(第82回)水害国家賠償訴訟と情報提供(北村和生)

【判例時報社提供】
(毎月1回掲載予定)
福知山水害訴訟
市を事業主体とする土地区画整理事業又は非農用地造成事業により造成された土地を購入し、自宅建物を建築するなどした後、台風の影響による降雨によって床上浸水等の被害に遭った7名の原告らが、市に対して損害賠償を請求した事案において、市から直接土地を買い受けた3名の原告らとの関係では、市が、土地を売却する際に、市が把握していた土地に関する近時の浸水被害状況や今後浸水被害が発生する可能性に関する情報について開示し、説明すべき義務を怠ったとして原告らの請求を一部認容したが、その余の4名の原告らとの関係では、市の職員が職務上の法的義務に違背したということはできないとして原告らの請求を棄却した事例
京都地方裁判所令和2年6月17日判決
【判例時報2481号17頁掲載】
いうまでもないことだが、わが国は、自然災害による被害を受けることが多い。そのため、国や自治体は、自然災害に対し様々な防災対策を講じてきた。近年の国や自治体の防災対策の中には、堤防のような物的な対策だけではなく、ハザードマップ等により、災害の危険性の高い地域や避難すべき場所を事前に住民に知らせておくという、情報提供による防災対策も含まれる。では、国や自治体が災害情報の提供を適切に行わず、そのため被害が発生した場合、情報提供義務違反を理由として国家賠償責任が認められるのだろうか。本判決は、福知山水害訴訟の第1審判決であるが、行政による情報提供義務違反が国家賠償法上違法とされるかを扱ったものである。
本判決では、2013年9月の台風18号に伴う大雨で床上浸水等の被害を受けた福知山市(以下「市」という)の住民が、浸水被害に遭う危険性等について情報提供すべき義務に違反したとして、被災した土地の開発において事業主体でもあった市に対して国家賠償を請求している。本件において原告となった住民は、土地を購入したときの事情によって二つに分けられる。すなわち、市から直接に土地を購入した原告ら(本判決は「買主原告ら」と呼んでいる)と宅地建物取引業者を仲介者として土地を購入した原告ら(本判決は「本件原告ら」と呼んでいる)である。本判決は、買主原告らに対しては、市の説明義務違反を理由として国家賠償請求を認容したものの、本件原告らの請求に対しては、市の「情報提供義務については法令上の根拠が認められない」として請求を棄却した。
本判決以前にも、国や自治体が、国民や住民への情報提供義務を怠ったことを理由として国家賠償請求がされた事件は見られたが、請求が認められた判決の多くは、本判決における買主原告らのように、国や自治体と原告の間に一定の直接的な関係が存在していた場合であった。一方で、本件原告らのように、行政との直接的な関係がない場合には、情報提供義務違反による国家賠償責を認める裁判例は必ずしも多くはなかった。本判決は、上で見たように、本件原告らの請求は棄却しており、従来の裁判例と近い立場をとったということができるが、買主原告らに限定されているとはいえ、災害に関する情報提供義務違反が国家賠償法上違法となることを判示しており、一定の意義が認められる判決と言ってよいであろう。
なお、本判決の控訴審判決である大阪高判令和5年8月30日は買主原告らも含めて国家賠償請求を棄却し、その後判決は確定している。また、宅建業法の制度改正や各地の条例により、災害に関する情報提供の仕組みは福知山水害当時より様々な面で整備されている。
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