(第74回)デジタル社会における偽情報・なりすましとプラットフォーム事業者の役割(有吉尚哉)

弁護士が推す! 実務に役立つ研究論文| 2024.12.04
企業法務、ファイナンス、事業再生、知的財産、危機管理、税務、通商、労働、IT……。さまざまな分野の最前線で活躍する気鋭の弁護士たちが贈る、法律実務家のための研究論文紹介。気鋭の弁護士7名が交代で担当します。

(毎月中旬更新予定)

濱田新「SNS型投資詐欺とプラットフォーム事業者の幇助責任」

法律時報96巻11号(2024年10月号)より

定価:税込 2,090円(本体価格 1,900円)

近年のデジタル化の進展により社会生活の利便性が急激に向上している。一方で、デジタル化の進展の負の側面として、オンライン上で実行される犯罪の増加があげられる。そのような犯罪類型の一つがSNS型投資詐欺である。生成AIによる偽情報の精緻化・複雑化も一因としてSNS型投資詐欺の事例が激増しており、2024年1月~9月の認知件数は5,092件(前年同期比+3,771件)、被害額は約703.4億円(前年同期比+552.6億円)に上っている(警察庁「令和6年9月末におけるSNS型投資・ロマンス詐欺の認知・検挙状況等について」。なお、SNS型ロマンス詐欺についても、同期間で認知件数2,570件、被害額約271.0億円とされている)。犯罪の被害自体が問題であるとともに、詐欺にもつながる偽情報が氾濫することで、真正な情報を含むオンライン上の情報一般に対する信頼性が低くなってしまうことも社会的には大きな損失となる。そのため、オンライン上の偽情報・なりすましによる犯罪の抑止は主要な社会課題の一つといえる状況となっている。そして、このような犯罪への対策にあたっては、広告配信サービスのプラットフォームを提供する事業者の役割も重要となる。

本稿は信州大学の濱田新准教授がSNS型投資詐欺事例におけるプラットフォーム事業者の幇助犯の成否を論じたものである。本稿では、オンライン上の広告配信プラットフォームを用いてSNS型投資詐欺が実行された場合にプラットフォーム事業者が幇助犯となる可能性について、作為による幇助の成否と不作為による幇助の成否に分けて整理されている。そして、プラットフォーム事業者が、①「投資詐欺広告に見られる具体的な特徴を、審査段階で確認していたにもかかわらず、それ以上の個別審査の対応をとらずに広告を掲載させた場合」および②「詐欺広告の掲載を予防し得る審査体制を整備せずに、広告配信サービスを提供した場合」には作為による幇助犯が認められると論じる。一方で、SNS型投資詐欺が発生した場合に常にプラットフォーム事業者が幇助犯となるわけではなく、「プラットフォーム事業者が詐欺広告の掲載を予防し得る審査体制を整備していたが、新たな手口により詐欺広告が審査をすり受け、サービスが詐欺に利用されてしまった場合」には、作為による幇助の成立を認めることはできないとする。もっとも、この場合でも、③「なりすまされた被害者から、広告削除の申出を受け付け、プラットフォーム事業者が詐欺広告を認識したにもかかわらず、詐欺広告を放置し、その結果詐欺が実行された場合」には、不作為による幇助の成立が認められ得ると述べる。

濱田准教授の見解は、刑法上の幇助犯の理論により、場の管理・運営者としてのプラットフォーム事業者に、詐欺広告が掲載されることにならないよう適正な審査体制を整備する義務や、結果として詐欺広告が掲載されてしまった場合において被害者からの申出などがあった場合には是正の対応を行う義務を課すものである。このことは、プラットフォーム事業者の義務を介して、偽情報の伝播の抑止を図る解釈と評価できよう。

この場面でいかなる審査体制を備えていれば作為による幇助が否定されるかは、個別具体的な状況次第と思われるが、プラットフォーム事業者の取組みによってSNS型投資詐欺の抑止が期待される一方で、プラットフォーム事業者に過度の責任を負わせてしまうと、サービスの利便性の低下やイノベーションの阻害につながりかねない。そのため、バランスのとれた規律となることが重要な論点であり、研究者・法律実務家の双方によって適切に解釈論が深化されることが望まれる。

また、プラットフォーム事業者による審査との関連では、デジタル資料の真正性を証明できる状態をどのように確保するか、という観点が非常に重要となる。この点については、真正性の証明のための技術が確立することや、法令などにより真正性の証明に対する制度的な裏付けが付与されることが期待される。

前述のとおり、SNS型投資詐欺に代表されるオンライン上の偽情報・なりすましによる犯罪への対策は、わが国の主要な社会課題になっていると言うべき状況にある。この点、このような犯罪の抑止のためのあり得る法的ツールは刑法だけではないだろうが、現行法の下では刑法に基づく幇助犯の適用が有力な手段の一つといえる。本稿はオンライン上の偽情報・なりすましによる犯罪が実行された場合におけるプラットフォーム事業者の幇助犯の成否に関する考え方が明快に整理された論文であり、議論のスタートに位置付けることができるものである。本稿の内容をもとに、学問としても実務面でも議論が深化されていくことが望まれよう。

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有吉尚哉(ありよし・なおや)
2001年東京大学法学部卒業。2002年西村総合法律事務所入所。2010年~11年金融庁総務企画局企業開示課専門官。現在、西村あさひ法律事務所・外国法共同事業パートナー弁護士。金融審議会専門委員、財政制度等審議会臨時委員、金融法学会理事、金融法委員会委員、日本証券業協会「JSDAキャピタルマーケットフォーラム」専門委員、東京大学公共政策大学院客員教授、武蔵野大学大学院法学研究科特任教授、一般社団法人流動化・証券化協議会理事。主な業務分野は、金融取引、信託取引、金融関連規制等。主な著書として、『動き出す「貯蓄から投資へ」―資産運用立国への課題と挑戦』(金融財政事情研究会、2024年、共著)、「日本法の下でのESG/SDGsを考慮した投資と法的責任」『フィデューシャリー・デューティーの最前線』(有斐閣、2023年)、「事業成長担保権に信託を用いることに関する一考察」『検討! ABLから事業成長担保権へ』(武蔵野大学出版会、2023年)、「金融機関に求められるSDGs・ESGの視点」『SDGs・ESGとビジネス法務学』(武蔵野大学出版会、2023年)、「担保取引の機能と比較した証券化取引の機能」『現代の担保法』(有斐閣、2022年)、『論点体系金融商品取引法1~3〔第2版〕』(第一法規、2022年、編集協力・共著)等。論稿多数。