景観利益をめぐる行政規制と民事法・再考──「国立マンション取壊し」案件を契機として(田髙寛貴)

法律時評(法律時報)| 2024.10.28
世間を賑わす出来事、社会問題を毎月1本切り出して、法の視点から論じる時事評論。 それがこの「法律時評」です。
ぜひ法の世界のダイナミズムを感じてください。
月刊「法律時報」より、毎月掲載。

(毎月下旬更新予定)

◆この記事は「法律時報」96巻12号(2024年11月号)に掲載されているものです。◆

1 はじめに

定価:税込 2,090円(本体価格 1,900円)

景観法が制定されてからちょうど20年となる本年6月、景観利益に関わる衝撃的な出来事が報じられた。東京都国立市に建設された10階建ての分譲マンションが「富士見通り」からの富士山の眺望を遮るとして住民らの反対を受け、買主らへの引渡し直前のタイミングで事業者が自主的に取壊しを決定した、というのである。

国立市といえば、いみじくも「景観利益」が法律上保護に値するものであることを示した、かの最高裁平成18年3月30日判決の事件の地である。今回の件については、同判決の延長線上にあって、開発推進の経済的利益とは一線を画した、住環境重視の「まちづくり」を標榜する時勢を象徴するものとして、積極的に評価することもできなくはない。「関東の富士見100景」にも選定された景観を保持する、というのが住民の総意であるなら、それは尊重に値するものといえよう。

しかしそれにしても、なぜ計画段階で建設を止めることができなかったのか。この建物は、容積率400%で高さ制限がない地にあり、違法なものではなかった。今回の件において事業者が一方的に被害者の立場にあるとは断じえないが、少なくとも一般論としては、大規模建物の建設も可能な前提で土地を購入し事業をすすめていた事業者が、事前には推し測りがたい利用制限が持ち出され、不利益を被ることになってよいかは、疑問なしとしない。

上述の平成18年判決では、住民相互間や財産権者との間で意見の対立が生じうる景観利益の保護とこれに伴う財産権等の規制は、第一次的には行政法規や条例等によってされるはずのものである旨が述べられている。今回の件は、さまざまな意見や利害の対立を調整する役割を担うはずの行政法規による事前規制が十分に機能していなかったことに起因するものといわざるをえない。以下では、景観利益や「まちづくり」に関する行政法規の課題を明らかにしつつ、事後的救済ルールとしての民事法に期待される役割を再考したい。

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