「ダメ。ゼッタイ。」がもたらす悪影響(谷家優子)
今回は、薬物乱用防止のための「ダメ。ゼッタイ。」普及運動が、長年にわたってわれわれ国民に植え付け続けているスティグマとその悪影響について、大学生を対象にした調査をもとに考えます。
はじめに
日本民間放送連盟(民放連)が制作した広告として「覚せい剤やめますか?それとも人間やめますか?」が頻繁にテレビに流れ始めたのは1983年。1987年に設立された財団法人麻薬・覚せい剤乱用防止センターによって「ダメ。ゼッタイ。」という標語が作られ、またポスターや冊子などの啓発資材も製作され、それらを用いて啓発運動が展開されるようになった1)。
これらの標語や啓発資材は、人々、特に若者の覚醒剤をはじめとする規制薬物に対する好奇心や興味関心を恐怖によって削ぐと同時に、もしも薬物を使用している人から使用を誘われる場面に遭遇しても断る勇気を持ちましょうと呼びかけ、若者の規制薬物への最初の一歩に歯止めをかけることを目的に製作されている。平成26年以降、30歳未満の大麻取締法違反の検挙人員が急増している(図表1・2)ことを根拠にして、現在は“大麻の蔓延”を最重要課題として啓発が展開されているところである。
令和5年犯罪白書, 法務省より
「覚せい剤やめますか?それとも人間やめますか?」「ダメ。ゼッタイ。」は、その言葉が表す意味だけをとらえても、薬物を使用する人々に対するネガティブなイメージを十分に印象付けしている。加えて、啓発資材として制作されているポスターや冊子などのデザインも、薬物を使用する人々に対する恐怖や暴力的なイメージを植え付けてきた経緯がある。最近でこそ毒気が抜けてきた印象だが、「破滅」の標識や蜘蛛のデザインのポスター(図表3・4)は記憶に新しい。その結果、多くの国民は薬物を使用する人々に対して恐ろしいイメージを持ってしまい、それに疑いさえ持つことがないよう、いわば洗脳されてしまっているのではないだろうか。その影響について考察する。
公益財団法人麻薬・覚せい剤乱用防止センター作成のポスター2)(筆者提供)
1 スティグマとは
スティグマとは、「烙印」「焼きごて」と訳される。最初にスティグマという言葉を用いたのは古代ギリシャで、「奴隷、犯罪者、穢れた者、忌むべき者、避けられる者であることを告知するために考案されたもの」3)であった。識別するために、このような者には徴(しるし)が付けられ、肉体に刻みつけられるか、焼きつけられていたとされる。
現代では一般的に、人は他者をいくつかのカテゴリーに区分していて、はじめて見るその人物に対して、知らず知らずのうちに、外見からその人物の属性や社会的アイデンティティを想定し、それによってカテゴライズしている。そして、その人物が社会的に望ましくない人、悪人、危険人物、無能な人と見ると、健全でない人や汚れた人に貶めて標準的でないとカテゴライズする。これがスティグマであると言われている。
スティグマは、社会構造としてのスティグマと自分自身に抱く個人レベルのスティグマ(セルフ・スティグマ)に大別される。
迷信などの根拠があいまいな情報が世代間で継承され続けていたり、社会制度によって作られたりすることで社会構造としてのスティグマが形成されると、その標的になった人々への忌避感情が生まれて地域から排除する動きを生みやすくなる。また、社会構造としてのスティグマによって、標的となった人々がそのイメージを自己に取り込んでしまい、セルフイメージと自尊感情を低下させてしまいやすい。実際に排除されるという体験が重なると「また同じことが起こるかもしれない」という予期不安が働き、社会との接点を持つことを恐れ怯むことが生じやすくなる。このように、排除する側とされる側の双方が、接点を避けがちになる。
そうなると、排除される側は地域社会から孤立し、困り事を相談しにくくなり、医療や福祉へのアクセスが遅れることによって、様々な二次的な問題が生じやすくなり、問題が広がっていくという悪循環に陥りやすくなってしまう。
2 大学生を対象にした薬物を使用する人々に対するスティグマの調査
3つの大学において、心理学系授業を履修している学部生2年生~4年生を対象に、薬物依存に関するスティグマについて調査を実施したので紹介したい。「薬物依存の当事者に対するイメージとその変化についての研究」4)の調査データに新たに2023年に実施した調査データを加えて分析したものである。
質問項目は次の通りである。a「薬物乱用防止教育を受けた時期」、b「薬物乱用防止の啓発情報に触れたことがある媒体」、c「薬物依存の当事者に対する偏見」、d「薬物依存からの回復についての偏見」、e「薬物乱用防止に効果的と考える内容」。a、b、eは該当項目にチェックするもので、重複回答可とし、c、dについては「そう思わない」「あまりそう思わない」「どちらでもない」「少しそう思う」「そう思う」の5件法を用いた。
薬物乱用防止教育を受けた時期については、最も多かったのが中学校で92.7%の者が該当した。高校78.4%、小学校61.0%と続いた。大学は12.2%の者が該当すると回答しているが、サークル活動が含まれている。薬物乱用防止の啓発情報に触れたことがある媒体については、全体の61.0%が「教員・養護教員」と「テレビ・ラジオ」に該当すると回答、次いで「インターネット」29.3%、「本・雑誌・漫画」19.5%、「友人・知人」14.6%、「家族・親戚」と「司法機関」が共に9.8%、「医療機関」と「行政」が共に4.9%であった。
具体的な内容(自由記述)には、行政などで「ポスターを見た」、学校で「教科書に沿って」「視聴覚教材を視聴した」「外部講師の講演」によって「幻覚の怖さ」「心身ともにおかしくなっていき人間関係も壊れていく」「一度でも薬物に手を出すと苦しい/大変な人生を送る」「なかなかやめられないから使用してはいけない」という記載が散見され、「誘われた時の断り方を学んだ」との記載もあった。中には、「薬物を使用した経験がある人の話を聞いた」「薬物に依存していた人たちが完全回復するために施設で生活している動画をみた」という回答もあった。
テレビによる情報では「芸能人の事件報道」「芸能人が糾弾されていて怖かった」「ドラマで、薬物を使った人が乱暴していた/薬物は危険だと言っていた」というものであった。それらの情報によって「使用するとこんな風になるのだ」「ループから抜け出せなくなる」「薬物を使う人が悪いというイメージがある」「やる気がないからやめられないというイメージ」「回復しても過去は変えられないからしっかり防止をすることが大切」という記載があった。中には「ネットでは『大麻は危ない、依存するというのは嘘』と言われているが本当はどうなのか?」という疑問もあった。
「薬物依存の当事者に対する偏見」では、薬物を使用する人々についてのイメージとして、「危険」「怖い」「乱暴」「凶暴」などのネガティブな印象を持つ表現を20項目提示したところ、「そう思う」「少しそう思う」に回答した割合が、「危険」85.4%、「怖い」78.0%、「挙動不審者」68.3%、「乱暴」65.9%、「落ち着きがない」63.4%、「凶暴」58.5%であった。
また、「薬物依存からの回復についての偏見」では、好ましくないとされているかかわり方と好ましいとされているかかわり方の両方を提示した。「一度でも薬物に手を出すと人生が破綻する」について、「そう思う」「少しそう思う」に回答したのは75.6%であった。「回復のプロセスで薬物の再使用はよく起こる」には92.7%、「薬物依存から回復するには強い意志を必要とする」では100%が「そう思う」「少しそう思う」に回答した。その一方で、「薬物を使用する人はダメな人だから何をしてもうまくいかない」について92.7%が「そう思わない」「あまりそう思わない」に回答している。回答がばらけたのは、「薬物をやめることが薬物依存からの回復のゴールである」であった。
「薬物乱用防止に効果的と考える内容」では、「依存症の正確な知識の学習」に全体の82.9%の者が「必要」と回答、続いて「薬物の怖さのアピール」63.4%、「薬物を使用する人の悲惨さを伝える」51.3%、「医療情報の提供」43.9%、「社会保障サービスの情報提供」24.4%、「薬物使用の悪い結果を強調する」24.4%、「回復の希望の提示」19.5%という結果であった。
これらの調査結果から、調査対象者は学校の授業とドラマや映画、著名人逮捕などでの報道が相互に補完し合って形成された薬物を使用する人々へのスティグマを無批判に自己に取り入れ、それを修正する機会を得ることがなかったことがうかがわれた。
また、「回復するには強い意志を必要とする」という誤解は、薬物を使用する人々と周囲との亀裂を生んでいるものと思われる。「回復のプロセスで再使用はよく起こる」の結果だけを見ると理解が進んでいるという見方もできるが、「回復するには強い意志を必要とする」と合わせて見ると、意志が弱いから薬物を再使用するという誤解をしている者が大多数という見方もできる。
依存している対象を手放すために強い意志は不要であること、再使用はリカバリーのプロセスに織り込み済みであり、「行きつ戻りつ進むもの」5)という知識を定着させることが今後の課題である。
3 薬物を使用する人々に対するスティグマによる引き起こす様々な問題
ここで想像してみよう。もしも、医療や福祉や教育の職員が薬物を使用する人々に対して「危険」「怖い」「乱暴」「凶暴」「人生が破綻した人」などという偏見を持っていてそれを信じて疑っていないとしたら、通常のサービスを提供できるだろうか。恐怖心や不安を抱きながら対応してしまうのではないだろうか。そうすると、できるならかかわりたくないと考えてしまい、“招かれざる客”として拒絶してしまうかもしれない。対応することにしたとしても、必要以上の緊張を強いられて職員自身の精神的負担感はかなり大きくなるのは間違いないだろう。そのように拒絶的な対応をされたら、治療や支援を求めている人は絶望的になるかもしれない。嫌悪感丸出し、あるいは、渋々、恐る恐るといったその態度に強い不信感を抱くかもしれない。このようなことが実際に起こっていても全く不思議ではない。本来受け取ることができるはずの社会サービスを十分に受け取ることが困難な社会状況の中で、「回復」を求められるというのは、どれほど理不尽なことだろう。
このように、麻薬・覚せい剤乱用防止センターが主体となって、地域社会から排除されてしかるべしの存在であることを強調しながらスティグマを生産及び強化する一方で、「薬物依存は病気です」というダブルスタンダードのメッセージを発信してきたことによって、社会サービスの提供側と受け手側の双方に混乱と悪影響を与えてきたのではないだろうか。
4 これからの薬物乱用防止教育への提言
文部科学省では、学校における薬物乱用防止教育の充実として、第六次薬物乱用防止五か年戦略(令和5年8月8日薬物乱用対策推進会議決定)において「薬物乱用防止教室は、学校保健計画に位置付け、すべての中学校及び高等学校において年1回は開催するとともに、地域の実情に応じて小学校においても開催に努める。」6)としている。
文部科学省が公開している令和5年度における薬物乱用防止教室開催状況調査を見てみると、中学校では全体の約4割、高等学校では約5割が取締機関の職員を外部講師として招聘して授業を行っているということである。大学生を対象にした調査において、「薬物乱用防止に効果的と考える内容」で、半数以上が「薬物の怖さのアピール」「薬物を使用する人の悲惨さを伝える」が効果的と回答する結果にも頷ける。
外部講師の選定はそれぞれの学校に裁量があるようなので、薬物を使用する人々に対するスティグマを強化して薬物使用を抑制することが必須という先入観から早々に脱却し、もしかしたらすでに自身あるいは家族の薬物問題で困っている児童・生徒が安心して必要な情報や知識を提供され、希望の光を手にすることができるための授業が実施されることを切に願う。
おわりに
本年(2024年)12月から大麻に関する新しい法律が施行される。大麻が法律上麻薬として扱われるようになり、それに伴い罪も重くなるようである。本特集初回で、園田は「誇張された『警告』は毎年何千人もの若者に犯罪者の烙印を押すことにつながっている」と警鐘を鳴らしている。それに続いて野田が、大麻使用が止められないアディクトについて、「厳しい逆境を生きのびてきたうえに、自閉スペクトラム症(ASD)、注意欠如多動症(ADHD)、PTSD、うつ病などの精神疾患を併発していることが多い」と述べている(第2回)ように、すでに様々な逆境や困難のまっただ中にいるかもしれない児童・生徒に対して、新法の施行はさらに厳しい状況に追いやる可能性が高いことを想定していなければならない。
私は、年間に数か所の高校の薬物乱用防止教育の外部講師として招かれて、生徒たちと「クスリとドリンク」について考える時間を持たせていただいている。その時の受講している様子から、「おそらくこの人は今困っているのではないだろうか」と目に留まる生徒が必ず数名いる。見えない誰かをゾンビか悪魔か死神のようなイメージに貶めて「薬物を使うと恐ろしいことになる」いう言説を垂れ流すことは、その生徒、生徒の重要他者を含めて、奈落の底に突き落とすことになってしまうと肌で感じる。私が毎年行かせてもらっている学校の教員たちは、そのような生徒を傷つける行為は決して望んでいらっしゃらない。「一緒に考えましょう」というスタンスで、企画段階から内容を相談しながら組み立てていると、ゾンビや悪魔や死神という発想など浮かびようもない。
「薬物乱用防止教育」とて、れっきとした教育である。スティグマを強化し人権を侵害する授業は、児童・生徒の「生きる力」を育むのだろうか。私はそうは思わない。人権感覚を研ぎ澄ませつつ、スティグマを払拭できるための知識を学習できる授業を展開していくことこそが、「生きる力」を育むのではないだろうか。
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「特集/大麻が麻薬になる日―薬物(ドラッグ)は「悪」? 合法と違法の境界線とは?―」の記事をすべて見る
脚注
1. | ↑ | 公益財団法人麻薬・覚せい剤乱用防止センター. |
2. | ↑ | (公財)麻薬・覚せい剤乱用防止センター理事長藤野彰氏が「かつて、薬物乱用防止の標語は、不幸にして乱用を初めてしまった人たちへ向けてのものばかりであったところ、初めて、薬物に手を染めていない人々を対象にする標語が創られました。それこそが薬物乱用は「ダメ。ゼッタイ。」だったのです。お母さんが子どもに、「ダメよ。そんなことをしては」と言い、子どもがそれに応えるといった、愛情のこもった親子の会話のように、と創始者たちが考えた記録が残っています。」と、「ダメ。ゼッタイ。」の標語について説明している。 公益財団法人麻薬・覚せい剤乱用防止センター(2024年11月4日閲覧) また、啓発の趣旨として、「薬物乱用を防止するために~正しい知識を学びましょう~」というタイトルで以下のように説明している。 「覚醒剤を始めとする薬物の乱用は精神と身体の両面に深刻な悪影響を及ぼします。 脳の正常な発達を止め、精神のバランスを悪くさせるため、脱力感、疲労感、幻覚、妄想といった精神障害や、脳を始めとする身体の主要器官に深刻な悪影響を及ぼし、最悪の場合死に至らしめます。 また、乱用者自身の精神や身体上の問題に留まらず、家庭内暴力などによる家庭の崩壊、さらには重大な犯罪の原因にもなり、社会全体への問題と発展します。 麻薬や覚醒剤などの薬物は、使用しているうちにやめられなくなるという”依存性”と、乱用による”幻覚”、”妄想”に伴う自傷、他害の危険性があるという大きな特徴があります。 一度だけのつもりでいつの間にか薬物依存となり、一度しかない人生が取り返しのつかないものとなってしまいます。だから、薬物乱用は「ダメ。ゼッタイ。」なのです。」 公益財団法人麻薬・覚せい剤乱用防止センター(2024年11月4日閲覧)。 |
3. | ↑ | Erving Goffman (1963). STIGMA Notes on the Management of Spoiled Identity United States of America:Prentice-Hall,Inc,(アーヴィング・ゴッフマン 石黒毅訳(2024). スティグマの社会学 烙印を押されたアイデンティティ せりか書房) |
4. | ↑ | 谷家優子(2022).薬物依存の当事者に対するイメージとその変化に研究.京都文教大学地域協働研究教育センター 地域協働研究ジャーナル創刊号. |
5. | ↑ | 松本俊彦監修(2021). 依存症がわかる本 防ぐ、回復を促すためにできること 講談社 |
6. | ↑ | 薬物乱用防止教室開催状況令和5年度, 文部科学省. 【PDF】 |
公認心理師。東布施野田クリニックカウンセラー、兵庫教育大学カウンセラー、大阪人間科学大学・大手前大学非常勤講師。心理専門職として、2007年から兵庫県内の刑務所に11年間勤務。2019年から3年間、厚生労働省近畿厚生局麻薬取締部再乱用防止対策室において薬物問題にお困りの当事者とそのご家族からの相談に応じた。2022年から大学での臨床と研究に軸足を移し、2023年からはアルコール依存症をはじめとするアディクション医療での心理臨床にも携わっている。兵庫教育大学大学院学校教育研究科人間発達教育専攻臨床心理学コース修士課程修了。著書:「LGBTサポートブック」(共著、 2016年、保育社)、「こころに傷を負うということ~阪神淡路大震災と臨床家のレンズから見るトラウマ」(2022年、ちとせプレス)