『関数解析—より進んだ話題への入門』(プリンストン解析学講義 4)

一冊散策| 2024.09.06
新刊を中心に,小社刊行の本を毎月いくつか紹介します.

まえがき

2000 年の初春から,四つの一学期間のコースがプリンストン大学で教えられた.その目的は,一貫した方法で,解析学の中核となる部分を講義することであった.目標はさまざまなテーマをわかりやすく有機的にまとめ,解析学で育まれた考え方が,数学や科学の諸分野に幅広い応用の可能性をもっていることを描き出すことであった.ここに提供する一連の本は,そのとき行われた講義に手を入れたものである.

私たちが取り上げた分野のうち,一つ一つの部分を個々に扱った優れた教科書はたくさんある.しかしこの講義録は,それらとは異なったものを目指している.具体的に言えば,解析学のいろいろな分野を切り離して提示するのではなく,むしろそれらが相互に固くつながりあっている姿を見せることを意図している.私たちは,読者がそういった相互の関連性やそれによって生まれる相乗作用を見ることにより,個々のテーマを従来より深く多角的に理解しようとするモチベーションをもてると考えている.こういった効果を念頭において,この講義録ではそれぞれの分野を方向付けるような重要なアイデアや定理に焦点をあてた (よりシステマティックなアプローチはいくらか犠牲にした).また,あるテーマが論理的にどのように発展してきたかという歴史的な経緯もだいぶ考慮に入れた.

この講義録を 4 巻にまとめたが,各巻は一学期に取り上げられる内容を反映している.内容は大きくわけて次のようなものである.

  • I.フーリエ級数とフーリエ積分
  • II.複素解析
  • III.測度論,ルベーグ積分,ヒルベルト空間
  • IV.関数解析学,超関数論,確率論の基礎などに関する発展的な話題から精選したもの.

ただし,このリストではテーマ間の相互関係や,他分野への応用が記されておらず,完全な全体像を表していない.そのような横断的な部分の例をいくつか挙げておきたい.第 I 巻で学ぶ (有限) フーリエ級数の基礎はディリクレ指標という概念につながり,そこから等差数列の中の素数の無限性が導出される.また X 線変換やラドン変換は第 I 巻で扱われる問題の一つであるが,$2$ 次元と $3$ 次元のベシコヴィッチ類似集合の研究において重要な役割を果たすものとして第 III 巻に再び登場する.ファトゥーの定理は,単位円板上の有界正則関数の境界値の存在を保証するものであるが,その証明は最初の三つの各巻で発展させたアイデアに基づいて行われる.テータ関数は第 I 巻で熱方程式の解の中に最初に出てくるが,第 II 巻では,ある整数が二つあるいは四つの平方数の和で表せる方法を見出すことに用いられる.またゼータ関数の解析接続にも用いられる.

この 4 巻の本とそのもとになったコースについて,もう少し述べておきたい.コースは一学期 48 時間というかなり集中的なペースで行われた.毎週の問題はコースにとって不可欠なものであり,そのため練習と問題は本書でも講義のときと同じように重要な役割をはたしている.各章には「練習」があるが,それらは本文と直接関係しているもので,あるものは簡単だが,多少の努力を要すると思われる問題もある.しかし,ヒントもたくさんあるので,ほとんどの練習は挑戦しやすいものとなっているだろう.より複雑で骨の折れる「問題」もある.最高難度のもの,あるいは本書の範囲を超えているものには,アステリスクのマークをつけておいた.

異なった巻の間にもかなり相互に関連した部分があるが,最初の三つの各巻については最小の予備知識で読めるように,必要とあれば重複した記述もいとわなかった.最小の予備知識というのは,極限,級数,可微分関数,リーマン積分などの解析学の初等的なトピックや線形代数で学ぶ事柄である.このようにしたことで,このシリーズは数学,物理,工学,そして経済学などさまざまな分野の学部生,大学院生にも近づきやすいものになっている.

この事業を援助してくれたすべての人に感謝したい.とりわけ,この四つのコースに参加してくれた学生諸君には特に感謝したい.彼らの絶え間ない興味,熱意,そして献身が励みとなり,このプロジェクトは可能になった.またエイドリアン・バナーとジョセ・ルイス・ロドリゴにも感謝したい.二人にはこのコースを運営するに当たり特に助力してもらい,学生たちがそれぞれの授業から最大限のものを獲得するように努力してくれた.それからエイドリアン・バナーはテキストに対しても貴重な提案をしてくれた.

以下にあげる人々にも特別な謝意を記しておきたい:チャールズ・フェファーマンは第一週を教えた (これはプロジェクト全体にとって大成功の出発だった!) .ポール・ヘーゲルスタインは原稿の一部を読むことに加えて,コースの一つを数週間教えた.そしてそれ以降,このシリーズの第二ラウンドの教育も引き継いだ.ダニエル・レヴィンは校正をする際に多大な助力をしてくれた.最後になってしまったが,ジェリー・ペヒトには,彼女の組版の完璧な技能,そして OHP シート,ノート,原稿など講義のすべての面で準備に費やしてくれた時間とエネルギーに対して感謝したい.

プリンストン大学の 250 周年記念基金とナチュラル・サイエンス・ファンデーションの VIGRE プログラム1)の援助に対しても感謝したい.

エリアス・M.スタインラミ・シャカルチ

プリンストン,ニュージャージー

2002 年 8 月

これまでの巻と同様,ダニエル・レヴィン氏に大きな感謝の意を表しておきたい.この本の最終版は彼の助力により大きく改善された.彼は細心の注意をもって原稿全体を読み,本文に取り入れてある有益な提案をされた.また,本書の一部の校正をされたハート・スミス氏とポラム・ヤン氏にこの場を借りて感謝したい.

2011 年 5 月

脚注   [ + ]

1. 訳注:VIGRE は Grants for Vertical Integration of Research and Education in the Mathematical Sciences(数理科学における研究と教育の垂直的統合のための基金)の略. VIGRE は ‘Vigor’と発音する.
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