(第72回)産業政策論とロビイング(平家正博)

弁護士が推す! 実務に役立つ研究論文| 2024.10.09
企業法務、ファイナンス、事業再生、知的財産、危機管理、税務、通商、労働、IT……。さまざまな分野の最前線で活躍する気鋭の弁護士たちが贈る、法律実務家のための研究論文紹介。気鋭の弁護士7名が交代で担当します。

(毎月中旬更新予定)

渕圭吾ほか「特集/ロビイングとルールメイキング」

法律時報96巻9号(2024年8月号)4頁~47頁

定価:税込 2,090円(本体価格 1,900円)

冒頭から個人的な話となるが、参加している研究会で紹介されたのをきっかけに、最近、小宮隆太郎・奥野正寛・鈴村興太郎編『日本の産業政策』(東京大学出版会)や伊藤元重・清野一治・奥野正寛・鈴木興太郎著『産業政策の経済分析』(東京大学出版会)を読んでいる。この本は、1980年代に出版された少し古い書籍ではあるものの、本邦において出版された書籍のうち、日本の産業政策をもっとも網羅的・学術的に取り扱った本と評価されている。

なぜ、冒頭にこの話をしたかというと、現在、世界は、再び産業政策の時代に突入しているとの指摘がなされているからである。より正確には、これまでも発展途上国は自国産業の育成を目指した施策を講じていたが、国際経済法はこのような産業育成策の多くを保護主義的なものとして規制し、先進国も、競争法の執行強化等を通じた市場メカニズムを重視し、あからさまな産業政策を講じることには謙抑的であった(もちろん、リーマンショック後の企業救済策や、エコ車導入のための補助金政策等は存在したが)。

しかし、近時は、日本の経済安全保障推進法やGX、米国のインフラ投資雇用法、チップス法、インフレ抑制法など、先進国でも、経済安全保障やサプライチェーンの強靱化という名目で、産業の国内回帰(リショアリング)等を狙った、巨額の産業補助金が交付されている。

このような状況を受け、アカデミアでも、産業政策論についての議論が活発化しているとされている(例えば、安橋正人「『産業政策論』再考─昨今の議論も踏まえて─」(独立行政法人経済産業研究所)参照)。具体的には、市場機能を有効に活用すべきとの考えを前提に、市場の失敗を解決する必要がある場合のみ、政府は市場に介入すべき(産業政策も正当化される)とするのが、従来からの主流の考え方であったが、市場の失敗と捉えるべき事象の範囲が拡大し、それに応じて、産業政策が果たすべき役割も広がっているとされている。また、最近では、産業政策を市場の失敗に対処するツールとしてだけでなく、市場を創造・形成し、社会経済課題に対応するツールとして用いるべきとの、新しい議論(いわゆる「新しい産業政策」論)も出てきている。

このような産業政策論の動向は、各国の政策当局者にも影響を与えており、各国の産業政策を理解し、今後の動向を予測する上でも、その理解の重要性が増しているが、産業政策を考える上で、従来なされてきた批判にも再着目する必要があると考えられる。紙幅の制約上、その全てを取り上げることはできないが、有力な批判の一つとして、政府能力に対する懐疑がある。すなわち、市場の失敗と同じく「政府の失敗」も引き起こされる可能性があり、また、政府は、政治家や特定の利益集団のロビイングの影響を受け、政策が本来の方向性から非効率に歪められることもありえるとの批判である(「レント・シーキング活動」への批判)。企業の経済活動や先端技術が複雑化し、政府が産業政策を設計する際、民間主体からの情報提供や、民間主体との協業が益々重要になってくることが予測される中で、このような「レント・シーキング活動」の批判にどのように対応していくのかが、今後重要になっていくと考えられる。

今回は、このような問題意識を踏まえて、法律時報96巻9号に掲載された、「ロビイングとルールメイキング」(以下「本特集」という)を紹介したい。本特集は、日本でのロビイング及びルールメイキングに関する法学研究が未だ断片的なものに留まるとの問題意識の下、ロビイングを通じてルール形成を、使役を吸い上げられて「公益」へと収斂する過程と捉えた上で、その実態及びそれに対する法的規律について考察する。

本特集の各論考は、日米独等のロビイングの実態や法的規律を論じており、大変読み応えのある内容だが、現在、筆者が有している上記の問題意識との関係では、ロビイングが追求する利益と「公益」の関係をどのように考えるのかとの点について、特に興味を引かれた。

具体的には、ロビイングを考える上で、「公法の領域において実現される『公益』と称されるものが実際には特殊利益=私益ではないか」(渕圭吾「多様な私益が『公益』へと収斂する過程とその規律」、法律時報96巻9号32~36頁)という問題提起に向き合う必要があるところ、本特集では、米国のように利益集団多元主義的な民主主義感や憲法上の請願権と結びつける考え方や(二本柳高信「アメリカ合衆国におけるロビイングと憲法」同上26~31頁)、ドイツのように透明性を確保するためのロビー登録法を導入した事例(横内恵「ドイツにおけるロビイングの法的規律と透明性」同上20~25頁)が解説されている。また、日本における事例(中川丈久「日本におけるルールメイキングとロビイング──現状と課題」6~12頁、張栄紅「委任立法における『私益』と統制──医薬品の郵便等販売規制省令を素材に」42~47頁)や、ロビイングに対する考え方がロビイング費用の費用控除を認めるかとの論点に反映されている米国の状況(増井良啓「米国の内国歳入法典162条(e)について」37~41頁)も大変興味深かった。

日本においても、より精緻な産業政策を設計する上で、官民協働の必要性が高まっていると考えられるが、その際、税金が特定利益の保護に利用されているとの批判にどう向き合うのかが重要であり、その対処へのアイデアが詰まっている内容ではないかと思われる。

本論考を読むには
法律時報96巻9号 購入ページ
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平家正博(へいけ・まさひろ)
西村あさひ法律事務所 弁護士
2008年弁護士登録。2015年ニューヨーク大学ロースクール卒業(LL.M.)。2015~2016年ブラッセルのクリアリー・ゴットリーブ・スティーン アンド ハミルトン法律事務所に出向。2016-2018年経済産業省 通商機構部国際経済紛争対策室(参事官補佐)に出向し、WTO協定関連の紛争対応、EPA交渉(補助金関係)等に従事する。現在は、日本等の企業・政府を相手に、貿易救済措置の申請・応訴、WTO紛争解決手続の対応、米中貿易摩擦への対応等、多くの通商業務を手掛ける。