(第67回)多面的な検討が求められるCBDC(中央銀行デジタル通貨)(有吉尚哉)

弁護士が推す! 実務に役立つ研究論文| 2024.06.18
企業法務、ファイナンス、事業再生、知的財産、危機管理、税務、通商、労働、IT……。さまざまな分野の最前線で活躍する気鋭の弁護士たちが贈る、法律実務家のための研究論文紹介。気鋭の弁護士7名が交代で担当します。

(毎月中旬更新予定)

久保田隆「金融システムと経済安全保障――全体像と中央銀行デジタル通貨(CBDC)の課題」

法律時報96巻1号(2024年1月号)より

定価:税込 2,090円(本体価格 1,900円)

CBDC(中央銀行デジタル通貨:Central Bank Digital Currency)とは、「(1)デジタル化されていること、(2)円などの法定通貨建てであること、(3)中央銀行の債務として発行されること」という3つの要件を満たすものと説明されている(日本銀行ホームページ参照)。近年の経済社会の急速なデジタル化や、キャッシュレス決済の普及などの環境を受けて、世界的にCBDCの検討が進んでおり、実際にバハマなどの一部の国・地域ではCBDCが導入されている。我が国においても日本銀行が2021年以降、CBDCに関する実証実験を進めているほか、2023年12月13日には財務省が設置した「CBDC(中央銀行デジタル通貨)に関する有識者会議」がCBDCを導入する場合に考えられる制度設計上の主要論点に関する議論の取りまとめ【PDF】を公表した。CBDCの導入が決定されているわけではないが、導入に備えた取組みが着実に進められている状況にあるといえよう。

仮にCBDCを導入する場合には、法的な観点からも多様な論点を検討する必要がある。そもそも法的にどのような発行形態をとるかということに始まり、法貨性(強制通用力)をどのように認めるか、移転に関する規律、不正取得・偽造・複製・データの消滅などが生じた場合の法的効果、強制執行の方法、偽造・複製行為に対する刑事罰の適用関係、AML/CFT/CPF(マネー・ローンダリング、テロ資金供与、拡散金融対策)規制の適用関係、個別取引情報の保護のあり方など、検討すべき法的論点は多岐にわたる。民事法・刑事法の基礎的な概念に関わる見直しも含めて、立法的な措置が必要となる事項も多いと思われる。さらに、本稿では、これらの論点とも異なる視点からCBDCに関わる法的課題が指摘されている。

本稿は、早稲田大学の久保田隆教授が金融システムと経済安全保障に関する議論の全体像を示した上で、CBDCを巡る経済安全保障上の法的論点を呈示するものである。経済安全保障を巡る金融の重要論点として、「インフラ金融」、「通貨」、「金融制裁」の3つを挙げる見解があることを紹介した上で、このうちの「通貨」に関わるものとしてCBDCについての2つの法的課題を提起している。

1つめの課題として「中央銀行の独立性」との関係を取り上げる。本稿では、国家の「通貨主権」を前提に実施される業務は行政権(憲法65条)の行使と解すべきとし、かつ、通貨主権には、通貨制度制定権(通貨単位、通貨価値の規律、通貨製造・発行方法、発行益の帰属方法等を国家が制定する権限)と通貨発行権(中央銀行業務である通貨発行・金融政策)が含まれるとするのが政府の見解であることが説明されている。その上で、CBDCの発行は通貨制度制定権に属するため、日本銀行は水面下で行政との調整を行ってきたことが紹介される。しかしながら、久保田教授は、CBDCが通貨主権に関わるだけでなく、「国民の基本的人権(国家の過剰管理やプライバシー侵害、財産権侵害〔CBDCがハッキングされた場合を想定〕)に繋がり得る重要事項」であると指摘し、それにもかかわらず国民への説明や金融教育、意見聴取が不十分であるとの懸念を示す。そして、日本銀行は国民向け協議や民主的な法案決定プロセスを示すべきであると提言する。

2つめの課題として「通貨主権」の侵害の問題を指摘する。その中では、CBDCに対する海外からのハッキング攻撃の脅威があることも紹介した上で、本稿では特に他国の発行したCBDCが国内に流通し、自国通貨が取って代わられ通貨主権を失うという「デジタル・ドル化」の問題を考察している。この論点は、我が国においてCBDCを導入するか否かにかかわらず生じうるリスクであるが、久保田教授は日本法によっても国際法によっても対処することが困難なリスクであることを指摘する。そして、「実効性のある迅速な紛争解決メカニズムとしてG20やIMFでソフトロー合意を締結」することを提案し、IMFがクロスボーダーCBDC取引で国際取引共通基盤の構築構想を打ち出したことは、かかる提案に通じるものと評価する。

ITの進展やデジタル化を背景として、CBDCの利便性や活用可能性を検証し、有用性が認められるのであれば、その制度設計を検討していくことは、社会経済の改善につながりうるものと考えられる。他方で、久保田教授が指摘するとおり、CBDCの導入による弊害や、他国がCBDCを用いることによる脅威についても、十分に意識して政策的な取組みが進められることが必要であろう。本稿は、世界的にCBDCが登場しつつある環境下において、我が国の社会経済のために重要な視点を呈示する一稿である。

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有吉尚哉(ありよし・なおや)
2001年東京大学法学部卒業。2002年西村総合法律事務所入所。2010年~11年金融庁総務企画局企業開示課専門官。現在、西村あさひ法律事務所・外国法共同事業パートナー弁護士。金融審議会専門委員、財政制度等審議会臨時委員、東京大学公共政策大学院客員教授、金融法学会理事、金融法委員会委員、日本証券業協会「JSDAキャピタルマーケットフォーラム」専門委員、武蔵野大学大学院法学研究科特任教授、一般社団法人流動化・証券化協議会理事。主な業務分野は、金融取引、信託取引、金融関連規制等。主な著書として、「日本法の下でのESG/SDGsを考慮した投資と法的責任」『フィデューシャリー・デューティーの最前線』(有斐閣、2023年)、「事業成長担保権に信託を用いることに関する一考察」『検討! ABLから事業成長担保権へ』(武蔵野大学出版会、2023年)、「金融機関に求められるSDGs・ESGの視点」『SDGs・ESGとビジネス法務学』(武蔵野大学出版会、2023年)、「担保取引の機能と比較した証券化取引の機能」『現代の担保法』(有斐閣、2022年)、『論点体系金融商品取引法1~3〔第2版〕』(第一法規、2022年、編集協力・共著)等。論稿多数。