『セガ的基礎線形代数講座』(著:山中勇毅)

一冊散策| 2025.03.17
新刊を中心に,小社刊行の本を毎月いくつか紹介します.

書籍化にあたって

まえがきに代えて

本書は株式会社セガにて行われた有志による勉強会用に用意された資料を日本評論社さんからのお声がけで書籍化したものです。勉強会の趣旨はいわゆる「大人の学び直し」であり、本書の場合は高校数学の超駆け足での復習から始めて、主に大学初年度で学ぶ線形代数の基礎の学び直し、および応用としての 3 次元回転の表現の基礎の理解が目的となっています。広く知られているように線形代数は微積分と並び理工系諸分野の基礎となっており、だからこそ大学初年度において学ぶわけですが、大変残念なことに高校数学においては微積分と異なりベクトルや行列がどんどん隅に追いやられているのが実情です。

線形代数とは何かをひとことで言えば「線形 (比例関係) な性質をもつ対象を代数の力で読み解く」という体系であり、その最大の特徴は原理的に「解ける」ということにあります。現実の世界で起きている現象を表す方程式が線形な振る舞いをする場合はもちろん、そうでないときも線形近似したり、線形代数で得た知見を用いて複雑に絡み合う現象を解きほぐしたりするなどの形で応用されます。簡単だから「解ける」ということでもありますが、だからといって軽視されるべきものではなく、手も足も出ない対象を何とかして「解く」ための、広範囲に応用が効く強力な武器を身につけるわけです。

線形代数はさまざまな知見をもとに組み立てられている分野であり、基礎部分だけでもざっと次ページの図のような多岐にわたる項目を学んでようやくその全貌が見えてくることになります。これが線形代数を学ぶ上での難しさの一因とも言え、個々の計算はできるようになっても、繋がりがよく分からない、「全体として何なのか?」が分かりにくい要因ともいえます。本書では「学び直し」ということもあり、線形代数の基礎の本質的な部分をできるだけ簡潔に分かりやすく学べるように全体を組み立ててみました。行列は実数成分の n×n 行列 (実正方行列) のみを対象とし、各項目を学ぶ順番や手法、一部は定義すら一般的なものと違う (例:行列式) こともあります。(かえって分かりづらいと感じた人はごめんちゃい: 死語らしい (笑))

導入・導出は多少なりとも丁寧に、証明はできるだけ簡潔にを心がけ、また話の流れを分かりやすくするため長い証明は付録に回すなどの手法も試みてみました。反面、ページ数の都合で例題や演習問題はごく限られた量にとどまっており、これについては読者がネットや他書等から自身で入手して理解を深めてもらうことを期待しています。

本書の全体の構成としては、全 8 講 (8 章) で以下のように大きく 3 部構成となっています。各項目の階層構造は、講-節-項となっており、第 1 講第 2 節は【1.2】、第 1 講第 2 節第 3 項は [1.2.3] という記号で見出しをつけています。また各項目の先頭に [▼] マークがついているものは、少し進んだ内容となっており、難しいと思ったら最初はとばしても OK です。[▼A] などの文字 (A) が同じ項目は、互いに関連しているので参考にしてください。

  • 第 1 部:導入および高校数学の超駆け足復習 +α
    • 第 1 講 イントロダクション
    • 第 2 講 初等関数

本書は高校数学の「数 I」の内容を理解していることを前提としています。ウォーミングアップとしてそれ以降の高校数学で必要な内容を超駆け足で復習します。必要に応じ各自でさらに復習しましょう。

  • 第 2 部:線形代数の基礎 (大学初年度で学ぶ程度の内容 +α)
    • 第 3 講 ベクトル
    • 第 4 講 行列 I:連立一次方程式
    • 第 5 講 行列 II:線形変換
    • 第 6 講 行列 III:固有値・対角化

ベクトルと行列が主人公である線形代数の基礎を学びます。行列の 3 講はそれぞれのテーマの視点でベクトルと行列が何を表し、どのように絡み合っているのかを学んでいきます。線形代数の基礎を駆け足で学ぶことになり、本質的なことは大体網羅されていますが、紙数の都合上省かれた事項等もあります。理工系各分野に応じて読者自身により不足となる部分、さらには発展的な線形代数を学ぶことになるかと思います。

  • 第 3 部:(3 次元) 回転の表現の基礎
    • 第 7 講 回転の表現 I
    • 第 8 講 回転の表現 II

応用として、さまざまな分野で重要となる 3 次元回転の表現である「回転行列」「オイラー角」「回転ベクトル」「クォータニオン」の基礎を学びます。どう使うかよりどうしてそうなるのか、という内容が中心となっています。やや難しいと感じるかも知れません。線形代数をある程度理解している読者がここから読み始める場合は、まず【5.5】節に目を通すことをお勧めします。逆に第 5 講まで読み進めた読者は、第 6 講を飛ばしてもある程度理解できることと思います。

学生の方へ

このような異端の書 (笑) で学ぼうという奇特な方がもし居たら、言うまでもないことですが、本書を読んだあとに講義で指定されている教科書を改めて読み直してみましょう。きっと今まで以上に理解が深まるのではないかと思います。未来を担う皆さんにとって、本書が少しでもお役に立てれば幸甚です。

謝辞

書籍化にあたり、九州大学マス・フォア・インダストリ研究所の落合啓之先生に原稿に目を通していただくようお願いし、大変丁寧なチェックと、的確なコメントをいただきました。

また本書と同じく日本評論社で刊行予定の、三宅陽一郎氏、清木昌氏共著の『数学がゲームを動かす! 』に掲載されるインタビューが、本書の書籍化のきっかけとなりました。

ここに感謝の意を表します。

2024 年 晩夏 著者

 

目次

  • 第 1 講 イントロダクション
    • 1.1 はじめに
    • 1.2 数学導入:数の拡張
    • 1.3 付録 1:数学の考え方
    • 1.4 付録 2:ギリシャ文字一覧
  • 第 2 講 初等関数
    • 2.1 はじめに
    • 2.2 指数関数
    • 2.3 三角関数
    • 2.4 指数関数の別定義
    • 2.5 オイラーの公式
    • 2.6 付録 1:二項定理 (二項展開)
    • 2.7 付録 2:総和記号
    • 2.8 付録 3:sinθ/θ1 (θ0) の証明
    • 2.9 付録 4:三角関数の各公式の証明
  • 第 3 講 ベクトル
    • 3.1 はじめに
    • 3.2 ベクトルがもつ性質
    • 3.3 内積
    • 3.4 抽象化されたベクトルの概念と例
    • 3.5 外積
    • 3.6 n 本のベクトルが張る n 次元体積
    • 3.7 付録 1:Levi-Civita 記号
    • 3.8 付録 2:外積の公式の証明
    • 3.9 付録 3:置換と転倒数の偶奇性
  • 第 4 講 行列 I:連立一次方程式
    • 4.1 はじめに
    • 4.2 掃き出し法
    • 4.3 行列式の導入
    • 4.4 行列の導入
    • 4.5 付録 1:行列式の重要な性質
    • 4.6 付録 2:簡約行列の構造
    • 4.7 付録 3:補足説明
    • 4.8 付録 4:行列式の定義について
  • 第 5 講 行列 II:線形変換
    • 5.1 はじめに
    • 5.2 線形変換 (一次変換)
    • 5.3 逆行列
    • 5.4 直交行列
    • 5.5 線形変換の行列による表示
    • 5.6 付録 1:Levi-Civita 記号の積の性質
    • 5.7 付録 2:複素数の行列による表現
  • 第 6 講 行列 III:固有値・対角化
    • 6.1 はじめに
    • 6.2 固有ベクトルと固有値
    • 6.3 行列の対角化
    • 6.4 実対称行列の対角化
    • 6.5 応用例
    • 6.6 付録 1:複素ベクトル空間・行列について
    • 6.7 付録 2:第 6 講の各証明
    • 6.8 付録 3:オイラーの公式の行列表現
  • 第 7 講 回転の表現 I
    • 7.1 はじめに
    • 7.2 回転行列
    • 7.3 オイラー角と仲間たち
    • 7.4 回転ベクトル
    • 7.5 付録 1:回転変換に関する 2 証明
    • 7.6 付録 2:3 次回転行列となる行列指数関数
  • 第 8 講 回転の表現 II
    • 8.1 はじめに
    • 8.2 クォータニオンの導入:ハミルトン劇場
    • 8.3 クォータニオン:定義と諸性質
    • 8.4 クォータニオン:3 次元回転の表現
    • 8.5 付録 1:一般的な 4 次元の回転について
    • 8.6 付録 2:成分表示における 4 次元内積の不変性について
    • 8.7 付録 3:オイラーの公式と代数的補間式について

書誌情報など

関連情報