『絲的ココロエ:「気の持ちよう」では治せない』(著:絲山秋子)

一冊散策| 2019.03.26
新刊を中心に,小社刊行の本を毎月いくつか紹介します.

 

 

1 「気の持ちよう」では治せない

決断は先延ばし

大事なことを初めに記しておきたい。

双極性障害でも、うつ病でも、1番問題となるのは「判断に支障をきたすこと」だと思う。患者本人も周囲の人でも、何か問題を感じたときにはこのことを思い出していただきたい。

医師が「大事なことは治ってから決めてください」と言うのは本当のことで、病気のときに決断したことは健康なときとは違う、その人らしくない選択となりやすい。そして回復してから後悔することが多いのである。

うつ病では「自分がいることが迷惑で、相手に申し訳ない」と考えがちだ。しかしそれは病気のときの典型的な考えで、仕事や人とのつきあい、生きることすらもやめてしまいたいと誰もが思うものだ。元気になってから振り返ると、それはたいてい間違いなのだ。躁状態であれば、自分が絶対に正しいと思い込んだり、相手の意志を無視して理解や賛同を求めることがある。高額な買い物や突飛な行動、性的逸脱なども判断の間違いであることが多い。

逆に考えれば、本人も家族も同僚も、決断を先延ばししていい。そう思うことでかなり楽になる。大変なときほどそう考えにくいのだが、最良の結果を求めるなら、病気のときには何も決めないこと、広範囲に発信しないこと、そして変更可能な状態にしておくことだと思う。

当たり前のことだが、なりたいと思って病気になる人はいない。精神疾患でもほかの病気でも同じことである。だから病気になったのはその人のせいではない。かといって、いい人だから病気になるというわけでもない。気質についての研究はあるけれど、当事者が人柄と病気の因果関係を追究することは間違いだと私は思う。もちろん、精神疾患を理由にして、情緒的にふるまっていい理由もないのである。

病気はもっとケミカルなものだと思う。ケミカルなものだが、薬だけで治すことは難しい。

精神疾患はほかの病気と何が違うのか。病気と障害の違いについて掘り下げていくことは、健康や生活について考えることでもある。老化について思いを巡らせることは、生きることそのものと直結している。

双極性障害だけでなく発達障害のこと、体調管理についてなど、1998年の発病からほとんど再発がなくなった現在までに、私が考えたことや、気をつけていることが人の役に立てばありがたいと思う。また、私もこの原稿を通して自分自身を見直し、少しでも成長したいと願っている。

推薦文(本書帯より)

双極性障害(躁うつ病)に翻弄されず、受け入れて粛々とコントロールする。

この病との理想的なつきあい方を実践する作家の極上の文章は、この病に関わるすべての人への最高の贈り物です。

加藤忠史(理化学研究所脳神経科学研究センター)

目次

1 「気の持ちよう」では治せない

決断は先延ばし/目標は「完治」/減薬と離脱症状/再発の前兆と対処/不要な心配を取り除く

2 アドバイスや共感よりも理解を

発症した頃のこと/些細なことができなくなる、というバロメーター/休職期間の過ごし方/病気の人にどう接するか

3 医師との相性

人間は知りたい生き物/自分の体のことは……/病気をするには体力がいる/医師との相性/診察の活用/産業革命以前

コラム1 リーマス

4 「まつりのあと」と女性性

ラジオと「まつりのあと」/ネガティブをきちんと感じる/自分に対してフェアなのか/「まつりのあと」の特効薬/「女性性の否定」をやめたい/子どもをからかってはいけません/面白ければ許されるのか

5 「生きた心地がしない」こと

イレギュラーな時期/ガスコンロと炭火/パニックだけは避けたい/性別がわかりにくいのは悪いことなのか/夜の豊かさも受けとめる

6 「できない言い訳」と完璧主義

元気がなくなると外出が億劫になる/出かけない言い訳/完璧主義の危険/いろいろな感情を認めてあげる/1つだけやってみる/人と話すこと

7 躁状態と恥の意識

ミイラ取りがミイラに/躁の情報が不足する理由/躁で小説は書けません/似ているからわかりにくい/「こころ」を守る脳
観念と行動の逸脱/誰が、何を知りたいのか

8 過労とうつの間で

好きな仕事が苦痛に/休むための手間/部分的に休むこと/食事と生活/まわりがみんな敵に見えた/相手を許す、自分を許す

コラム2 伸ばすこと踊ること

9 加齢による変化と「その人らしさ」のこと

化粧について/さまざまな不調/別人の味覚/学生との関係/「らしさ」の弊害/「大人になりたい」と思えるか/病気と老化

10 過ぎた方便──定型発達という問題

発達障害について話すこと/文章が読めない/定型発達者の特徴/内と外の区別/発達障害者同士のコミュニケーション/本当に少数派なのか

11 こころがすさむ依存のしくみ──お金について

こころの動きがおかしくなる/依存と一発逆転/自分でこしらえたストーリー/執着の意味/意外な効果

12 こころがすさむ依存のしくみ──タバコについて

依存症と孤独/自立の拡大解釈/禁煙という言葉は使わない/依存の正体/失恋にたとえる/現在の体調とこれから

13 感情労働とクレーム対応

パンダの着ぐるみ/クレーム対応のいろいろ/感情労働とは/「ほかの人に迷惑がかかる」という思い込み/波風を立てたくない人の深層演技/旅の荷物を減らすこと

14 ハラスメントと承認欲求

母への暴言/加害者の内側/マタハラの例/2つの公私混同/わずかな善意、大きな承認欲求/ハラスメントはなくならない

15 愛だとか友情だとか

小説家の不甲斐なさ/「もてない」とは何か/文化の違い/友だちって何だ/期待の大きさ/同性の友だちと異性の友だちの違い/後輩への「お役目」/友だちの家族

16 人にはキャパがある

あれから20年/友人からの相談/人に頼るという課題/きっかけと本質/この時代の難しさ

書誌情報

関連情報など

  • 『絲的ココロエ』発売記念 絲山秋子サイン会@ブックマンズアカデミー高崎店
    • 日時:2019年4月21日(日)13:00~14:00
    • 会場:ブックマンズアカデミー高崎店
    • <ココロが少し楽になる1冊を>新年度が始まり、連休前のこの時期、慣れない新しい環境や社会の変化から、少しこころの疲れを感じる時期ではないでしょうか。高崎市在住の芥川賞作家である絲山秋子さんの新刊『絲的ココロエ』は、すべての人にとって、今より少し気持ちが楽になる、すぐに実践できるヒント が散りばめられた1冊です。フェアもご用意してお待ちしております。
    • すでに絲山秋子さんの作品をお持ちのお客様にも商品をお持ちいただければサイン致します。※サインは1冊までとさせていただいております。
    • お問い合わせはブックマンズアカデミー高崎店(電話 027-370-6166、営業時間 9:00〜24:00)まで。
  • 『夢も見ずに眠った。』&『絲的ココロエ』刊行記念 絲山秋子トーク+サイン会【終了しました】
    • 日時:2019年3月30日(土)14:00~15:30
    • 場所:ブックファースト新宿店地下2階Fゾーンイベントスペース
  • 絲山秋子オフィシャルウェブサイト
  • 絲山秋子twitter