歴史からみる「働くこと」(水町勇一郎)(特集:「働くこと」を考える)
◆この記事は「法学セミナー」843号(2025年4・5月号)に掲載されているものです。◆
特集:「働くこと」を考える
人が社会とつながる最も身近な手段の1つが「働くこと」である。
経済状況や社会情勢とともに、働き方は変化しながら
現在に至っており、この変化は今後も続いていくだろう。
本特集では、歴史、哲学、経済、法の多角的視点から
これまでの変遷を辿りつつ、
これからの「働くこと」について考察する。—編集部
人類の歴史を「働くこと」という視点から振り返ってみよう。そこから、「Society 5.0」とも呼ばれるデジタル社会の課題が見えてくるかもしれない1)。
1 狩猟採集社会と「働くこと」
地球ができたのがおよそ45億年前。人類(ホモ属)が猿人から進化して登場したのが約250万年前。
そして、現生人類(ホモ・サピエンス)へと進化したのが約20万年前だといわれている。人類は、その誕生から現在までのほとんどすべての期間、狩猟採集民として生活してきた。
狩猟採集社会における主な労働は、食料になる動物の狩りをし、木の実や昆虫などを採集することだった。当時の生活の実態は極めて多様だったと考えられているが、多くの場合は数十人、最大でも数百人からなる小集団で生活し、食料となる動物や植物を探して移動していたと推測されている2)。
この狩猟採集生活での労働時間は比較的短く、ビタミン、ミネラルなど必要な栄養素を含む多種多様な食べ物を摂取し、感染症に悩まされることもなく、一般に背が高く健康的な生活を送っていたといわれている3)。狩猟採集社会では、食料を貯蔵する技術がなく、手に入れた食料をすぐに分け合いながら食べていたことから、短期的な思考、分かち合いの文化とともに、必要以上の物質を求めない性向をもっていた。その後の農耕社会と比べると、平等で、安定し、永続的な社会が形成されていたのではないかといわれている4)。
脚注
1. | ↑ | 本稿は、水町勇一郎『社会に出る前に知っておきたい 「働くこと」大全』(KADOKAWA、2025年3月刊行)の一部(第1章5~8)に加筆修正を施したものである。 |
2. | ↑ | 古代の狩猟採集民の民族的・文化的多様性は、7万年前から3万年前にかけてみられた認知革命の結果、人間が想像上の現実(虚構)を生み出すことができるようになったことの表れだといわれている(ユヴァル・ノア・ハラリ〔柴田裕之訳〕『サピエンス全史(上)─文明の構造と人類の幸福』(河出書房新社、2016年)〔以下「ハラリ上」と引用〕64頁以下)。 |
3. | ↑ | 狩猟採集民は1日5時間ほど働いて、平均寿命は21歳から37歳の間で、45歳まで生きられればその後14年から26年は生存が見込まれたが、その後の農耕社会の農民は、1日10時間働き、身長は狩猟採集民より平均10センチから13センチ低く、初期の農民の平均寿命は19歳前後だったと推定されている(ダロン・アセモグル=サイモン・ジョンソン〔鬼澤忍=塩原通緒訳〕『技術革新と不平等の1000年史〔上〕』〔早川書房、2023年〕〔以下「アセモグル=ジョンソン上」と引用〕172頁以下、ハラリ上71頁など)。また、狩猟採集民は、ほとんどの時間を休息と娯楽に費やし、退屈すること(余暇)で創造性や好奇心が刺激されていたともいわれている(ジェイムス・スーズマン〔渡会圭子訳〕『働き方全史─「働きすぎる種」ホモ・サピエンスの誕生』〔東洋経済新報社、2024年〕〔以下「スーズマン」と引用〕6頁・104頁)。この古代狩猟採集民の暮らしは、「原初の豊かな社会」とも評されている。しかし、狩猟採集社会でも、欠乏と苦難の時期はたびたび訪れ、共同体内での殺害や遺棄など残忍な暴力もみられていたことから、その暮らしを理想的に捉えることには注意も必要である(ハラリ上72頁以下参照)。 |
4. | ↑ | スーズマン140頁以下。日本でも、縄文時代の前半期(1万5,000年前から5,000年前ころ)は狩猟と採集を中心とする社会であり、狩猟・採集の対象(例えばナウマンゾウなどの大動物かウサギなどの小動物か)によって基礎的共同体の大きさや範囲が変わっていたと推測されている(松木武彦『日本の歴史 第1巻 列島創世記』(小学館、2007年)〔以下「松木」と引用〕36頁以下)。当時、西日本には大きな集落は見あたらず、季節ごとに労働の場を巡回するような暮らしをしていた可能性があるのに対し、東日本では、食料の獲得・加工・貯蔵の技術が個性的に発展し、たくさんの収穫に頼って大勢で定住していたが(松木92頁以下)、縄文時代の後半(約4500年前から)への転換期には、寒冷化により食料の収穫量や分布が変化したため、20人から50人規模の環状集落が廃れて、分散居住が一般的になったとされている(松木154頁以下、岡村道雄『日本の歴史 第1巻 縄文の生活誌〔改訂版〕』(講談社、2002年)〔以下「岡村」と引用〕306頁以下)。 |