(第68回)パススルー課税(伊藤剛志)

弁護士が推す! 実務に役立つ研究論文| 2024.07.18
企業法務、ファイナンス、事業再生、知的財産、危機管理、税務、通商、労働、IT……。さまざまな分野の最前線で活躍する気鋭の弁護士たちが贈る、法律実務家のための研究論文紹介。気鋭の弁護士7名が交代で担当します。

(毎月中旬更新予定)

田中啓之「パススルー課税の現状と未来」

オープンイノベーション時代の企業課税 租税法研究第51号(2023年)より

パススルー課税とは、論者によって多少の差異はあるものの、組織をあたかも導管のようにとらえ、その稼得する損益を当該組織の段階では課税の対象とせず、その構成員の段階でのみ課税する方式を意味する。組織からその構成員に対する現実の支払の有無にかかわらず、損益が構成員に通り抜ける(pass through)ように課税することから、パススルー課税と呼ばれる。

定価 3,740円(本体 3,400円)

わが国において、このようなパススルー課税となる組織体は少ない。課税実務上、民法667条1項に規定する組合契約、投資事業有限責任組合契約に関する法律3条1項に規定する投資事業有限責任組合契約及び有限責任事業組合契約に関する法律3条1項に規定する有限責任事業組合契約により成立する組合、そして、外国におけるこれらに類する組織体(以下「任意組合等」という。)について、このようなパススルー課税の取り扱いがされている。

もっとも、所得税法や法人税法には、任意組合等について、パススルー課税を定めている法令の規定はない。所得税基本通達36・37共-19及び法人税基本通達14-1-1は、任意組合等において営まれる事業から生じる利益・損失が、当該任意組合等の各組合員に直接に帰属する旨を規定しているが、租税法令に係る通達は、税務執行の公平性・安定性のために上級行政庁から下級行政庁に対して租税法令の解釈を示したものであり、租税法令ではない。我が国におけるパススルー課税の取り扱いは、租税法令の規定の解釈から導かれており、解釈通達により明示されているルールも少なく、適用されるべきルールの内容は、不明確な部分が多い。法令の規律密度が低いと、解釈によって補う必要のある範囲が広く、実務上は、様々な解釈の可能性や相対的なリスクを勘案しながら、適切な処理や対応を検討せざるを得ない。

田中啓之・大阪大学大学院高等司法研究科准教授の本論稿は、2022年10月に開催された租税法学会の報告として準備された論稿であり、組合課税に焦点をあて、課税論拠に係る学説の現状及び判例法の現状を整理した上で、パススルー課税の未来として、解釈論及び制度論の課題やあるべき方向を提示している。なかでも、匿名組合契約に基づく利益分配に係る所得区分が争われた最判平成27年6月12日民集69巻4号1121頁との関係で、民法上の組合又は匿名組合等という私法上の法形式と租税法上の課税形式との間に一義的な対応関係を観念する従来の思考様式に対して、「共同事業者組織性」が終局的な判断基準であることが最高裁調査官解説により示唆され、下級審裁判例で私法上の法形式についての性質決定を行うことなく最高裁の判断枠組みが適用されていることについて、「今後の判例法理の発展の方向性を指し示すものと考えられる」との指摘は興味深い。「共同事業者組織性」について、当該事案で問題とされた所得区分に関するものと考えるべきか、パススルー課税の理論的根拠に及ぶような射程の広い議論なのか、今後の判例法理の展開を注視する必要があるように思われる。また、本論稿が所収されている学会誌には、当日のシンポジウムの記録も収録されており、そこで展開されている租税法学者の議論も興味深い。

本論稿は、我が国における組合税制・パススルー課税の現状と課題がコンパクトにまとまっており、組合税制、パススルー課税を検討する際には、参照すべき論稿となろう。

本論考を読むには
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伊藤剛志(いとう・つよし)
1999年東京大学法学部第一類卒業。2000年西村総合法律事務所(現:西村あさひ法律事務所)入所。2007年ニューヨーク大学ロースクール卒業(LL.M.)。2016年より2019年まで東京大学大学院法学政治学研究科・客員准教授。主な業務分野は、税務、資産運用・金融取引。主な著書として、『デジタルエコノミーと課税のフロンティア』(共編著、有斐閣、2020年)、『BEPSとグローバル経済活動』(共編著、有斐閣、2017年)、『ファイナンス法大全(上)・(下)〔全訂版〕』(共著、商事法務、2017年)等。