(第8回)本当に残る言葉とは? Verba volant, scripta manent/言葉は飛び去り, 書かれた言葉は残る

竪琴にロバ:ラテン語格言のお話(野津寛)| 2024.06.24
格言といえばラテン語, ラテン語といえば格言. みなさんはどんなラテン語の格言をご存知ですか? 日本語でとなえられる格言も, 実はもともとラテン語の格言だったかもしれません. みなさんは, 知らず知らずに日本語で, ラテン語を話しているかもしれません! 実は, ラテン語は至るところに存在します. ラテン語について書かれた本も, ラテン語を学びたいという人も, いま, どんどん増えています. このコラムでは, ラテン語格言やモットーにまつわるお話を通じて, ラテン語の世界を読み解いていきましょう. (毎月下旬更新予定)

現代における消費される「書かれた言葉」

私たちは言葉が「消費」される時代に生きています. スマートフォンの小さな液晶を通じて, 夥しい量の言葉が売り買いされているだけではなく, 絶えずやり取りが課金される無限の情報は, 基本的には電子データという形を取っており, あたかも発話された言葉のように, 一瞬にして飛び去り「消費」され失われるものであり, 残るということはあまり期待されていないように思われます. こうした情報の本体は, 文字であれ画像であれ動画であれ音声であれ, すべて電子データである限りにおいて, 本質的に「書かれた言葉」ですが, 検索エンジンによってそれらを再発見しない限りはもう2度とお目にかかれない, 水のような存在です. それでも私たちは, それらの「書かれた言葉」が何か貴重な「思い出すべき」情報であると気づいた時にはいつでも, 任意の検索エンジンを使ってそれらを再び自分のものにできると信じています. 私たちは, 先進の情報科学と商業主義的なオンラインネットワークによって保証されたマルチメディアの集団的記憶ともいうべき, こうした夥しい電子データの集積と検索エンジンによって, 貴重な情報が永続化されると信じているとすれば, すでにそのような文字文化のフェーズの中に生きているのだと思います. そのような文字文化における「書かれた言葉」とは, もはや手書きの言葉ではなく, コンピューターが扱うことのできる電子データの集積のことです. その意味で, 夥しい電子データの集積と検索エンジンが(それに加えて生成 AI が)新たな書物であると言えるでしょう. 世界で最も有名な検索エンジンを運営する会社は Alphabet を名乗っていますが, これはなかなか意味深い会社名だと思います.

このコンテンツを閲覧するにはログインが必要です。→ . 会員登録(無料)はお済みですか? 会員について

野津寛(のつ・ひろし)
信州大学人文学部教授。専門は西洋古典学、古代ギリシャ語、ラテン語。
東京大学・青山学院大学非常勤講師。早稲田大学卒業、東京大学修士、フランス国立リモージュ大学博士。
古代ギリシア演劇、特に前5世紀の喜劇詩人アリストパネースに関心を持っています。また、ラテン語の文学言語としての発生と発展の歴史にも関心があり、ヨーロッパ文学の起源を、古代ローマを経て、ホメーロスまで遡って研究しています。著書に、『ラテン語名句小辞典:珠玉の名言名句で味わうラテン語の世界』(研究社、2010年)、『ギリシア喜劇全集 第1巻、第4巻、第8巻、別巻(共著)』(岩波書店、2008-11年)など。