大麻取締法改正と「後戻り」できなくなる学生たち(吉田緑)
第4回は、大学生を取り巻く現状を概観し、今回の法改正による大学生への影響について考えます。
1 はじめに
「1回使用してしまっただけで、薬物依存となり後戻りができなくなります」
これは、ある私立大学の2024年度の学生手帳に記載されている文言である。覚醒剤、大麻、危険ドラッグ等の「薬物」についてのページの冒頭に記載されている。
本特集第2回「アディクションとはなにか―精神作用物質、合法薬物と違法薬物の線引き」において、野田は、違法薬物を使用している人がすべて「アディクト」になるわけではないと指摘する。しかしながら、先述した大学の学生手帳に記されているような説明を目にすることは珍しくはない。
各大学のホームページ等には、主に使用や所持が違法とされている薬物について「一度だけなら大丈夫という軽い気持ちから後戻りできなくなるケースがほとんど」、「『一度ぐらい』と思っても、薬物依存が形成されやめられなくなる」等の文言が並んでいる。
これらの文言で、困っている学生を薬物から遠ざけることはできるのだろうか。家族・友人を含めて、周囲に使っている人がいる場合はどうだろうか。
本稿は2024年12月から使用が「犯罪」となる大麻に焦点をあて、大学生を含む若年層を取り巻く現状や大学における啓発活動等の現状を概観し、犯罪化による影響と今後のあり方について若干の考察をおこなうものである。
2 大学生を取り巻く現状と啓発活動
(1) 若年層による「大麻の乱用拡大」
第六次薬物乱用防止五か年戦略(以下、「五か年戦略」とする)1)では、目標のひとつとして「青少年を中心とした広報・啓発を通じた国民全体の規範意識の向上による薬物乱用未然防止」が掲げられ、「若年層による大麻の乱用拡大」が進んでいることが指摘されている。これまで、新聞社等の報道でも「若者の大麻汚染」等の見出しが用いられ、統計上の増加が社会問題として可視化されてきた。
たしかに、統計上は大麻取締法違反の検挙人員は増加傾向にあることがうかがえる。
警察庁組織犯罪対策部「令和5年における組織犯罪の情勢【確定値版】(令和6年3月)」によれば、令和5年における検挙人員のうち、もっとも多いのは20~29歳(3545人)であり、次いで20歳未満(1222人)、30~39歳(974人)と続くことから、若年層が占める割合も高いといえる。同年における検挙人員のうち大学生は235人とされる2)。
ここにいう「検挙人員」とは、警察等が検挙した事件の被疑者の数をいう。つまり、直接には、犯罪に対する警察等の活動を示すものともいえる3)。警察等はすべての犯罪を認知しているとは限らず、認知されていたとしても検挙に至っていない場合もある。そのため、犯罪統計はありのままの犯罪の実態を示しているわけではない。
大麻の単純所持の場合は殺人や傷害とは異なり、所持という犯罪行為のみに焦点をあてたときに直接の被害者がいない。そのため、警察等が積極的に捜査しない限りは、認知されづらい犯罪といえる。
このような視点からみれば、「検挙人員の増加」が、大麻取締法に違反した人の増加や「大麻汚染」「大麻の乱用拡大」と表現される事象の発生を示しているといえるのかは疑問が残るが、統計上の検挙人員の増加が法改正や大麻政策の背景にあるのも事実である。
(2) 大学生に対する啓発活動
大学では、高校までと同様の薬物乱用防止教育はおこなわれていない。では、どのような啓発活動がおこなわれているのだろうか。
警察庁の『令和4年における組織犯罪の情勢【確定値版】(令和5年3月)』4)では、令和4年10月から11月までの間に、大麻取締法違反(単純所持)で検挙された人のうち911人について、捜査の過程で明らかになった大麻使用の経緯等が示されている。これによれば、79.5%が「大麻に対する危険(有害)性の認識」について「なし(全くない・あまりない。)」と回答したとされる。五か年戦略ではこれらの「実態」に言及したうえで、大学生等に対する啓発の推進として、講習会の実施や啓発資料の作成・配布等が記載されている。
「第六次薬物乱用防止五か年戦略フォローアップ(令和6年7月))」5)によれば、文部科学省では、ウェブサイトに学生等に対する薬物乱用防止のための啓発用パンフレットを掲載して大学等へ周知・啓発を実施したこと、大学関係者を対象とした研修会等で学生等に対する指導の充実や教職員の意識向上が図られるよう依頼したこと、厚生労働省と連携して薬物乱用防止についての啓発資料を作成し、入学ガイダンス等における活用を依頼したこと等が記載されている。また、警察庁ではパンフレット等を利用し、大学、専門学校の学生等を対象とした薬物乱用防止講習の実施等の取り組みがおこなわれたとされる。
しかしながら、各大学で具体的にどのような啓発活動がおこなわれているのかは明らかではない。古い調査ではあるが、全国の大学、短期大学及び高等専門学校1133校を対象におこなわれた「薬物乱用防止に関する各学校における啓発・指導の実態状況調査(平成22年3月1日時点)」6)によれば、大学における具体的な内容としては、ポスター等の掲示(92.6%)がもっとも多く、次いで入学時におけるガイダンス(74.7%)となっている。
調査時点におけるホームページへの掲載は21.0%にとどまるが、年月が経過している今、複数の大学のホームページに「薬物乱用」に関する記述がみられる。大麻については、特に注意すべき薬物として、別途特設ページへのリンクや情報を発信している大学もみられる。その多くは「ダメ。ゼッタイ。」のスローガンを用いて違法薬物による弊害や恐怖を語るものであり、これらの取り組みによって、大麻に対する危険(有害)性を認識させることも目的としているようにみえる。
しかし、大学で掲示・配布されている啓発のためのポスターやパンフレット、ホームページにおける記述等がどの程度学生の目に留まり、抑止力として働いているのかについては明らかではない。
(3) 相談支援の現状
現状おこなわれている啓発活動は一度も薬物を使用したことがない学生への一次予防に重きを置いたものといえる。しかし、すでに使用している、過去に使用していた、家族や友人等の使用に悩んでいる等、学生を取り巻く状況は多様だと思われる。
「大麻取締法及び麻薬及び向精神薬取締法の一部を改正する法律に対する附帯決議」(令和5年12月5日)7)の12には、次の文言が示されている。
「医療機関・相談支援機関・大学等教育機関には、違法薬物の使用等に関する相談について、守秘義務等があることを前提に、本人やその家族等が、直ちに捜査機関に通報されるといった不安を抱くことなく安心して相談できるよう、引き続き利用しやすい相談支援体制が整備拡充されるよう周知すること。また、薬物依存症の治療や違法薬物の使用等に関して相談できる機関を分かりやすい形で幅広く周知すること。」
では、「大学等教育機関」はどのような相談支援体制を用意しているのだろうか。「薬物依存症の治療や違法薬物の使用等に関して相談できる機関」としては、自助グループや薬物依存症の回復支援施設等の民間団体がある。このような団体は、通報される等の不安を抱くことなく薬物について安心して話ができる安全な場所を提供する。しかしながら、各大学のホームページ等には、このような相談先はほとんど記述されていない。外部の相談先として精神保健福祉センターを挙げる大学もあるが、中には警察の連絡先等を挙げる大学も複数みられる。これは、「捜査機関に通報されるといった不安を抱くことなく安心して相談できる」体制づくりを目指す附帯決議の内容と矛盾するものである。
学内の相談先としては、たとえば学生相談室が挙げられるが、どの程度機能しているのか、そもそも周知されているのかは定かではない。停学・退学等の処分や通報を恐れて相談に結びついていない可能性も考えられる。各大学が本附帯決議を踏まえた対応をおこなっているといえるのかについては、疑問を抱かざるを得ない。
3 大麻の使用(施用)が「犯罪」化することの影響
大麻の有害性の程度等については議論がみられる8)ものの、少なくとも「無害ではない」と思われる。これは、大麻に限らず、あらゆる「薬物」にいえることである。自己使用や所持が「犯罪」とされていなくても「有害性」や「依存性」が指摘されている薬物もある。しかしながら、大学等では、特に大麻について「危険な薬物」として注意喚起している。
この理由のひとつとして、法改正により、大麻を使用した場合に麻薬取締法上の「施用」罪が適用され、「犯罪」となることが挙げられる(本法改正の詳細については、本特集第1回の園田の論稿「大麻取締法改正を考える」を参照されたい)。
ある行為が「犯罪」となることは「刑罰」が科されることを意味する。刑事司法機関が介入する「刑罰」という制裁のあり方は「最終手段」とされ、ほかの手段で解決できない場合に用いられるものである。そのため、ある行為を「犯罪」とするためには、それだけの根拠が必要となる。
大麻を使用すれば、刑事司法機関が介入する。これによって大学生に与える影響は「犯罪者」「非行少年」になることのみではない。場合によっては、実名報道やそれによる世間からの非難、停学・退学等の処分、対人関係への影響等、法的制裁をこえた「社会的制裁」が加わる可能性もある。
実際に、大麻を使用した大学生は、大学名とともに実名報道される場合がある。20歳以上であれば、実名報道への法的規制はなく、実名を報じるか否かは報道機関の裁量に委ねられる。名前がインターネット上に残り続ければ、就職等、社会で生きていくうえでの枷になりうる。
刑事司法手続きに乗せられることにより、場合によっては、望まぬ「治療」につながる可能性も否めない。検察官や裁判官への有利な心証を得るために医療機関を訪れることも考えられる。野田は「刑の減軽を図るため弁護士に勧められて来院する若者が、増えている」と指摘したうえで、「治療を要するケースが驚くほど少ない」とする(本特集第2回「アディクションとはなにか―精神作用物質、合法薬物と違法薬物の線引き」)。治療を要しない来院者の対応に追われれば、医療現場に必要以上に負担がかかる可能性がある。
4 結びにかえて
大学を卒業すれば、学生は社会の一員となる。薬物をやめられずに困っている人や違法薬物を使用・所持して「刑罰」を科された経験がある人とともに生きていく。現状の大学における取り組みは、そのような人たちに単純に「悪」の烙印を押すものとなってはいないだろうか。一度でも薬物を使用した学生が二度と後戻りできなくなるように道を塞ぐものとなっていないだろうか。
谷家が大学生を対象におこなった意識調査9)によれば、薬物を使用した人に対するネガティブなイメージが形成されていることがうかがえる。調査対象者が抱く薬物を使用する人に対するイメージは、学校での授業、ドラマや映画、報道が「相互に補完し合って」形成されているという(詳細は、本特集第3回「『ダメ。ゼッタイ。』がもたらす悪影響」を参照されたい)。現状の大学における取り組みは、「危険」「怖い」等のネガティブなイメージを助長させるものとなっていないかを改めて考える必要がある。
「刑罰を科されたくない」という理由で、学生が大麻から遠ざかる可能性は考えられるだろう。しかし、使用が「犯罪」とされていない市販薬等の薬物を使用したり、困りごとや生きづらさを解消するための他の手段にたどり着いたりする可能性も考えなければならない。違法か否かのみで線引きをするのではなく、市販薬の過剰摂取等を含めて薬物に関する「正しい知識」を伝えること、附帯決議に示されているように安心して相談できる場を提供することが必要になるのではないだろうか。
情報の受け手となる学生を置き去りにしてはならない。一方的に集団に対して大麻の危険性等を訴えるのではなく、学生目線で「何が必要なのか」を考える必要がある。その際には、薬物について困りごとがある学生あるいは元学生たちの声にも耳を傾ける必要があるだろう。
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「特集/大麻が麻薬になる日―薬物(ドラッグ)は「悪」? 合法と違法の境界線とは?―」の記事をすべて見る
脚注
1. | ↑ | 薬物乱用対策推進会議『第六次薬物乱用防止五か年戦略(令和5年8月)』【PDF】 |
2. | ↑ | 警察庁組織犯罪対策部「令和5年における組織犯罪の情勢【確定値版】(令和6年3月)」44ページ。【PDF】 |
3. | ↑ | 本稿では詳述しないが、このような犯罪統計自体は捜査機関や世間等の相互作用によって社会的に構築された「構築物」であると考えられる。 |
4. | ↑ | 警察庁組織犯罪対策部「令和4年における組織犯罪の情勢【確定値版】(令和5年3月)」【PDF】 |
5. | ↑ | 薬物乱用対策推進会議「第六次薬物乱用防止五か年戦略フォローアップ(令和6年7月)」【PDF】 |
6. | ↑ | 「薬物乱用防止に関する各学校における啓発・指導の実態状況調査の結果について(概要)」【PDF】 |
7. | ↑ | 「大麻取締法及び麻薬及び向精神薬取締法の一部を改正する法律に対する附帯決議」(令和5年12月5日)【PDF】 |
8. | ↑ | 有害性の程度等については、医学・薬学の専門家等による今後の研究および議論の発展が期待される。 |
9. | ↑ | 詳細は本特集第3回谷家の論考および谷家優子「薬物依存の当事者に対するイメージとその変化についての研究」『地域協働研究ジャーナル』(2022年)19-31ページ。 |
慶應義塾大学環境情報学部中途退学後、中央大学法学部通信教育課程を経て中央大学大学院法学研究科(刑事法専攻)博士前期課程修了(法学修士)。現在、同大学院博士後期課程在籍中。専攻は刑事政策・犯罪学。薬物報道、犯罪の構築、薬物政策等を研究。大東文化大学他4校にて非常勤講師、中央大学法学部通信教育課程インストラクター等を務める。ASK認定依存症予防教育アドバイザー。元舞台俳優・元インターネットメディア記者。業績に「タイの薬物政策改革---2022年5月大麻解禁前夜のタイから」(『龍谷大学 矯正・保護総合センター研究年報』第12号(2023年)5~23頁)等がある。