選択的夫婦別姓制度と女性差別撤廃委員会勧告(寺谷広司)

法律時評(法律時報)| 2025.02.27
世間を賑わす出来事、社会問題を毎月1本切り出して、法の視点から論じる時事評論。 それがこの「法律時評」です。
ぜひ法の世界のダイナミズムを感じてください。
月刊「法律時報」より、毎月掲載。

(毎月下旬更新予定)

◆この記事は「法律時報」97巻3号(2025年3月号)に掲載されているものです。◆

定価:税込 2,200円(本体価格 2,000円)

周知のように、近時、日本において選択的夫婦別姓制の採用が非常に重要な論争になっている。姓の問題は、結婚という人生の一大イベントの一つに関する実に身近な問題であり、法技術的な困難が比較的少ないので誰でも理解しやすく、体験に根ざしつつ過度に白熱した政治論争になりやすい。そうした中、2024年10月に、女性差別撤廃員会は日本の第9回国家報告制度で、夫婦に同氏使用を求める民法第750条を改正していないことに懸念を示し、女性が婚姻後も婚姻前の姓を保持できるように氏の選択に関する改正を勧告した1)

筆者の個人的な偏見の可能性を予め伝えておくと、夫婦同氏制度は筆者が学部学生であった30年以上前から既に謎の多い制度だと思っていた。自分が結婚する頃までには選択的夫婦別姓になれば良いと思っていたし、当時は誤解を避けるための「選択的」という表現が一般的ではなかったが、そのうち実現するものだと思っていた。当然、それより前から議論はあって、「拙速だ」などということは全くない。「家族」「日本の伝統」の重視などの価値は抽象的には理解できるもので、国際条約も家族を重視している(女性差別撤廃条約前文、自由権規約第23条など)。もっとも、これは形式的建前たるイエを保全するようなものではなく、名前がどうあれ、例えば子と親が一緒に暮らせなくなるようなときに発揮される。技術的に、子の姓の問題などの論点が残されることは承知しているが、根本的なところでは、私からすると同氏制度を維持する合理的な理由はほとんど見当たらないと思われる。法的に言えば、立法目的に比して比例的なのかを論ずることになろう。社会学的に言えば、実は明治の近代国家形成期に古来から存在するものとして創出された「神話」の一つといえ、言説の成立過程も相当明らかで、この論点は語り尽くされて随分と経つ感もある。周知のように、賛否それぞれの論者が都合の良い統計を持ち出しているようにも見えるが、別姓賛成が多数派と言えそうである2)。もちろん、人権は多数派に頼らなくても認められるべきものであることを基本中の基本として確認した上の話ではある。

以上のように述べた上で、しかし、本稿は後述のように夫婦同氏制度の存続自体が最重要の困難なわけではないと論ずることになる。

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脚注   [ + ]

1. CEDAW/C/JPN/CO/9 (Concluding observations on the ninth periodic report of Japan, 30 October 2024)【PDF】, paras.11(a), 12(a). また、自由権規約委員会による国家報告審査でも指摘されている(CCPR/C/JPN/CO/7 (Concluding observations on the seventh periodic report of Japan), 3 November 2022【PDF】, paras.14, 15(c))。
2. 例えば、NHKによる2024年4月の調査では「賛成」が62%、「反対」が27%である。