『発達障害なんか怖くない――「特性」を「障害」にしないために』(編:大高一則・大嶋正浩・大瀧和男)

一冊散策| 2024.10.24
新刊を中心に,小社刊行の本を毎月いくつか紹介します.

 

 

はじめに

大高一則

まず「発達障害」の話をしよう!

皆さん、この本をどのような思いで手にとられましたか? 発達障害といわれたお子さんがいる。うちの子は発達障害特性をもっているのではないか? 自分は発達障害なのではないか? この頃、発達障害ということをよく聞くが、どんなものなのだろう?

この本の編者である私、大嶋先生、大瀧先生はもとより、著者の先生方との間で「僕らは皆、発達障害だよね!」という話がよく出てきます。それから各人の、人に言えないような失敗談などの自慢話が始まります。確かに皆、変わり者ですが、彼らがここでいう「発達障害」とはおそらく「特性」のことだと思います。だから、そんな発達特性をもっていても、どうにか医師になって開業しているのだと思います。それでは、著者たちは発達特性をもっていても、不適応を呈する「発達障害」にならなかったり、「発達障害」といわれながらも、どのように生き残って現在に至るのか?

彼らの話をより深く伺うと、皆、周囲を取り巻く親族を含めた家族、地域、学校が、彼らの「特性」を「発達障害」にしないために有効に働いていたことがわかります。親族を含む家族、家族を取り巻く近所のおばさんやおじさん、いじめを受け皆の中で孤立した学校生活であってもそれを見守ってくれた教師との出会い、自分を理解し支えてくれるよき伴侶との出会いなど……。親以外の人とのつながりが、生きにくい世の中にどうにか「折り合い」をつけ、彼らが「特性」レベルで生き残ることを支えてきたのだと思います。

振り返って現代、特にコロナ禍後の社会は、人と人をつなぐ方向ではなく、つながりを切る方向に向かっています。隣人が何者かわからない密室での子育て、増え続ける虐待のニュースに自分も「虐待」をしてしまったのではないかと悩む親たち、保育園に預けても子どもの様子を常にビデオで監視する親たち、保育士や教師は、子どものことではなく、親との対応で疲れ果てています。落ち着きなく教室を動き回る子どもたちに困惑する教師、学校に行かないで自室に閉じこもるわが子に困り果てる親や教師、ゲームに夢中になり昼夜逆転する子どもたち……。この本はそれぞれにしっかりとした回答を示した本ではありません。また「昭和はよかった」などの回顧本でもありません。今を生きる子どもや親たちとともに、現代日本の地域に生きる児童精神科医として今何ができるのかを語った本です。

本当に困った子どもはクリニックに来ない

クリニックを開業してしばらくしたある日、私の学区の主任児童委員に付き添われて不登校を主訴に小四の女児が当院を受診しました。彼女は不登校の子どものわりには人なつこく、いろいろ家庭状況を話してくれました。彼女の母親は精神疾患でずっと地元の病院に入院しています。父親は朝早くから夜遅くまで働いているので、彼女は一人でうちにいることが多かったようです。朝食は夜父親が買ってきた菓子パンなどを食べる。夜は父親がお金を置いていけばコンビニで弁当を買って食べているという生活でした。給食が彼女の生命源になっていました。その後、地域で支援会議が開かれ、彼女は児童養護施設に保護されました。しかし、私が愕然としたのは、そうした子が私の生活する地域のすぐそばに居たということでした。私のクリニックのすぐ隣に本当に困っている子どもがいたのです! クリニックに来られるような子どもは恵まれている。本当に困っている子どもはクリニックに受診できない。その後私は、地域の学校や児童相談所、施設などに頻繁に訪問するようになります。

保育園や学校、児童相談所などと同じように、児童精神科クリニックは地域の中の一つの拠点です。今回参加してくれた先生方は、それぞれの地域の実情に合わせて「顔の見える緩やかなネットワーク」を作られたり、作ろうとされている方々です。難しく言えば、この本は大学や病院を中心とした「児童精神医学」ではなく、親子のそだちを支えるための地域を作るという「地域児童精神医学」という新たな分野を拓く宣言の書になったのではないかと自負しています。

いい子ばかりじゃ生きられない

しかし、私たちは現在、そうした地域に顔の見える緩やかなネットワークを作ること以上に心配していることがあります。子どもたちがとてもいい子になってしまったのです。昔は家庭内暴力や校内暴力、非行など、外向型の問題行動が多くありました。しかし最近は、自ら集団を作ることすらできないのです。彼らは周囲の人を傷つけず、自分も傷つかないように、過剰に自分の感情をコントロールし、閉じこもります。大人が作った社会システムという自分の思い通りにならない現実と、自分のしたいことの間に中間体がありません。昔は地域や学校などが子どもや若者たちのやんちゃを受け止め、彼らが社会に出るまでのバッファーとして働いていたのではないかと考えています。前述したように、著者たちはおそらく皆、何らかの問題児だったのではないでしょうか。その時代は、周りの子どももまた皆、やんちゃでした。ありあまる身体のエネルギーをうまくコントロールできず、腹を立てたり、問題行動を起こしたりしていました。それを地域や学校がうまく支えてくれていたのだと思います。

「ながら」読書のススメ――本書の取り扱い説明書

現代はサザエさんやドラえもんの家族のように、専業主婦が家事や子育てをしている時代ではありません。子どもを育てるためには莫大な教育費がかかります。両親共働きしていても家計は火の車。リビングや書斎でゆっくり本を読む時間もない。この本の座談会はすべてYouTubeにもアップしてあります(奥付の二次元コードかURLからアクセスしてください)。家事や子育て、通勤の間の「ながら」読書・「すきま」読書もできるように工夫しました。また、本書は各章の座談会内容を割愛してあるために、より詳しい意図が知りたい方はYouTubeを見てください。逆に「ながら」読書で気になった章だけじっくり読んでいただく方法もあると思います。

超多忙な先生方にZoomなどを使って座談会を行ってもらい、編者たちは文化祭のノリでそれをどうにか本の形にまとめました。改めて本書を読み返してみると、それぞれの先生方の、今を生きる子どもたちや親たちへの優しいまなざしや熱い思いが詰まった珠玉の一冊になったように思います。今を、そしてこれからを生きるすべての子どもたちが、のびのびと生きられる世界になるための一助になれば幸いです。

目次

1 おぼれる発達障害の子どもたち…大嶋正浩×中島洋子×中庭洋一×橋本大彦

早期教育より大切なこと
「おぼれる」というより「泳ぎ方を知らずに育つ」
家庭の文化に目を向ける
コミュニケーションを成立させにくい社会
親への感謝を再認識するには
心地よい親子関係からしつけへ

エッセイ 元気で活発な子たちに囲まれて 大嶋正浩
エッセイ 私の臨床歴とJaSCAP−Cの発足まで 中島洋子
エッセイ 私と発達障害との接点 中庭洋一
エッセイ 来し方と今思うこと 橋本大彦

2 不登校は大事件か――学校に行けない子どもたち…大高一則×田中康雄×牛島洋景

「困っていない」と話す不登校の子どもたち
10歳の壁
不登校は変わったのか
苦悩を言語化する力
不登校はチャンス――察してもらうこと
不登校の低年齢化①相互の関係性――自立性の発達(0〜3歳のそだち)
不登校の低年齢化②社会性とは折り合いをつけること(3〜6歳のそだち)
不登校の低年齢化③デジタルは悪者か?
子育てに答えなんかない

エッセイ 児童精神科医をめざす 大高一則
エッセイ 僕はどこから来たのか、僕はどこに行くのか、そして僕は何者か 田中康雄
エッセイ あの時見た風景 牛島洋景
コラム JaSCAP−Cと長尾圭造先生 奥野正景

3 親であることの難しさ…大瀧和男×杉村共英×伊室伸哉

最近の家族像の変化
子どもと親、どちらも支える
お母さんの子ども時代に目を向ける
お父さんはどうしているか
親を諦める

エッセイ 天職 大瀧和男
エッセイ 児童精神科医の役割について 杉村共英
エッセイ 普通の精神療法 伊室伸哉

4 発達障害のインフレーション…大嶋正浩×神尾陽子×原田剛志

学校の要求に対する不適応と過剰適応
発達障害の本当の問題とは
学校での問題の原因は大人の不安
子どもの気持ち・意見を聞く
保健室・養護教諭の活用
逃げ道や選択肢を用意する
子どものそだちを大人が邪魔しない

エッセイ 発達障害との40年 神尾陽子
エッセイ 「発達障害は体質」という視点 原田剛志

5 児童精神科医だってたいへん…大瀧和男×鬼頭有代×奥野正景

症例にみる地域差
本人は何に困っているのか
子どもの気持ちを聞く、親のサポートも行う
ADHDの背景にある自閉スペクトラム症を見逃さない
連携は「言うは易く行うは難し」
家庭への福祉的なサポートを考える
SSWへの期待

エッセイ 自閉スペクトラム症と向き合って 鬼頭有代
エッセイ 子どもも診られる精神科医? 奥野正景

まとめ 「死にたい」「消えたい」という子どもたち…大高一則×大嶋正浩×大瀧和男

いい子じゃないと生きていけない?
身体化をどう考えるか
三歳の子どもの「死にたい」
「人といると疲れる」という子どもたち
理性を伸ばす教育の弊害
勉強より遊びを
情緒的な豊かさの価値
孤立する家族
欧米・歴史にみる子ども観
多様性に応える教育とは
「そのままのあなたでいいよ」という安心感を

日本児童青年精神科・診療所 連絡協議会(JaSCAP−C)会員名簿

書誌情報

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