(第1回)刑事裁判官、刑事弁護人として思うこと
警察官、検察官の証拠隠しや捏造、嘘によって、そしてそれを見抜かなかった裁判所によって、無実の人が処罰されてしまった数々の冤罪事件が存在します。
現役時代、30件以上の無罪判決を確定させた元刑事裁判官・木谷明氏が、実際に起こった事件から、刑事裁判の闇を炙り出します。
(毎月中旬更新予定)
なぜ誤った裁判はなくならないのか
刑事裁判で一番大事なのは、「無実の人を処罰しない」ということです。これは間違いないと思うのですが、それをはき違えて、一人でも真犯人を逃してはいけないという気持ちで、疑わしい人をどんどん処罰するという裁判官が多くいることを痛感しています。
それは、私が裁判官の時から感じていたのですが、裁判官を辞め、実際に刑事事件の弁護人として公判にのぞむと、無実がはっきりしているではないか、と思われる事件でも、平気で有罪認定してくる裁判官に出会うのです。
本人たちはけろっとした顔をして、いいことしたというような気持ちでいるみたいなのですが、それはおかしい。具体的な事件でいろいろな反論をしてみても、全然なしのつぶてで、気持ちが通じない。そんなことで切歯扼腕している毎日なのです。
今回、ウェブ連載というこの機会に、何を書いたらいいかと考えたとき、一番問題である「冤罪」について、そのなかでも、検事をはじめ捜査官が、嘘をついたり、証拠を隠したり捏造したりし、それで無実の人が処罰されてしまった事件――実はこれまで、そのような経験がたくさんあるのです――について、多くの人に知ってもらいたいと思いました。捜査官も、嘘をつくのです。最近行政官が嘘をつくのはもう当たり前みたいになってきましたけれど、捜査官も同じなのですよ。やはり行政官ですから。
実際、重要な証拠物を捏造したり、隠滅したりするということは前々から行われていて、それが発覚すると、そのときは大きな問題となり、報道でも取り上げられるのですが、すぐまた元の木阿弥になってしまう。何事もなかったように、それ以前と同じような悪い実務が復活しているのです。
なぜ裁判官は、捜査官の嘘を見て見ぬ振りをするのか
これだけ前例がたくさんあるのに、どうして裁判官はそれを問題にしないのか。これは、私自身すごく不思議に思っていることなんです。
袴田事件も典型的ですが、捜査官はそのようなことはしない、と決めてかかっているのではないかと思います。捏造が明らかになった事件でも、その事件では「捏造であった」という事実認定で処理するけれども、「そういうことがある」という事実がそのあとの事件での参考にされてこないのです。確かに、「捜査官も嘘をつくことがある。場合によっては証拠も捏造するかもしれない」という前提で事件処理をすると非常に衝撃的な判決になるわけですよ。その衝撃的な渦中に身を置きたくない、注目されたくないという気持ちが、多くの裁判官の中にあるような気がします。そういうことをやると、最高裁からしかられるのではないか、という気持ちもあるかもしれない。いわゆる「忖度」ですね。そんな気がしてしょうがないですね。
私が裁判官になった頃(1963年任官)と比べて、現在の実務はどこまで変わったのかというと、何とも言えないのです。当時も、そういう酷い事件はたくさんありましたが、立派な裁判官もいました。現在は、ごく一部に立派な裁判官がいて、そうでない裁判官があまりにも多いのではないでしょうか。公判前整理手続が入るなど訴訟制度が変わり、法制度も変わりましたが、法改正の意図を逆用するというようなことも平気でやってくる。これではいけないと思っています。
本連載では、できるだけ多くの方の興味をひきそうな事件/論点について、わかりやすく説明をしていきたいと思います。
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木谷 明(きたに・あきら 弁護士)
1937年生まれ。1963年に判事補任官。最高裁判所調査官、浦和地裁部総括判事などを経て、2000年5月に東京高裁部総括判事を最後に退官。2012年より弁護士。
著書に、『刑事裁判の心―事実認定適正化の方策』(新版、法律文化社、2004年)、『事実認定の適正化―続・刑事裁判の心』(法律文化社、2005年)、『刑事裁判のいのち』(法律文化社、2013年)、『「無罪」を見抜く―裁判官・木谷明の生き方』(岩波書店、2013年)など。
週刊モーニングで連載中の「イチケイのカラス」(画/浅見理都 取材協力・法律監修 櫻井光政(桜丘法律事務所)、片田真志(古川・片田総合法律事務所))の裁判長は木谷氏をモデルとしている。