(第78回)生成AIによる実演に類似するものの出力(濱野敏彦)

弁護士が推す! 実務に役立つ研究論文| 2025.04.07
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(毎月中旬更新予定)

佐藤豊「生成AIによる実演の学習、実演類似のものの生成及び生成結果の利用に対する規律の一考察」

コピライト64巻760号(2024年)26頁~31頁、同761号(2024年)44頁~49頁より

生成AIについて明確な定義があるわけではないが、近時、一般的に生成AIと呼ばれている言語モデル、画像生成AI、動画生成AI等(以下「生成AI」という。)には、全て、ディープラーニング(ニューラルネットワーク)が中心技術として用いられている。

私は、2001年から2004年まで、ニューラルネットワークの研究室である東京大学の廣瀬明研究室に所属していたが、当時は、ニューラルネットワークを実用的に用いることは殆どできなかったため、現在の生成AIの進展は非常に感慨深い。

従来のプログラムは、人間が、プログラム言語によって、入力されたデータを処理する方法(ルール)を人為的に設定することにより、人間自身が考えたルールによる処理(演繹的処理)を行うものである。

一方、ディープラーニング(ニューラルネットワーク)のプログラムは、膨大な量の入力データと教師データ(いわば入力データに対する解答データ)のセットを学習させたプログラムであり、パターン処理(帰納的処理)を行うものである。

そして、生成AIは、ディープラーニング(ニューラルネットワーク)を中心技術として用いているため、パターン処理を行う。

そのため、過去に人間が作成した文章、画像、動画等を大量に学習させた生成AIにより、文章、画像、動画等を出力できるようになった。

さらに、生成AIによれば、同様に、人間が行った実演のデータを学習させた生成AIにより、実演に類似するものを出力することもできる。

例えば、有名な歌手が行った実演のデータ(歌声のデータ等)を学習させた生成AIにより、その歌手が歌ったことのない楽曲を、あたかもその歌手が歌っているかのようなものとして出力できる。

これを、その歌手から承諾を得ずに行った場合、法的にどのようなことが問題になるのであろうか。

本稿は、この点について考察するものである。即ち、実演家本人に無断で、あたかも実演家の実演のようなものを生成AIにより出力させる行為について、実演家の権利の観点から考察するものである。

著作権法は、実演家の財産的な権利として、録音権、録画権、放送権、有線放送権、送信可能化権、譲渡権、貸与権を規定している。また、実演家人格権として、氏名表示権と同一性保持権を定めている。

本稿では、主に、①学習行為、②学習成果そのものの流通、③学習成果を用いた生成行為について、実演家の権利との関係を検討している。

まず、学習行為については、実演のデータのシステムに対する読み込みは、読み込まれた情報から要素にかかるものを抽出して解析を行うためのものであるため、システムへの読み込みによる録音や録画は、著作権法102条が準用する同法30条の4第2号に該当し、録音権や録画権は及ばないとしている。

次に、学習成果そのものの流通については、実演の録音物又は録画物と法的に評価し得るため、学習成果のデータの複製や送信可能化には著作権法102条が準用する同法30条の4の適用はなく、実演家の権利の対象になり得るとする。

そして、学習成果を用いた生成行為については、元の実演との連鎖が続いていないために録音物・録画物と法的に評価できないという見解が有力であるとした上で、法的に録音物・録画物と評価し得るかについて考察している。

本稿は、これらの検討を踏まえて、現在の著作隣接権制度に基づく対応には限界があるため、従前の著作隣接権制度の枠を超えた大胆な立法提案が要請されると指摘している。

そして、他の制度による解決策として、韓国の不正競争防止法と、日本におけるパブリシティ権について検討している。

韓国では、2021年に不正競争防止法が改正されて、著名な歌手の歌声と認識されている音声を、公正な商取引慣行や競争秩序に反する方法で、自身の営業のために無断で使用することにより、他人の経済的な利益が害される場合には、不正競争行為に該当することを説明している。

また、本稿は、日本におけるパブリシティ権について、ピンクレディー事件最高裁判決によれば声そのものがパブリシティ権の対象になり得るとしつつも、同最高裁判決によれば、パブリシティ権侵害が成立するのは「専ら顧客吸引力の利用を目的とする行為」に限定される点等から、パブリシティ権による保護にも一定の限界があることを指摘している。

本稿では、最後に、方式主義による特別立法について考察している。

即ち、米国著作権法において、一定の場合には訴訟提起を行うために登録が必要であり、また、著作権登録により著作物性を具備することが推定され(米国著作権法410条(c))、法定損害賠償の対象となる点(同法412条)を踏まえて、米国著作権法の登録制度をモデルとして、自然人の実演、本人の同意を得て生成された実演類似のもの、自然人の実演によらずに作成された実演類似のものについて、登録を要件とする財産権を新設することが考えられるとしている。

このように、本稿は、実演家本人に無断で、あたかも実演家の実演のようなものを生成AIで出力する行為について、実演家の権利との関係を検討した上で、韓国の不正競争防止法、及びパブリシティ権による保護の検討を行い、最後に、方式主義による特別立法について考察している。

生成AIは進展し続けており、実演家本人に無断で、あたかも実演家の実演のようなものを生成AIで出力する行為を、誰でも容易にできるようになりつつある。

そのため、本稿は、生成AIに関する実務対応を検討する上で示唆に富む論考である。

本論考を読むには
公益社団法人著作権情報センター(CRIC)


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濱野敏彦(はまの・としひこ)
2002年東京大学工学部卒業。同年弁理士試験合格。2004年東京大学大学院新領域創成科学研究科修了。2007年早稲田大学法科大学院法務研究科修了。2008年弁護士登録(第二東京弁護士会)。2009年弁理士登録。2011-2013年新日鐵住金株式会社知的財産部知的財産法務室出向。主な著書として、『AI・データ関連契約の実務』(共編著、中央経済社、2020年)、『個人情報保護法制大全』(共著、商事法務、2020年)、『秘密保持契約の実務〈第2版〉』(共編著、中央経済社、2019年)、『知的財産法概説』(共著、弘文堂、2013年)、『クラウド時代の法律実務』(共著、商事法務、2011年)、『解説 改正著作権法』(共著、弘文堂、2010年)等。