アディクションとはなにか──精神作用物質、合法薬物と違法薬物の線引き(野田哲朗)
第2回は、人はなぜ、薬物(ドラッグ)にアディクト(依存症)になるのか。そして、なぜ、アルコール、タバコが合法薬物で、大麻、覚醒剤が違法薬物とされるのかについて考えます。
1 アディクションとは
アディクションを辞書で引くと、耽溺、依存症とある。依存症と言われてすぐ思い浮かぶのがアルコール・薬物依存症だろう。消費者金融などで借金を重ね、家族が泣いてすがろうが止めない、止められない競馬、競艇などのギャンブル。かつては病的賭博との診断名がつけられていた。ギャンブル行動を繰り返していると、アルコール、薬物依存症のように欲望を満たしたり、満たされたそうになると快感をもたらす脳内報酬系が活性化し、脳の抑制機能が障害されてしまうと考えられるようになった(中脳の腹側被蓋野には、ドーパミン作動性ニューロンが多く存在する。側坐核は快楽中枢の一つに属する神経核で、腹側被蓋野のドーパミン投射を受け、前頭前野に投射して快感を感じる。この神経回路を脳内報酬系と呼ぶ。図1)。そのためアメリカ精神医学会の発行する操作的診断基準DSM-5(2013年)では、アルコール・薬物依存症と同列に病的賭博を置いている。しかし、ギャンブルは、アルコール・薬物のような精神作用物質に依存するわけではない。かつて悪癖の意味が刷り込まれ、精神医学では忘れていたアディクションのほうが依存症より適切な用語とされ、DSM-5で復活を果たすことになったのだ。イメージが悪いので診断名には用いないことになり、DSM-5の改訂版DSM-5-TR(2022年)ではアルコール使用症、薬物使用症、ギャンブル行動症となっている。このように、変遷著しい精神科用語は混乱を招きかねないのだが、アディクション=依存症と見做して、理解を進めたい。
物質の連用により脳内報酬系が持続的興奮状態に馴化・順応してしまうと、物質使用中断時に興奮欠乏状態が引き起こされ、すさまじい渇望に苛まれることになる。これが精神依存である。かつては意思の弱さに起因するとして、説教や体罰で矯正が試みられたが、断酒、断薬、断ギャンブルが出来なかったアディクト(依存症者)たち。渇望は病気の症状であって、意思で克服できるような甘い代物ではないのだ。渇望を押さえる特効薬はないので、医療者のできることは、診断して、断酒会やAA(Alcoholic Anonymous)、NA(Narcotic Anonymous)、GA(Gamblers Anonymous)などの自助グループへの参加を促すことが主になる。アディクション医療は、アディクトたちの渇望との戦いを如何に支援するかに尽きるといってもいい。
精神作用物質の使用を繰り返しているうちに、効果が減弱し、同等の効果を得るのに必要な精神作用物質使用量が増加する現象を耐性という。長期間の精神作用物質の使用により効果に順化し、なんらかの契機で断薬、減薬すると離脱症状が出現するようになるのが身体依存である。コカイン、覚醒剤は、脳内報酬系に直接作用して快感をもたらすため、身体依存をほとんど形成せずに、精神依存を形成する。精神作用物質には耐性、身体依存があるものもないものもある。アディクションの本質は、必須の精神依存にあると言える。
2 医薬品として開発されてきた精神作用物質
表1にあげた精神作用物質のうちシンナーなどの有機溶剤以外は、医薬品として利用、開発されてきた歴史がある。まさに薬物(ドラッグ)なのだ。
例えばメタンフェタミン(覚醒剤)。戦前から戦後の一時期まで、商品名ヒロポンが薬局で売られていたし、処方医薬品が収載されている「日本薬局方」に、現在もナルコレプシー、うつ病などに効能ありとして記載されている。子どものADHD治療薬として認可されたリスデキサンフェタミンメシル塩酸は、体内でd-アンフェタミンに活性化される。つまり服用すると体内で覚醒剤に変化してADHD症状を緩和することになる。
今や百害あって一利なし、とみなされがちなタバコだが、コロンブスが15世紀にアメリカ大陸からヨーロッパに持ち帰って以後、医薬品、嗜好品として世界中に広がった。タバコに含まれるニコチンは、少量では中枢神経興奮薬、大量で中枢神経抑制薬になり、今でも、アルツハイマー病、統合失調症、ADHDなどの治療薬として研究されている1)。しかし、食せば死ぬ可能性がある毒物なのだが、公に売られていることに誰も疑問を感じない。Netflixの「マリファナ・クッキングバトル」を見ると、大麻がおいしそうに料理されている。日本では、タバコよりずっと危険だと喧伝されている大麻は、なんと食べることができるのだ。
この料理番組、かつて日本で高視聴率をとった「料理の鉄人」から着想を得たものだろう。3人のシェフが時間内に大麻料理を調理し、審査員が審査して、優勝者はなんと一万ドルもゲットできるので、シェフらは必死だ。
料理中のシェフが「これにはTHC 3mg、CBD 7mg入ってます」なんていう説明を入れる。大麻に含まれる薬効のある成分をカンナビノイドというが、有名なのが精神作用のあるTHC(テトラ・ヒドロ・カンナビノール)と、作用のないCBD(カンナビジオール)である。審査員は、THCをかなり摂取しているはずだが、精神に異常をきたしているようにはとてもみえない。ずっとハイな感じではあるが。そのTHCが今年(2024年)12月から、「麻薬及び向精神薬取締法(麻向法)」における「麻薬」に分類されることになる。麻向法の一部改正にともなって、大麻取締法が大麻栽培法に変わり、日本でも医療大麻の研究が可能になったことは、朗報には違いない。だが、CBDはお菓子や化粧品として一般に流通しているが、大麻から生成されるCBDからTHCを完全に取り除くことは困難らしく、今使用しているCBDに基準値以上のTHCが含まれていたとしたら、麻薬の違法所持、使用になりかねない。
古来、大麻は薬草として日本では用いられてきたし、戦前は海外から輸入された大麻を「インド大麻」と呼び、ぜんそく薬、鎮痛薬として「日本薬局方」に記載されていた。最近の研究で、大麻に含まれるカンナビノイドに近い成分、内因性カンナビノイドを私たちは体内で生成して、神経や免疫バランスをとっていることがわかってきた。つまり、カンナビノイドは医薬品として有効なのだ。そのため、医療大麻はもとより嗜好品としての大麻の合法化が世界の潮流になっている。THCを目の敵にしているがわが国だが、体内では違法な精神作用物質を生成しているというねじれた現象が起きているわけだ。
3 なぜ人はアディクトになるのか?
私はアディクション治療者として、多くのアルコール・薬物、ギャンブルアディクトに日々、診察室でお会いしている。この中で、アルコールが薬物として最も危険性が高いことの実感がある。飲酒してのDV、児童虐待、飲酒運転とアルコール関連問題は多岐にわたる。精神作用物質の中で自己、他者への有害性が最も高いのがアルコールと言える(図2)。
2000年から始まった国民健康づくり運動プラン、健康日本21(2024年から第三次)では適正飲酒を謳ってきた。国民の一日の平均飲酒量を、純アルコールで男性40g未満、女性20g未満、日本酒に換算して男性2合未満、女性1合未満にしようというのだ2)。ところが近年、少量の飲酒でも安全ではないことがわかり、適正飲酒の概念が吹っ飛んでしまった。本年2月、厚労省が公表した「健康に配慮した飲酒に関するガイドラインについて」には、体質や性別によって、適正な飲酒量があり、飲酒量が少ないほどリスクは少なくなる、と記載されることになった3)。「休肝日を作って、上手に飲酒していたら、アディクションは防げただろうか」とアディクトに尋ねると、「最初から飲み方おかしくて、無理」と答えられることが多い。飲酒しはじめて一瞬にしてアディクトになって診察室を訪れる若者がいる。アディクトになりやすい気の毒な体質だったのだ。
近年、日本で注目されているのが1990年代にアメリカで開始された児童期逆境体験ACE(Adverse childhood experience)研究である。生後18歳までに、虐待、面前DV、性的虐待、両親の離婚、家族の入牢などのトラウマ体験があると、早死やアルコール・薬物アディクトになるリスクが高くなることを明らかにした画期的な研究である(図3)4)。
私も下記のACE項目数が多いほどメンタルヘルスが悪化するというデータを出してきた5)6)。合法な薬物であるはずのアルコールの摂取だが、その人の体質と生育環境如何によりアディクトになってしまう。つまり自己責任を問うことの難しい病と言える。
ACEs 項目
1.あなたの父、母、あるいは同居する大人(両親以外)に、繰り返し、身体的な暴力(殴る、蹴るなど)を受けていましたか?
2.あなたの父、母、あるいは同居する大人(両親以外)に、繰り返し、心理的な暴力(暴力的な言葉で痛めつけるなど)を受けていましたか?
3.あなたは性的な被害を受けたことがありますか?
4.あなたは、家族の誰にも大事にされなかったと感じたり、家族との繫がりをもてなかったと感じたりしていましたか?
5.あなたの父、母、あるいは同居する大人(両親以外)に、アルコールや薬物乱用者がいましたか?
6.あなたは、目の前で家族の誰かが暴力を受けるという状況がありましたか?
7.あなたの家族に、慢性的なうつ病の人がいたり、精神病を患っている人がいたり、自殺の危険のある人がいましたか?
8.あなたの両親は離婚、別居をしましたか?
9.両親に放置(学校に行かせてもらえない、食事をちゃんと作ってもらえないなど)をされていましたか?
10.あなたの家族の中に服役した人はいましたか?
それなら、一度でも使用すれば、元にもどれなくなるとキャンペーンを貼られている覚醒剤などの違法薬物はどうだろうか。覚醒剤を使用してすぐにはまってしまう人、ちっともよくなくてやらなかった人、長年使用したが、なんの精神症状も出なかったという人、なかなか止めることが出来ない人がいる一方で、すんなり止めることが出来る人もいる。覚醒剤においても体質、そして生育環境が大きく影響するのだ。
「覚醒剤を、最初誰にもらったの」と聞くと、「先輩から」という答えがしばしば返ってくる。虐待やいじめで家庭や学校が安全な場ではなくなったトラウマに苦しむ子らには、同じ境遇の子ら同士がつるむ場が生まれる。それは、年長者が寄り添ってくれるコミュニティ、いや自助グループと言ってもいいかもしれない。時に、そういう子らを接着剤のように結び付けるのが違法薬物なのだ。抗うつ作用のある覚醒剤は、希死念慮を軽減する。不遇な成育環境で育ち、幼くして希死念慮に苛まれる子らは、生きのびるためにアディクトになっていくのだ。「断る勇気」、言うのはたやすい。だが、断ればやっと見つけた心地いい居場所を失ってしまう。大人に見捨てられた子らが違法薬物に手を出したとして、どれだけ自己責任を問うことができるのだろうか。
4 薬物の合法、違法とは
大麻の流行は、今に始まったことではない。これまで無かった大麻使用罪が盛り込まれることになる麻向法の一部改正に向け、大麻所持者の検挙がアジェンダとなって、検挙者数が増加している感じが否めない。
大麻所持で逮捕され、検察官や裁判官の印象をよくして、刑の減軽を測るため弁護士に治療を勧められて来院する若者が、増えている。しかし、アディクションにまで至って治療を要するケースが驚くほど少ない。だから、忙しい臨床現場に現れて欲しくないのが正直な思いだ。ところが、たまに大麻使用が止められないアディクトがいる。厳しい逆境を生きのびてきたうえに、自閉スペクトラム症(ASD)、注意欠如多動症(ADHD)、PTSD、うつ病などの精神疾患を併発していることが多い。大麻の抗うつ・不安作用が精神症状を緩和するので、止めることが出来なくなるわけだ。
あるASDの若者は、「大麻のおかげで不安感が消え、人とコミュニケーションが取れるようになった」という。だが、治療者としては「違法だからやめようね」と言わざるを得ない。「法律がおかしい」と彼。「ソクラテスは、悪法でも従うと言って毒を飲んだでしょ」と説得を試みるのだが、「悪法は変えるべきだ」と取り付く島もない。ASD者独特の思考の癖と切り捨てたいところだが、そういうわけにもいかない。今や、大麻が医療に有効で、嗜好品としての大麻も解禁に向かう世界の情報がネットで容易にアクセスできる。あのトランプ大統領候補でさえ大麻の合法化を言い出したくらいだ。大麻使用で統合失調症発症のリスクが高くなるという報告があるが、たまたま併発したという見方が強い7)。世界の情報が一瞬にしてゲットできるネット社会では、大麻を危険視する文脈で若者を説得することに無理がある。
はたして、薬物の違法、合法の線引きはどのようにしてなされるのだろう。
依存度を見ると、大麻は精神作用物質の中でも高くないし、自己、他者への有害作用も強くないのに違法薬物とされる(表2、図2)。
今、若い女性の間に広がっている咳止めや総合感冒薬乱用。成分に麻薬及び向精神薬取締法によって規制されるオピオイドのジヒドロコデイン酸塩、覚醒剤取締法によって規制されている覚醒剤原料のdl-メチルエフェドリン塩酸塩が低濃度だが含有されている。彼女らの多くもトラウマサバイバーだ。希死念慮、不安、鬱などの精神症状の緩和を図る目的で市販薬を用いるのだが、必然的にOD(over dose)となる。だが、違法行為にはならない。
大麻、コカイン、LSD、MDMAなどが規制されてきた歴史を見ると、アメリカ合衆国の都合で違法薬物にされ、世界がその流れに従ってきたところがある。それも、決して理にかなっていると思えないところがある。拙論8)や前回の園田の記事を参照してほしい。
今年(2024年)12月からの改正麻向法の施行で、大麻使用の若者の検挙数は増加するだろう。トラウマサバイバーともいえる大麻使用の若者に、刑罰のさらなるトラウマを付加し、社会から排除することが次代を担う若者を大切にすることにつながるとはとても思えないのだが。
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「特集/大麻が麻薬になる日―薬物(ドラッグ)は「悪」? 合法と違法の境界線とは?―」の記事をすべて見る
脚注
1. | ↑ | 野田哲朗:精神疾患と喫煙・禁煙の影響. Japanese Journal of Health Psychology28,Special issue:129-134,2016. |
2. | ↑ | 厚生労働省:健康日本21(第三次). |
3. | ↑ | 厚生労働省:健康に配慮した飲酒に関するガイドライン. 飲酒ガイドライン作成検討会 |
4. | ↑ | Felitti VJ, Anda RF, Nordenberg D, Williamson DF, Spitz AM, Edwards V, et al. Relationship of childhood abuse and household dysfunction to many of the leading causes of death in adults. Am J Prev Med. 1998;14:245–258. |
5. | ↑ | Noda T, Nagaura H, Fujita Y, Tsutsumi T. Cross-sectional study on university students’ mental health during the COVID-19 pandemic: Exploring the influence of adverse and positive childhood experiences. PCN Rep. 2024 Aug 15;3(3):e235. doi: 10.1002/pcn5.235. PMID: 39157300; PMCID: PMC11327296. |
6. | ↑ | Noda T, Nagaura H, Fujita Y, Tsutsumi T. Research on the Relationship between Mental Health, Addictive Behavior, and Lifestyle Changes in Japanese University and Graduate Students during the COVID-19 Pandemic: Impact of Adverse Childhood Experiences. Nihon Arukoru Yakubutsu Igakkai Zasshi 57(6),264~279,2022. |
7. | ↑ | 松本俊彦:物質関連症及び嗜癖症候群.標準精神医学第9版.医学書院 2024. |
8. | ↑ | 野田哲朗:刑罰より支援を. 病院・地域精神医学66(1):10-16, 2023. |
東布施野田クリニック理事長・院長、大阪人間科学大学特任教授。
1984年大阪医科薬科大学卒業。博士(医学)。精神科専門医。アルコール専門病院にて臨床研究を終えた後、大阪府に入職。大阪府保健所、大阪府こころの健康総合センター、大阪府庁、大阪府精神医療センターを経て、2015年から2022年の間、国立大学法人兵庫教育大学教授兼保健管理センター所長に就任し、公認心理師、臨床心理士の養成に携わる。メンタルヘルス、アルコール・薬物アディクション、災害精神医学、司法精神医学などの研究に従事。現在は、アルコール依存症をはじめとするアディクション医療を中心に、日々、臨床を行っている。