(第75回)私のヒーロー(金杉美和)

私の心に残る裁判例| 2024.08.01
より速く、より深く、より広く…生きた法である“判例”を届ける法律情報誌「判例時報」。過去に掲載された裁判例の中から、各分野の法律専門家が綴る“心に残る判決”についてのエッセイを連載。
判例時報社提供】

(毎月1回掲載予定)

国会周辺デモ規制処分の執行停止事件

都公安条例に基づく集団示威行進の許可に付された条件(進路の変更)の効力を停止する決定に対し内閣総理大臣の異議が述べられた事例

東京地方裁判所昭和42年6月9日決定
判例時報483号3頁

約23年前、「虎に翼」の女子部のような雰囲気で(周囲にいたのは男子学生ばかりだったけど)法律を学んでいた私には、ヒーローがいた。昭和40年代に東京地裁で裁判長を務めた、杉本良吉裁判官だ。第二次家永教科書訴訟で一審判決、いわゆる「杉本判決」を書いたお人である。

当時私は伊藤塾に通い、司法試験に挑戦していた。大学は文学部(中古の国文学専攻)で、紆余曲折を経て26歳から司法試験を目指した私にとって、法律用語も初めてなら、判例・裁判例など同じ日本語とも思えない。伊藤塾長がA評価を出した判例・裁判例1)を片っ端から読破していたのだが、この決定はB-。それでも当時の判例集には、カラフルな蛍光ペンや赤ペンでびっしり書き込みがある。「杉本良吉裁判長」の箇所には「も、も、も、もしや!!」、欄外には「杉本さん、素敵!!あなたはステキよ!ブラボ~~~」の後にハートマークが。

決定自体は、「東京都公安条例に基づき公安委員会が集団示威運動につきなした条件付許可処分の条件中進路の変更に関する部分が違法であるとした事例」「行政処分につき執行停止の必要を認めた一例」と言葉にすれば厳ついが、憲法施行20周年を記念した1000人規模のデモ行進について、首相官邸前や国会議事堂の裏を経由することを認めず、進路変更を条件に許可した処分に対し、条件を付したことは違法だとして条件付き許可の執行停止まで認めたもの。都公安条例の、許可に条件をつけることができる旨の「規定は、憲法が保障し、民主政治にとって極めて重要な集団行動による表現の自由を制限するものであるから、その運用にあたっては、いやしくも公安委員会がその権限を濫用し、公共の安寧の保持を口実にして、平穏で秩序ある集団行動まで抑圧することのないよう戒心すべきことはいうまでもない。」……素敵すぎませんか? そして、本件デモ行進の進路や規模、その他の条件を丁寧に認定し、「国政審議権の公正な行使を阻害する等のものとは断ずることができない」と判示したのだった。

法律の素人だった私にとって、「これおかしくない?」という判例ばかりの中、「そうそう、そうだよね!」と胸のすくような決定・判決は、「法律とは綺麗な水の湧く泉」だと、そう感じさせてくれる泥中の珠玉のような存在だった。最近は、ついぞ(宇賀裁判官の反対意見以外は)見なくなったけれど。


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脚注   [ + ]

1. 伊藤塾では、司法試験対策の重要度に応じてA+からC-まで評価を付けていた。

金杉美和(かなすぎ・みわ 弁護士)
弁護士(京都弁護士会)。1974年生まれ。エアラインのパイロットを目指すも失敗し、フリーター生活の後、26歳で司法試験に挑戦。2004年京都弁護士会登録。日弁連法廷技術小委員会元委員長、法制審議会刑事法(性犯罪関係)部会元幹事。著書に『セキララ憲法』(新日本出版、2015年)、『裁判員裁判刑事弁護マニュアル』(共編・第一法規・2009年)、『ケース研究・責任能力が問題となった裁判員裁判』(共編・現代人文社・2019年)。