーマで活動してきている.著訳書に『科学でわかる男と女になるしくみ』(SBクリエイティブ),『生命科学の実験デザイン』(共訳,名古屋大学出版会),『科学者をまどわす魔法の数字,インパクト・ファクターの正体---誤用の悪影響と賢い使い方を考える』(日本評論社),『データを疑う力』(東京図書出版) など.