『「原爆裁判」を現代に活かす—核兵器も戦争もない世界を創るために』(著:大久保賢一)

一冊散策| 2024.12.19
新刊を中心に,小社刊行の本を毎月いくつか紹介します.

まえがき

今年、2024年も、様々なことを考えさせられる年でした。特に袴田巖さんの再審無罪が確定したことと日本被団協がノーベル平和賞を受賞したことは大きな喜びでした。けれども袴田さんの再審無罪は「法」の恐ろしさを痛感させるものでもありました。法は「弱者の味方」という側面だけではなく、無辜の個人を死刑にする力を持つ「暴力装置」でもあるのです。また、日本被団協の受賞は、まだ世界には核兵器が存在し、その使用の危険性が迫っていることを再確認させるものでもありました。国際法は核兵器を制御できていないのです。私は「力の支配」ではなく「法の支配」を支持する一人ですが、法の効用と限界を理解しておかなければならないと思っています。

そして、この「法とは何か」は、2024年4月から9月末まで放映されていたNHKの朝ドラ「虎に翼」のテーマの一つでした。私は、この「虎に翼」を感動しながら視ていました。それは、主人公の猪爪(佐田)寅子と彼女を取り巻く多くの人の息遣いが聞こえてくるような、まるで同時代に生きているような、そんな気持ちにさせてくれるドラマだったからでした。とりわけ、「原爆裁判」を描くシーンは、原爆という「残虐な兵器」が被爆者に何をもたらしたのか、それを法や裁判がどのように向き合うべきなのかを正面から問いかけるものでした。

私が、三淵嘉子さんをモデルにした朝ドラが制作されると聞いたのはNHKの解説委員の清永聡さんからでした。清永さんは司法の状況に詳しい人で、家庭裁判所をテーマに、日弁連(日本弁護士連合会)の人権大会で講演をしています。その清永さんは『三淵嘉子と家庭裁判所』(日本評論社、2023年)という本を構想しており、その一環として、三淵さんが「原爆裁判」にかかわっているので、その裁判資料を保管している日本反核法律家協会の会長である私を取材したのです。「原爆裁判」を出来るだけ多くの人に知ってもらいたいと考えている私は喜んで取材に応じました。

当初は、「虎に翼」で原爆裁判が取り上げられるかどうか、どのように取り上げられるかは「白紙」だったようです。私が「虎に翼」に感動しているのは、寅子の生き方もさることながら、憲法の基本的人権の一つである「平等原則」(憲法14条)をベースに置いていることでした。「すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分または門地により、政治的、経済的又は社会的関係において差別されない。」という条文は、まさに、このドラマを貫く太い棒のようなものでした。

私は、そのようなドラマで「原爆裁判」が描かれないことなどはありえないと思っていましたが、現実に描かれた場面を視て、本当に感動を覚えました。私は、「原爆裁判」の資料を読んでいますし、それなりの知識は持っていますから、史実とドラマの違いは理解しています。もちろん、ドラマは史実どおりではありません。けれども、ドラマだからこそ、記録や本を読むのとは違う、感動を覚える描き方ができるのだと改めて思いました。

轟太一くんや山田よねさんは実在の人物ではありません。けれども、彼らが「原爆裁判」をよみがえらせてくれたのです。判決そのものが持っている説得力ももちろんありますが、彼らの裁判に取り組む姿勢が多くの人に感動を与えたのではないでしょうか。資料提供をした私としても本当に感謝しています。妹が「いいドラマに関われて兄ちゃんもよかったね!! 誇りを守ってよねさんと轟くんの後継者でいてください!!」とラインをくれました。私もそうしたいと思っています。

史実では「原爆裁判」を構想しそれを実践したのは岡本尚一弁護士と松井康浩弁護士(ドラマでは岩居弁護士)でした。私は岡本さんとは面識はありませんが、松井さんとの交流はありました。松井さんは、被爆者支援と核兵器廃絶をめざす日本法律家協会(日本反核法律家協会)の創立者であり、私も創立の時からのメンバーだったからです。けれども、松井さんは、私の母と同じ歳ですから二十数年先輩です。また、すでに大家となっておられましたから、気安く話をできるという感じではありませんでした。加えて、「原爆裁判」は既に「歴史上の出来ごと」でした。関心を持つようになったのは、2013年に「原爆裁判」判決50年のイベントを企画した時からでした。いま思えば、もっと早く関心を持ち、先生にあれこれ聞いておけばよかったと悔やんでいます。

今般、その反省も含めて、「原爆裁判」を振り返り、それはどのような意義があったのか、今後、どのように活かせばいいのかなどをこの本にまとめてみました。それはまた、核兵器も戦争もない世界を創るための営みだとも思っています。

「原爆裁判」は被爆者救援と合わせて核兵器禁止も一つの目標としていました。また、判決には「戦争を全く廃止するか少くとも最小限に制限し、それによる惨禍を最小限にとどめることは、人類共通の希望」という言葉もあります。そういう意味では「原爆裁判」は現在も未解決のテーマを取り扱っていたのです。本書はそんな思いで書かれていますので、ぜひ、最後まで読み進めてください。

本書の構成は、「『原爆裁判』を現代に活かす!!—核兵器も戦争もない世界を創るために」を本論として、補論として、①「日本政府の核兵器観の転換を!」②「アンジー・ゼルターという女性」③「米国の広島・長崎への核兵器投下の法的責任を問う『原爆国際民衆法廷』の準備のための『第2次国際討論会』に参加して」④「韓国人被爆者の立場から見る広島・長崎への原爆投下の歴史的意味」⑤「平和、武力反対、自主、気候重視—台湾の学者たちの反戦声明」⑥「インドネシアの1週間—「慰安婦」とASEAN本部を訪ねて」の6つの小論を収録しています。本論の理解を深めてもらうためです。

また、これらの集大成として「公開書簡 核兵器廃絶と9条擁護・世界化を!!—被爆80年・敗戦80年に向けての提案」も収録しています。この「公開書簡」は、私が帰属する諸団体に、2024年7月に発送したものですが、この本ではすべての皆さんをあて先としています。この本の結論ですから、これだけを読んでも、私の主張は伝わるだろうと思っています。

最後に資料をつけてあります。①「新憲法の解説」第二章(内閣、1946年)②貴族院における幣原喜重郎の答弁③原爆投下と日本国憲法9条④核兵器禁止条約第2回締約国会合宣言⑤核兵器使用の危険性の事例などです。本書を理解するうえで、基礎的な知識を整理したものです。ぜひ、活用してください。

世界では核兵器使用の威嚇を含む武力の行使が続いています。イスラエルのヒズボラに対する武力行使も激しくなっています。国内では、米国による世界の対立と分断路線をそのまま受け入れて、「日本版先軍思想」に基づく「現代版国家総動員体制」が確立されようとしています。石破茂氏も歴代自民党政権の「対米従属」、「軍事力依存」の路線は引き継いでいます。「昔天皇。今アメリカ」に変化はないでしょう。

日米同盟路線に抵抗する政治勢力は決して多くありません。このままでは米国の利害と都合の範囲内での政治が続くことになるでしょう。それは、「核の時代」が続くことを意味しています。「核の地雷原」での生活の継続です。「原爆裁判」が提起した宿題がそのまま残るのです。私たちはその宿題をやり遂げなければならないのです。この本が少しでもそのことに役立つことを祈っています。

2024年11月

目次

原爆裁判」を現代に生かす!!
—核兵器も戦争もない世界を創るために

はじめに
「原爆裁判」の記録/「原爆裁判」50年シンポ/大きな変化と変わらないこと

Ⅰ 「原爆裁判」とは!?
1 裁判の当事者/2 裁判を提訴/3 被告国の対応/4 裁判所の判断/5 鑑定人の意見/6 被害者の損害賠償請求権/7 対日平和条約による請求権の放棄について/8 判決の背後に何があったのか

Ⅱ 被爆者援護制度の変化
1 判決についての日本被団協の評価/2 政府の政策の変遷

Ⅲ 「核兵器なき世界」への影響
1 「原爆裁判」の国際的受け止め/2 国際司法裁判所の勧告的意見/3 核兵器禁止条約による「核抑止論」の克服/4 核兵器禁止条約締約国会議の到達点/5 私たちの課題

Ⅳ 憲法9条の背景にある事情
1 日本国憲法公布時の政府見解/2 「制憲議会」での論争/3 幣原喜重郎の平和論

Ⅴ 非核と戦争廃絶を求める動き
1 ラッセル・アインシュタイン宣言/2 「地球平和憲章—日本発モデル案」

Ⅵ 日本国憲法9条の源流

Ⅶ 何をなすべきか

補論

1 日本政府の核兵器容認姿勢の転換を!
—憲法9条は「核の時代」の申し子
2 アンジー・ゼルダーという女性
—トライデント搭載潜水艦関連施設を「非武器化」した人たち
3 米国の広島・長崎への核兵器投下の法的責任を問う「原爆国際民衆法廷」の準備のための「第2次国際討論会」に参加して
4 韓国人被爆者の立場から見る広島・長崎への原爆投下の歴史的意味
—日本の反核法律家からのコメント
5 平和、武力反対、自主、気候重視
—台湾の学者たちの反戦声明
6 インドネシアの1週間
—「慰安婦」とASEAN本部を訪ねて

資料

(公開書簡)核兵器廃絶と9条擁護・世界を!!
—被爆80年・敗戦80年に向けての提案
1 「新憲法の解説」第二章(内閣、1946年)
2 貴族院における幣原喜重郎の答弁
3 原爆投下と日本国憲法9条
4 核兵器禁⽌条約第2回締約国会合宣⾔
—核兵器の禁止を支持し、核兵器の破滅的な結末を回避する我ら
のコミットメント
5 核兵器使用の危険性の事例

書誌情報など

関連情報

核兵器廃絶実現のための必読の一冊
日本反核法律家協会会長の著者が、貴重な原資料を用いて「原爆裁判」(1955年提訴)の経緯、意義を明確に解説する本書は、核兵器廃絶を願う私たちと世界中の市民に勇気と希望を与えてくれる一冊です。

【2024年ノーベル平和賞受賞】
日本被団協(日本原水爆被害者団体協議会)
代表委員 田中熙巳
(本書帯より)