(第70回)コーポレート・ガバナンスの進展と株主代表訴訟の意義(野澤大和)
(毎月中旬更新予定)
加藤貴仁「株主代表訴訟の意義を問い直す」
法律時報96巻9号(2024年)1頁より
企業不祥事を契機として、ガバナンスの改善要求をするアクティビストや義憤に駆られた個人株主の一部が取締役に対する責任追及訴訟の提訴請求(会社法847条1項)を行ったり、会社が責任追及訴訟を提起しない場合には会社に代わって株主代表訴訟を提起したりすることが実務上見られる。会社法上、株主にとって提訴請求及び株主代表訴訟の提起のハードルは低いものとされているが、責任追及に係る株主代表訴訟の被告となる取締役はもちろん、責任追及訴訟を一旦差し控える判断をした会社にとっても様々な負担が生じる。取締役会に占める社外取締役の割合をはじめとして、上場会社のコーポレート・ガバナンスは株主代表訴訟制度の導入当時から大きく進展していることを踏まえれば、株主代表訴訟の意義を改めて問い直す時期に来ているのではないかと思われる。
本稿は、具体的な事件に対する社会的な注目が制度改正の気運を高める効果を有するが、それが適切な立法措置等につながるわけではないという問題意識の下、制度の目的や機能に関する理解に争いがある株主代表訴訟制度について将来の制度改正の検証のために株主代表訴訟の機能に対する理解を巡る争いの整理を行うことを試みるものである。
まず、本稿は、株主代表訴訟の特徴として、単独株主権であること(会社法847条1項)、提訴請求等訴訟の提起の判断において株主の判断が尊重されていること(同条1項・3項)、訴訟提起及び訴訟活動のために株主が負担しなければならない費用を軽減する措置が講じられていること(会社法847条の4第1項、民事訴訟費用等に関する法律4条2項、会社法852条1項)を指摘する。
次に、本稿は上記の特徴を有する株主代表訴訟の機能について伝統的な理解を確認するとともに、コーポレート・ガバナンスに関する法制度が発展した今日においてその理解の妥当性を問う。すなわち、株主代表訴訟の機能は、「役員相互の特殊な関係から会社による取締役の責任追及が行われないおそれ」による提訴懈怠のおそれへの対処であると解されている(最判平成21年3月10日民集63巻3号361頁)。従業員出身者が取締役の多数を占めるような伝統的な上場会社の取締役会の構成であれば、「役員相互間の特殊な関係」の存在により、取締役会は取締役の責任追及が会社及び株主全体の利益の観点から望ましいか否かを合理的に判断する主体とはいえなくなる。しかし、コーポレート・ガバナンスに関する法制度の発展により、取締役会における独立社外取締役の影響力が増大しつつある状況において、取締役の責任追及を行うべきか否かの判断を誰に委ねるべきかを論じる際に「役員相互間の特殊な関係」の影響が弱まっている可能性をどの程度考慮することが許されるかが問題となり、現行の株主代表訴訟制度のように、その判断を株主に委ねることが適切であるのかが問われることになる。
取締役の責任追及に関する判断を誰に委ねるべきかを論じる際には、取締役の責任追及の要否の判断基準を確認する必要がある。この点、本稿は取締役の義務違反の有無が問題となる特定の会社及びその株主全体の利益を判断基準としているが、そのような判断基準とする方向で収斂が生じているわけではないと指摘する。会社法の制定時の国会審議等の立法経緯は、取締役の責任追及の要否を特定の会社及びその株主全体の利益の観点から判断することを否定するものではないが、唯一の判断基準ではないことを示唆している。
すなわち、株主代表訴訟によって取締役の責任追及をする意味は、損害塡補(取締役に資力がある場合には、責任追及を受けた取締役が損害賠償を会社に支払うことで会社の財産が回復すること)と違法行為抑止(個々の事案における責任追及の結果、訴訟の脅威を通じて違法行為の抑止を期待できることに加えて、事後的に損害賠償責任を追及される可能性の存在により事前に取締役が義務を履行するインセンティブが発生すること)と整理されることが一般的であり、損害塡補は取締役が損害賠償責任を負う特定の会社の問題であるが、違法行為抑止はその他の会社についても一定の効果をもたらす可能性があると指摘する。
取締役会や監査役等が会社及び株主全体の利益の観点から責任追及を差し控えた場合も、株主代表訴訟が提起されることによって会社は様々な負担を引き受けるが、被告となる取締役の資力に問題があればその負担に伴う損害は塡補されず、D&O保険も保険料の高額化の問題があり、万全ではない。株主代表訴訟を違法行為抑止の観点から考えるのであれば、会社にとっての費用と便益の比較が重要となる。取締役会や監査役等は自らを選任した会社や株主全体の利益を考慮する義務を負っているため、責任追及の要否を判断する際に違法行為抑止の効果が他の会社に波及することを考慮することには制約があるが、個々の株主にはこのような制約がない。本稿は、違法行為抑止の費用を負担する主体と便益が生じる主体にズレが生じている点で、株主代表訴訟は制度としての不安定さを抱えていることを指摘する。
本稿は、制度導入時からのコーポレート・ガバナンスの進展等の社会経済情勢の変化を踏まえて、株主代表訴訟が現実的に果たしている機能とその評価について、利害関係者の間に認識の相違が存在することを指摘し、その理解を巡る争いの整理しようとするものである。本稿は、株主代表訴訟の意義を問い直す際の重要な視点を提供するものであり、将来の制度改正において大いに参考にされるべきものであろう。
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2004年東京大学法学部卒業。06年東京大学法科大学院修了。07年弁護士登録。08年西村あさひ法律事務所入所。14年Northwestern University School of Law卒業(LL.M.)。14年~15年Sidley Austin LLP(シカゴオフィス)で研修。15年ニューヨーク州弁護士登録。15年〜17年法務省民事局に出向(会社法担当)。19年西村あさひ法律事務所パートナー。主な書籍・論文として、『新株発行・自己株処分ハンドブック』(共著、商事法務、2024年)、「特定の株主からの自己株式の取得と書面決議の利用の可否」旬刊商事法務2345号(2023年)、「アクティビストへの対応と監査役としての留意点」月刊監査役757号(2023年)、「<座談会>株主アクティビズムと2023年6月の株主総会の振り返り」MARR347号(共著、2023年)、「自己株式の取得・処分の事例分析――2022年6月~2023年5月」資料版商事法務472号(共著、2023年)、「株主総会の運営・事務に関するQ&A――株主総会資料の電子提供制度を中心に」ビジネス法務23巻6号(2023年)、『デジタル株主総会の法的論点と実務』(共著、商事法務、2023年)、『実務問答会社法』(共著、商事法務、2022年)、『令和元年会社法改正と実務対応』(共著、商事法務、2021年)、『M&A法大全〔上〕〔下〕』(共著、商事法務、2019年)ほか多数。