共同正犯の悩みどころ――「自己の犯罪を行う意思(正犯意思)」の使い方(特集:刑法のマジックワード)(伊藤嘉亮)
◆この記事は「法学セミナー」834号(2024年7月号)に掲載されているものです。◆
特集:刑法のマジックワード
その用語、本当に分かって使っていますか? あやふやな理解になりがちなフレーズの使い方を身につけ刑法学習の確度を上げよう。
――編集部
【事例】被告人Xは、A国から大麻を密輸しようとしていたYから実行役を頼まれた。Xは執行猶予中であるとして実行役は断ったものの、大麻は欲しかったのでZに協力を求め、Zを自分の代わりとしてYに引き合わせつつ、大麻の一部を譲ってもらう約束のもとにその分の資金をYに提供した。Zは、某年10月27日にA国で購入した大麻を着衣などに隠匿携帯した状態でA国B空港から航空機に搭乗し、同日午後8時35分頃、日本のC空港に到着して、大麻を本邦内に持ち込んだ(大麻取締法24条2号、4条1号)1)。
1 はじめに
この【事例】は、最決昭和57・7・16刑集36巻6号695頁の事案をモデルにしたものである。首謀者のYや実行役のZと比べると、被告人XはYらの間を仲介し、購入資金の一部を提供したにすぎず、幇助犯の成立にとどめてもよさそうに見えるが、最高裁はXにも共同正犯が成立すると判断している。以下では、この【事例】を念頭に、共同正犯の成否を考える際のマジックワード「自己の犯罪を行う意思(正犯意思)」を考察していこう。
2 マジックワードとしての「自己の犯罪を行う意思(正犯意思)」
(1) 出発点としての主観説
複数人が協力して犯罪を遂行しようとする共犯事件の場合、関係者らの関わり方には様々なものがある。実行行為の分担を共同正犯の成立要件と理解するのであれば、(実行行為の範囲に曖昧さを残すものの)ある程度は容易に共同正犯と教唆犯・幇助犯を区別することができるが、判例・通説が共謀共同正犯を肯定する現在の議論状況においては、関係者の中から誰を共同正犯とし、誰を教唆犯・幇助犯にするかという判断には困難を伴うことが多い。
まず、共同正犯と狭義の共犯の区別に関して著名な実務家が著した2つの論文の一節を見てもらいたい。
脚注
1. | ↑ | 実際の事件では関税法違反も問われているが、便宜上、本稿では大麻取締法違反のみを念頭に置く。 |