『伊藤真の刑事訴訟法入門 講義再現版[第6版]』(著:伊藤真)

一冊散策| 2024.12.25
新刊を中心に,小社刊行の本を毎月いくつか紹介します.

 

 

第6版 はしがき

『伊藤真の刑事訴訟法入門』は、1998年の初版刊行以来、改訂しながら版を重ね、今回更に第6版として刊行することになりました。

定価:税込 1,980円(本体価格 1,800円)

前回のリニューアル改訂版(第5版)を刊行した2016年7月以降、刑事訴訟法に関連して、次のような改正がなされました。

・2022年刑法改正(2022年6月13日成立。拘禁刑の創設、侮辱罪の厳罰化等)

・2023年刑事訴訟法改正(2023年5月10日成立。保釈や勾留の執行関係(監督者制度やGPS 装着規定の創設等)、被害者等の情報保護措置等、刑法について逃走罪の主体の変更等)

・2023年刑法及び刑事訴訟法改正(2023年6月16日成立。性犯罪についての刑法改正。刑事訴訟法において、性犯罪について公訴時効期間の延長、ビデオリンク方式や情報秘匿等のための条文番号変更及び聴取結果記録媒体の証拠能力の特則についての新設等)

以上のうち、拘禁刑の創設については、2025年6月1日に施行されます。また、本書のコラムに取り上げた保釈や勾留の執行に関する改正の一部については、2028年5月16日までに施行されるため、それまでは本書に記載した手続とは異なります。

また、本書は刑事訴訟法の概略を理解してもらい、刑事訴訟法という法律をより深く学習するための指針となるために著したものですから、上記各改正のすべてに触れたものではありませんが、未施行部分を含めて必要な限度で反映させています。

本書をきっかけに、刑事訴訟法に親しみを感じていただき、刑事訴訟法を学ぶ楽しさに気づいていただければ幸いです。

そして、更に実体法である刑事訴訟法の運用を知りたいと思ったら、判例集を読むことをお薦めします。拙著となりますが、『伊藤真の判例シリーズ』(弘文堂)は、裁判の事実や経緯ばかりでなく、学習のポイントを掲載しているので、理解の助けとなることでしょう。

さらに、法律学習のおもしろさを感じながら法律を身につけ、法を身近なものに感じることができるようになることを願っています。

では、早速授業を始めます。

2024年11月
伊藤 真

はじめに

いよいよ、刑事訴訟法です。この入門シリーズの6科目目となります。

刑事訴訟法の世界は、たぶん多くの皆さんにとって、法律の中でももっともなじみがあるものではないでしょうか。小説、テレビ、映画、ドラマなどでは頻繁に捜査や刑事裁判の場面が登場します。しかし、こうした普段私たちが触れる情報から正確に刑事訴訟法の手続をイメージすることはそう簡単ではありません。かえって、妙な先入観が邪魔をすることもあります。これからの勉強ではこうした皆さんのイメージを大切にしつつ、それらから自由になって考えてみてください。

刑事訴訟法のテーマ自体はきわめて単純であり、明確です。犯罪者を処罰する手続というものです。しかし、悪いことをしたやつは絶対に処罰するぞという考え方と無罪の者は絶対に処罰しないぞという考え方は似ていますが、まったく異なった発想に基づいています。刑事訴訟自体が、そもそも人間が人間を裁くことなどできるのかという哲学的な問題を内に含んでいますから、考え方がいろいろに分かれることもまた当然なのです。本来なら神様がやるべきようなことを人間がやらざるをえないのが刑事裁判です。そして、犯罪者なのになぜ弁護士をつけるのかとか、疑わしいのになぜ釈放してしまうのかなどの素朴な疑問をもつのも、刑事訴訟法の特徴です。これらの素朴な疑問に答えられるようにすることもこの法律を学ぶ目的のひとつです。

刑事訴訟の世界は、最終的には人が死刑になる可能性のある手続であり、生命・身体というきわめて重要な人権の侵害を招く可能性のある世界です。他方で、犯罪者は他人の生命・身体・財産など重要な人権を不当に侵害した者たちです。これらの者によって侵害された被害者のことも考えなければなりません。将来の被害者、つまり社会の安全ということも視野に入れなければならないこともあるでしょう。つまり、刑事訴訟法においては、公共の福祉の維持と個人の基本的人権の保障とが強く要請されるのです。考え方の違いで学者の先生方の意見も厳しく対立することがあります。それは刑法と同様で、ある意味では当然のことです。

したがって、刑事訴訟に携わる法律家はまさに人権保障を担う法律家として、真価が問われることになるのです。これは裁判官、検察官、弁護士、どの立場でも同じです。法律家をめざす方にとっては、刑事訴訟法はきわめて重要な意義をもっていることを自覚しておいてください。

このように、刑事訴訟法では人権をめぐっての議論が盛んに展開されます。つまり、刑事訴訟法は憲法の延長線上にあるのです。憲法を人権保障の体系として理解すべきことはすでに学習してきました。このような点から、刑事訴訟法は応用憲法とよばれることがあります。

刑事訴訟法の議論で解決できないような問題が生じたときには、常に憲法に戻って考えるクセをつけることが大切です。

もう1つ、刑事訴訟法を考えていく上での注意点を述べておきます。

それは、実体法に対して現実的なシステムとしての法であるという点です。訴訟法の世界では、証明できなければ「存在しないもの」として扱わなければなりません。これは、ある意味では割り切りです。このように現実的な割り切りが必要な場面も多々あります。

刑法という実体法の世界では犯罪成立要件と効果を検討していきますが、要件がすべて満たされることを前提にしています。しかし、実際にはその要件が満たされるのかどうかわからないこともあります。人間が訴訟を行うのですから、現実という壁が立ちはだかるのです。神様が裁判するのなら刑法だけでいいのかもしれません。しかし、何もわからない人間が行うのですから、そこではいろいろな不都合が出てきます。しかし、それを乗り越えて結論まで到達しなければならないのです。「よくわかりませんでした」という判決はだせません。理念や理想だけでは解決できない場面が多くあるのです。では、実際にどうするのかという問題を解決できなければ意味がありません。

しかも、犯罪をするのも捜査するのも判断するのも生身の人間です。絶対に過ちを犯さない保証はどこにもありません。犯人でないにもかかわらずウソの自白をするかもしれない。そんなばかなと思うようなことをするのが人間です。捜査官も捜査熱心のあまりまわりが見えなくなってしまうかもしれません。さらに、裁判官も自分が目の前で見たことでもないにもかかわらず、有罪無罪を判断しなければならないのですから、相当なプレッシャーのもとで仕事をすることになります。常に公平な判断ができる保証はどこにもありません。こうした人間という不完全な生き物が人を裁くのですから、いかに個人の不完全さを刑事訴訟というシステム(制度)によって補うかの工夫が必要なのです。それが人類の英知として今日まで続いているさまざまな原理原則です。刑事訴訟法を理解するにはこうした個人の不完全さとシステムの関係を知った上で原理原則の意味を学習していくことが重要です。

勉強の仕方

手続法なので繰り返しが重要

刑事訴訟法は手続を問題にしますから、時間の流れを意識しなければなりません。刑法など実体法では、その瞬間に要件を満たしているかを検討すれば足りるのですが、手続法では、時間の流れとともに事実関係が変わってくることがあります。はじめの頃の話が後のほうに影響したりすることはしょっちゅうです。適法・違法も途中で変わってくる可能性すらあります。

ですから、手続法としての刑事訴訟法の勉強はできるだけ早く全体像をつかむことが大切です。刑事手続においては、手続の最後のほうを意識してはじめのほうで布石を打っておくことなどもあるからです。

そして、一度最後まで目を通したら、全体を何度も見直して手続全体を一体のものとして意識できるようにすることが重要です。このように手続の大きな流れを常に意識して勉強すれば、これから更に発展的な勉強をする際もきわめて効果的に学習できるはずです。

条文に慣れる

刑事訴訟法のような手続法はまさに手続を条文で規定しているものですから、試験対策という観点でみた場合、どこにどんな条文があるのかをしっかりと意識してこれを自在に引けるようにしておかなければなりません。そのためには出てくるたびにめんどうがらずに何度も条文にあたりマークをつけることです。すると重要な条文は何度も登場することがわかると思います。また、ある程度勉強が進んだら、マークしてある条文を最初から通読してみるといいでしょう。どこで使った条文かが思い出せればより勉強になります。

理論と現実のギャップを知る

刑事訴訟法は、かなり理論的な理念と現実の運用が違ってきている法律です。刑事訴訟法自体は新憲法のもと人権保障を最大限の要請としているのですが、そればかりでは世の中の治安が維持できないのではないかという現実があるのです。というのは、刑事訴訟法が実現しようとしている刑法は明治時代からのもので、犯人の心の中の状態を重視するようなドイツの刑法体系をベースにしています。これに対して、刑事訴訟法は新憲法のもと、アメリカの手続法の影響を受けていて、あまり犯人の取調べを重視しないような考え方になっています。そこで、実際に日本の刑法のもとで真犯人を有罪にするには本人に自白してもらわなければならない、どうしても犯人の取調べを重視せざるをえないという現実があります。

このギャップをいかに解釈によって適切に埋めていくかが重要な課題となっています。

そこで、実際の運用を知る上では判例の学習が不可欠です。本書で手続の概略を理解したら判例集などを使って実際の運用と実務のイメージをもつように努めてください。

民事訴訟法との比較

民事訴訟法を学んだ方は民訴と刑訴の違いを意識しながら勉強すると効率的です。民訴では、現在の権利関係を明らかにしようとします。これに対して刑訴では過去の事実を明らかにします。そして、最終的な目的も、民訴では紛争解決であるのに対して、刑訴では人権保障の枠内での真実発見です。こうした大きな違いを意識しながら勉強していくとより訴訟法が面白く感じていただけることと思います。

それでは、頑張っていきましょう。

1998年8月
伊藤 真

目次

はじめに

第1章 序論

Ⅰ 刑事訴訟法とはなにか

第2章 捜査

Ⅰ 捜査の端緒
Ⅱ 捜査の開始
Ⅲ 不当な捜査に対する被疑者の防御

第3章 公訴の提起

Ⅰ 誰が公訴の提起をするのか
Ⅱ どのような場合に公訴を提起するのか
Ⅲ どのようにして公訴を提起するのか

第4章 公判手続

Ⅰ 概説
Ⅱ 審判の対象
Ⅲ 証明と認定

第5章 裁判

Ⅰ 裁判の意義と種類
Ⅱ 裁判の成立
Ⅲ 裁判の効力
Ⅳ 救済手続
Ⅴ 裁判の執行
Ⅵ 被害者の保護

第6章 まとめ

書誌情報

関連情報


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