(第1回)日本型違憲審査制の隠し味、ここに発見!(山野目章夫)
【判例時報社提供】
(毎月1回掲載予定)
◎森林分割制限規定違憲訴訟大法廷判決
1 森林法186条本文と憲法29条2項
2 民法258条による共有物の現物分割といわゆる価格賠償の方法
3 数か所に分かれて存する多数の共有不動産についての民法258条による現物分割といわゆる一括分割(最高裁判所昭和62年4月22日大法廷判決)
【判例時報1227号21頁掲載】
法令は、最高法規である憲法に違反してはならないとされ、もし違反する場合において、その法令は無効であるとされる。違反しているかどうか、判断が微妙である場合が多い。その判断は、具体の事件の審理において裁判所が示すものとされ、最終的には最高裁判所が判断の権限を有する。複数の者らが森林を共有する場合において、持分が過半に満たない共有者が、その分割請求をすることができない、と定めていた当時の森林法の規定は、財産権を保障する憲法29条に反し、無効であると判断したものが、ここで取り上げる昭和62年の最高裁判所大法廷の判決である。当時、そのように新聞などで報じられ、今日、憲法の本でも紹介される。
けれども、この判例が民法の講義でも必ず取り上げられるものであることは、あまり注目されていない。興味があるのは、この判例が憲法と民法という2つの場所で講じられていることである。
民法は、共有者が「いつでも」分割を請求して共有関係を終了させることができ、どのように終了させるか、共有者の間で協議が成立しなければ、裁判所が原則として現物分割を命ずることにより終了させる、と定める(256条・258条)。判決は、この共有物分割請求権が憲法上保護に価し、合理的な理由がないのに制限することは、憲法に反するとする。むろん、法律を作った人にも言い分があり、いつでも現物分割を求めることができるならば森林が細分化し、管理上悪い事態が生ずると考えた。
これに対し、判決が採った論理の組み立ては、憲法と共に、民法が登場する。民法がいう現物分割は、なにも現実に物を切り分けることのみを意味するものではない。2人が2つの森林を共有している場合において、1つずつ一方の者の単独の所有とする方法も現物分割として許される。もし2つの森林の価格が2人の者の持分の比に沿わなければ、金銭で調整すればよい。こうすれば細分化の心配は、あまりなくなる。これが民法の解釈として許され、したがって共有物分割請求権を制限することは合理的でない――という判例の論理は、同じ裁判所が民法の解釈を示す権限と、法令の憲法適合性を判断する権限とを同時にもつことにより展開可能である。ここに、日本の違憲審査制の特徴がよく現われている。心に残る、というよりも、いつまでも気に留め、この判例を見つめておきたい、と私が考える理由は、ここにある。この妙味を必ず私は法科大学院の講義において案内するようにしている。「具体的な事件として法廷にあらわれた生活関係に憲法をどう解釈適用することが妥当な解決をもたらすかという場面で、職業裁判官によって憲法の意味が示される」という特徴をもつ日本の制度の「名誉ある実験」(樋口陽一『憲法』〔第三版、2007年〕465頁)に若者を誘うこと、それは法曹養成の一つの勘所である。
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山野目章夫(やまのめ・あきお 早稲田大学教授)
1958年生まれ。亜細亜大学法学部専任講師、中央大学法学部助教授を経て現職。
著書に、『ストーリーに学ぶ 所有者不明土地の論点』(商事法務、2018年)、『詳解 改正民法』(共著、商事法務、2018年)、『新・判例ハンドブック 1 2』(日本評論社、2018年)、『物権法 第5版』(日本評論社、2012年)など。