『関数解析—より進んだ話題への入門』(プリンストン解析学講義 4)

一冊散策| 2024.09.06
新刊を中心に,小社刊行の本を毎月いくつか紹介します.

訳者まえがき

本書は「プリンストン解析学講義」全 4 巻の中の第 IV 巻『関数解析—より進んだ話題への入門』の翻訳である.第 IV 巻の原著は 2011 年に出版されている.

本書の表題は関数解析であるが,従来の関数解析の入門書とは大きく異なる特色をもっている.それは著者自身が「第 IV 巻への序」に記しているように,関数解析と調和解析との関連に重点がおかれ,さらに確率論とブラウン運動,多変数複素解析,振動積分とその偏微分方程式論への応用など,解析学の発展的な話題を詳しく扱っていることである.このように本書で取り上げられている話題は多岐にわたっているが,しかし実は底流には一つの大きな流れがあり,それが調和解析における実解析的方法であることに注意しておきたい.

ところで,往々にして関数解析の教科書では抽象的理論の解説が主となり,解析学への応用は付随的なものになっている.これに対して本書では,関数解析の抽象的理論が解析学の流れの中に自然に取り込まれ,融合され,もはやどこからどこまでがいわゆる関数解析なのか,明確な境い目はほとんどなくなっている.したがって読者は,本書により関数解析の抽象的な理論を学ぶというよりは,関数解析的方法と調和解析における実解析的方法とが一体となった姿,さらには関数解析的方法に基づく確率論と調和解析との交錯領域,そして多変数複素解析の実解析的な側面,振動積分などを深く学んでいくことになる.

まさに本書は,フーリエ解析 (第 I 巻) から始まり,複素解析 (第 II 巻),実解析 (第 III 巻) から組み立てられてきた「プリンストン解析学講義」の最後を飾る壮麗なる大団円といえよう.

本書の翻訳は,第 1 章,第 4 章を高木,第 2 章,第 8 章,第 IV 巻への序,注と文献,索引,記号の説明を千原,第 3 章を杉本,第 5 章〜第 7 章,日本語版への序文,まえがきを新井が担当した.

ここで非常に残念なことをこの場を借りて二つご報告しなければならない.一つは本書の第一著者であるエリアス・スタイン先生が 2018 年 12 月に 87 歳で他界されたことである.もう一つは,これまで本書を共に翻訳してきた高木啓行氏が 2017 年 11 月に 54 歳の若さでお亡くなりになったことである.本書の第 1 章と第 4 章の訳稿は高木氏の遺稿となってしまった.謹んでお二人のご冥福をお祈りしたい.

なおスタイン先生のご業績について,追悼記事

C.Fefferman et.al., Analysis and applications: The mathematical work of Elias Stein, Bulletin of the American Mathematical Society, vol.57, No.4 (2020), 523–594

が出版された.この記事,及び記事に付けられた著書・論文リストをご覧になると,第 IV 巻で扱っている内容を発展させた多くのテーマにスタイン先生自らが大きな貢献をし,本書の話題がいずれも自家薬籠中のものとなっていることがわかるであろう.なお本書を読んでさらに深く調和解析方面のことを学びたい読者は,スタイン先生の大著

Elias M.Stein, Harmonic Analysis, Real–Variable Methods, Orthogonality, and Oscillatory Integrals, Princeton University Press, 1993

を熟読されるとよいだろう.

最後になるが,プリンストン解析学講義の翻訳の企画を立ち上げた段階から,全巻の翻訳完了に至るまで,亀書房の亀井哲治郎氏には多大なるお世話になった.遅れがちな訳稿を忍耐強く待っていただき,またていねいな校正など,亀井氏のご尽力無くしてはこの訳書の出版はなかったであろう.ここに感謝の意を表したい.

2024 年春訳者を代表して

新井仁之

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