(第77回)アジャイル・ガバナンスにおける株式会社の役割(野澤大和)

弁護士が推す! 実務に役立つ研究論文| 2025.03.07
企業法務、ファイナンス、事業再生、知的財産、危機管理、税務、通商、労働、IT……。さまざまな分野の最前線で活躍する気鋭の弁護士たちが贈る、法律実務家のための研究論文紹介。気鋭の弁護士7名が交代で担当します。

(毎月中旬更新予定)

得津晶「株式会社は公益の擁護者たりうるか?—アジャイル・ガバナンス時代にコーポレート・ガバナンスに求められるもの」

法律時報96巻11号(2024年)71頁より

近時、ビッグデータやAI技術の進展等、様々な新たな技術の発展とその利活用を図るためには、それらを統御する「法」自体のイノベーションも必要ではないかという問題意識の下、事前の法規制等の伝統的なガバナンスモデルには限界があるとされ、企業、政府、個人・コミュニティを含むマルチステークホルダーが協働し、PDCAサイクルを内包しつつ、ゴール設定等を常に見直すとともに外部に対する透明性やアカウンタビリティを確保するアジャイル・ガバナンスや共同規制(政府がガイドライン等大枠を示した上で企業側でルール・自主規制を策定すること)が盛んに喧伝されている1)。アジャイル・ガバナンスにおいて、企業は中心的な役割を期待されており、「企業には、自らのミッション・ビジョン・バリューなどを定義した上で、ルール形成やモニタリング、問題解決等に積極的に関与すると共に、ステークホルダーに対して自らのガバナンスを説明し、対話を通じてアカウンタビリティを尽くすことが求められる」2)とされている。

2024年10月号 定価:税込 2,090円(本体価格 1,900円)

しかし、アジャイル・ガバナンスや共同規制等において、企業、特にその大部分を占める株式会社が自らの利益のみならず社会全体の厚生を考えて法ルールの内容を形成するのであろうか。そのような問題意識の下、本稿は、伝統的に株主利益最大化原則が妥当するとされている株式会社において株主の利益を超えた、地球温暖化等の環境問題やデジタルプラットフォーマー等のビックテックのビジネスの取引の公正性・透明性の確保の問題等の社会全体の利益を考慮することの理論的根拠について、Shareholder Welfarism(株主厚生の最大化)と Corporate Purpose(会社の「目的」論)の議論に着目して整理を試みるものである。

まず、本稿は、株主利益最大化原則の論拠について確認する。株主利益最大化原則の端緒としては会社の社会的責任とは利益を上げることであるという Milton Friedman の主張が挙げられる。もっとも、Friedman は、会社はできる限り多くの金銭を獲得すべきと述べたに留まるが、最大化すべき会社のキャッシュフローとは、従業員への支払等を控除した残り物としての株主の利益であった。しかし、Freidman 自身は会社の様々なステークホルダーの中で株主の利益のみを抽出する理由を明らかにはしていなかった。これに対して、株主利益最大化の論拠として最も成功しているのは、株式が「残余権」である点に基づく説明である。即ち、株主の価値は企業全体の価値から債権者価値を控除したものであり、企業価値が負債総額を上回っている場合には債権者の利益を満足させた上での株主価値の増大は企業価値の増大と比例ないし連動しており、株主利益を最大化させることが企業価値を最大化させることになる。このように株主が自己の利益の最大化を図ることは、企業価値=債権者を含む利害関係人の価値の総和が上がることを意味し、社会全体の効用最大化のインセンティブが株主に認められる。しかしながら、株主が自らの利益を最大化することによって確保されるその他の利害関係人の利益とは、株主への分配と同様に、会社へのキャッシュフローを通じて分配される利益に限られるが、会社が行っている事業活動に分けがたく結びついている利益(地球温暖化等の環境問題やビックテックの取引の公正性・透明性の確保の問題等)は、損害賠償請求権などで会社のキャッシュフローへの転化が十分にされていないので、株主利益最大化原則では保護されず、これらの問題が大きくになるにつれ、株主利益最大化原則が社会にとって合理的なルールとは断言できなくなると指摘する。

次に、本稿は Shareholder Welfarism と Corporate Purpose の議論を紹介する。Shareholder Welfarism は、「株主利益」を市場価値(Market Value)ではなく、株主の厚生(Welfare)とすることで、地球温暖化問題のような会社のキャッシュフローを介さない利益を「株主利益」に含めるものである。例えば、キャッシュフローの価値の点で劣っていても、環境に良い事業が株主にとっての主観的効用で勝る場合には、株主多数決によって環境によい事業が選択される。しかし、Shareholder Welfarism は、なぜ株主の厚生に焦点を当てる必要があるのかの説明がない点で理論上の大きな問題があるとされる。他方で、Corporate Purpose 論は、会社には、Friedman が主張する金銭的利益最大化を超えた「目的」があり、会社の存在意義はかかる目的を実現することにあり、会社は、社会的課題の解決と利益を上げることを両立し、商業的に実現可能で、利益を挙げ、財務的に持続可能な形で社会的課題の解決を行わなければならないとする。但し、「目的」の概念は曖昧であり、「社会的課題の解決」といっても、いかなる問題が「社会的課題」となるのかについて一般論は示されておらず、「目的」は人々や地球が抱える問題に有効な解決方法を生み出す「共通の目的」である必要があり、個々の会社の選択に還元されえない外在的な縛りがあるとされる。Corporate Purpose 論のように「目的」を中心に据えることで会社法制やコーポレート・ガバナンスについて従来とは異なるモデルが提示されると指摘する。具体的には、少数株主の利益を搾取するおそれがあるとして問題視されてきた支配株主の存在がプラスに評価され、支配株主が会社の「目的」を言明し、かつ、コミットすることが期待される一方で、少数株主の保護の充実は、経営者による「目的」へのコミットを妨げるものとしてむしろ望ましくないと評価されることになる。

以上の議論を踏まえ、本稿は、今後、企業がアジャイル・ガバナンスや共同規制等の法ルールの内容の形成に寄与することに期待するのであれば、参加する企業には、公正さを含む「目的」を言明し、かつ、その目的にコミットする仕組みを用意する必要があり、Corporate Purpose 論に従ったガバナンスの「コペルニクス的転回」が求められるとする。そして、将来的な立法論としては、株主利益の最大化ではなく、「目的」の実現を至上価値に置く新たな会社類型を既存の株式会社とは異なるものとして用意し(米国のベネフィット・コーポレーション制度等)、その制度を採用した企業のみに法ルールの内容形成への参加資格を認めることも考えられるとした上で、単に「目的」を示すだけでなく、「コミットメント」を付すことが株式会社に公益の擁護者としての役割を期待する際のキーとなることを指摘する。

本稿が示唆を受けている Corporate Purpose 論への評価、特に、従前の会社法制やコーポレート・ガバナンスにおいて議論されてきた支配株主による少数株主の利益の搾取の問題や少数株主保護について従前と異なるモデルが提示されていることについての賛否は分かれるかもしれないが、本稿は、株主利益最大化原則が妥当するとされる株式会社がアジャイル・ガバナンスや共同規制等の法ルールの内容の形成に寄与することの理論的な根拠や将来的な立法論を示すものであり、公的な役割を担う新たな法人形態の創設3)等を検討する際にも大いに参考になろう。

本論考を読むには
法律時報96巻11号購入ページ
TKCローライブラリー(PDFを提供しています。)


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脚注   [ + ]

1. 例えば、経済産業省が設置した新たなガバナンスモデル検討会「アジャイル・ガバナンスの概要と現状」(2022年8月8日)【PDF】8~18頁。
2. 新たなガバナンスモデル検討会・前掲注(1)15~16頁。
3. 例えば、岸田政権の下で2024年6月21日に閣議決定された「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画2024年改訂版」【PDF】57頁によれば、「民間で公的役割を担う新たな法人形態の制度について、中長期的に検討を進める」とされている。

野澤大和(のざわ・やまと)
2004年東京大学法学部卒業。06年東京大学法科大学院修了。07年弁護士登録。08年西村あさひ法律事務所入所。14年Northwestern University School of Law卒業(LL.M.)。14年~15年Sidley Austin LLP(シカゴオフィス)で研修。15年ニューヨーク州弁護士登録。15年〜17年法務省民事局に出向(会社法担当)。19年西村あさひ法律事務所パートナー。主な書籍・論文として、『企業法務のリーガル・リサーチ』(共著、有斐閣、2025年)、「次期会社法改正の議論状況」Disclosure & IR vol.32(2025年)、「定款規定がない場合における買収への対応方針の廃止を求める株主提案の可否」旬刊商事法務2381号(2025年)、「指名委員会等設置会社制度の改善に向けてー『指名委員会等設置会社制度の改善に関する研究会』の提言の概要」旬刊商事法務2381号(共著、2025年)、『新株発行・自己株処分ハンドブック』(共著、商事法務、2024年)、「特定の株主からの自己株式の取得と書面決議の利用の可否」旬刊商事法務2345号(2023年)、「アクティビストへの対応と監査役としての留意点」月刊監査役757号(2023年)、「<座談会>株主アクティビズムと2023年6月の株主総会の振り返り」MARR347号(共著、2023年)、「自己株式の取得・処分の事例分析――2022年6月~2023年5月」資料版商事法務472号(共著、2023年)、「株主総会の運営・事務に関するQ&A――株主総会資料の電子提供制度を中心に」ビジネス法務23巻6号(2023年)、『デジタル株主総会の法的論点と実務』(共著、商事法務、2023年)、『実務問答会社法』(共著、商事法務、2022年)、『令和元年会社法改正と実務対応』(共著、商事法務、2021年)、『M&A法大全〔上〕〔下〕』(共著、商事法務、2019年)ほか多数。