(第65回)もしトラと国際通商ルール(平家正博)

弁護士が推す! 実務に役立つ研究論文| 2024.04.25
企業法務、ファイナンス、事業再生、知的財産、危機管理、税務、通商、労働、IT……。さまざまな分野の最前線で活躍する気鋭の弁護士たちが贈る、法律実務家のための研究論文紹介。気鋭の弁護士7名が交代で担当します。

(毎月中旬更新予定)

伊藤一頼ほか「特集/経済安全保障の法的制御」

法律時報96巻1号(2024年1月号)4頁~59頁

トランプ前大統領は、本年の米国大統領選に向けて、全輸入品に一律10%、中国品に60%超の関税を課す考えを示したり、中国メーカーがメキシコで生産した完成車に100%の関税を課す考えを示している。これら関税を、どのように国際ルールであるWTOルールに整合する形で課すのか明らかでないが、前回の政権時に課した、通商拡大法232条に基づく追加関税(鉄鋼・アルミ製品等に対する関税)や通商法301条に基づく追加関税(中国品に対する追加関税)も、WTOルールへの不整合が指摘されていることを踏まえると、トランプ前大統領にとり、WTOルールに整合するか否かは重要ではないと思われる。

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このようなWTOルール軽視の姿勢は、なにも米国にのみ見られる事情ではない。中国も、WTOルールに整合しない、非市場経済的な慣行が継続していたり、経済的威圧の手法を多用する等、WTOルールの順守が不十分と指摘されている。また、インドネシアのニッケル輸出規制に見られるように、資源国も、WTOルール整合性が疑わしい資源の囲い込みを行っている。

このような国際ルール軽視の動きは、貿易等の自由化から利益を享受してきた日本にとり、経済的なチャレンジであることに加えて、経済安全保障上の重大なチャレンジと捉えることができる。例えば、経済安全保障推進会議は、日本の経済安全保障の推進に向けた目標として、自律性の確保及び優位性・不可欠性の獲得等に加えて、3本目の柱として、基本的価値やルールに基づく国際秩序の維持・強化を挙げ、具体的な取組として、通商・データ・技術標準等の公正な国際ルールの維持・強化・構築を掲げている。

このような状況の下では、どのような国際ルールが存在しており、その国際ルールがどのように機能しているのかを知ることは、益々、重要になっていると考えられる。今回は、かかる問題意識を踏まえて、法律時報96巻1号に掲載された、「特集 経済安全保障の法的制御」(以下「本件特集」という)を紹介したい。

本件特集は、現下の国際情勢に鑑みれば、経済安全保障に関する施策の必要性は否定されないが、当該施策により経済活動の自由や予測可能性が過度に損なわれる恐れ等が存在する点を踏まえ、「経済安全保障に関わる様々な法分野について、国際法や各国国内法における最新の動向を分析するとともに、それが政府の規制権能に対する適切な法的制御の仕組みを伴っているか」という点を考察する。

すなわち、本件特集は、まず、経済と安全保障の「概念的あるいは実体的な接近や結合」が生じている点が現在の特徴であると指摘した上で、具体的な事象として、①国家間の経済的相互依存関係の「武器化」、②デュアルユース(軍民両用)の範囲の拡大、③国家の基幹産業セクターの国際競争力を維持する重要性の拡大、④人権・民主主義・市場経済といったリベラルな諸価値と安全保障の結びつきを挙げる。

そして、経済安全保障を確保するための規制は、(上記事象が示すとおり)広範な経済活動に対して予防的な制限措置や注意義務を課すものとなりやすいため、経済的自由をはじめとする他の社会的価値との関係において過度に均衡を失したものとならないようコントロールするよう、法の役割が期待されているとする。

その上で、国内的側面と国際的側面の両面で、各法分野において、現在の置かれている状況や、法的制御の仕組みが論じられている。日本の各分野における第一人者が論じている内容を正確に紹介したり、個別に論評を加えるのは、筆者の能力の及ぶところではなく、ぜひ、直接手に取って読んでもらえればと思うが、以下では、本件特集が取り扱っている内容のうち、筆書が業務で取り上げることの多い国際通商ルールが、何故、企業や日本政府の日々の業務にとっても重要か、筆者なりの考えを紹介してみたい。

まず、本件特集が取り上げる法的制御の仕組みは、日本に不利な競争環境の是正を働きかけるためのツールとなる可能性がある。例えば、他国が導入した規制が、日本に不利に作用する内外差別的な措置であれば、国際ルールに違反することを理由に、措置の是正を求めていくことが考えられる。

また、国際通商ルールは、立場を異にする国家同士の交渉を経て制定される妥協の産物であるため、国内法と比較すると、規律が網羅的でなかったり、規律内容が不明確で、明らかな違法、明らかな適法の間に、違法か適法か明確でないグレーな領域が広がっている場合がある。目下の状況下、これまで見られなかった施策を講じる政策的必要性が高まっており、日本としても、国際ルールを重視しつつも、明らかに適法な施策だけでなく、このグレーの領域を上手く活用していくことが求められているが(いわゆるpolicy spaceの有効な活用)、その上でも、既存の国際通商ルールの深い理解が重要となる。

地政学的緊張の高まり等を受けて、国際的なビジネス環境が大きく不安定化する中で、現状を理解し、将来を予測するためにも、現在の秩序を構成する国際ルールを理解する重要性が高まっており、本件特集は、そのような知見を得るためにも、大変参考になるのではないかと思われる。

本論考を読むには
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平家正博(へいけ・まさひろ)
西村あさひ法律事務所 弁護士
2008年弁護士登録。2015年ニューヨーク大学ロースクール卒業(LL.M.)。2015~2016年ブラッセルのクリアリー・ゴットリーブ・スティーン アンド ハミルトン法律事務所に出向。2016-2018年経済産業省 通商機構部国際経済紛争対策室(参事官補佐)に出向し、WTO協定関連の紛争対応、EPA交渉(補助金関係)等に従事する。現在は、日本等の企業・政府を相手に、貿易救済措置の申請・応訴、WTO紛争解決手続の対応、米中貿易摩擦への対応等、多くの通商業務を手掛ける。