『表現の自由とメディアの現在史――統制される言論とジャーナリズムから遠ざかるメディア』(著:田島泰彦)
はしがき
この本で私が究明し、明らかにしたいのは、この国の表現の自由はこれまでどこまで来ていて、これから先どこに向かおうとしているのか、また表現の自由とジャーナリズムの担い手たるメディアはその任務と役割をどう果たし、今後どこに進もうとしているのか、という大切な問題である。
この点について、本書では、表現の自由とメディアをめぐる現在的展開を、前史的な序論の後、2008年以降の自公政権末期から民主党政権への転換、2009年からの民主党政権下での動向、2012年自公政権の復活と安倍政権の成立から現在まで、特に具体的な事例やイッシューに即して、立ち入って検討し、考察を加えてみたい。本書のベースになっているのは、表現の自由とメディアに関する時事的な論点につき時々に公表された論考なので、事柄をより臨場感ある形でお伝えできるのではないかと希望している。
著者は、憲法、メディア法を専攻し、特に、表現の自由やメディアの規制を中心に研究を進めてきた。その中で今世紀初頭、表現の自由の視点から個人情報保護法などのメディア規制三法を中心に批判的に吟味する『人権か 表現の自由か』(日本評論社、2001年)や、有事法制やイラクへの自衛隊派遣も含む表現・メディア規制をまとめた『この国に言論の自由はあるのか』(岩波書店、2004年)などで、規制と統制が進む表現の自由の危機的事態を指摘してきた。
本書をお読みいただければわかるように、特定秘密保護法や共謀罪法の成立を含め、表現規制や情報統制は、2012年の自公政権の復活と第2次安倍政権の下で急速に進展した。が、その前に展開したメディア規制三法や軍事的情報統制がそれを準備し、その土台を築いたのも確かだ。また、共通番号制や秘密保全法制を民主党政権が用意し、自公政権がこれを受け継ぐことになった点も見逃せない。さらに、こうした表現規制や情報統制の強化のなかで、メディアはそれに毅然と対峙できず、権力を厳しく監視するジャーナリズムの役割を担い切れないことにも留意が求められよう。
この国の表現の自由とメディアの現在を直視すると絶望感にもさいなまれるが、表現の自由や知る権利、権力を監視するジャーナリズムが、市民社会と民主主義に欠かせないのも自明である。こうした自由と権利を取り戻し、メディアを再生するために、本書が一定の提起を果たせれば幸いである。
厳しい出版事情のなか、法学セミナー編集長の柴田英輔氏と(日本評論社・)社長の串崎浩氏に格別の尽力を頂き、感謝申し上げる。
本書のもととなっているのは、『週刊金曜日』をはじめ『時評』も含む諸雑誌等で既に発表された論考が大部分を占めているので、その初出の概要を記しておく。
『週刊金曜日』の論考の大部分は、同誌連載の「メディアウオッチング」欄に掲載されたもので、同欄は当方も含め4名で担当し、ほぼ1か月ごとに当方の論考も執筆、掲載された。その間、2017年の秋の当欄の廃止までの2010年1月から2017年9月まで、月1回、年12回のペースで、計約百本ほどになったものが、本書の中心をなす第2章と第3章を構成している(ただ、数が膨大なため、以下では個々の号数の出典は省くことにした)。
序章 自公政権下化の表現規制とメディア「統制される言論とジャーナリズムから遠ざかるメディア」『法の科学』38号(2007年)
第1章 自公政権から民主党政権へ
第1節 「緊急提言・法の枠組みそのものに問題がある個人情報保護法」『時評』2001年1月号
第2節 「集中連載・ジャーナリズムを読む」『時評』2009年4月号~9月号
第3節 「インタビュー・報道の多様性を奪う、官への取材規制」『時評』2009年12月号
第2章 民主党政権下の表現の自由とメディア『週刊金曜日』連載の「メディアウオッチング」欄寄稿の2010年~2012年分の論考(最初の783号から最後の922号まで)
第3章 安倍政権下の表現の自由とメディア『週刊金曜日』連載の「メディアウオッチング」欄寄稿の2013年~2017年9月分の論考(最初の926号から最後の1153号まで。ただし、2012年中の902号〔7月6日〕も含めてある)。なお、当欄以外の論考を掲載した970号(2013年11月29日)、1005号(臨時増刊号。2014年4月17日)、1048号(2015年7月17日)も加えてある。
第4章 表現の自由とメディアの現在
第1節
1 迷惑防止条例改正『週刊金曜日』1178号(2019年3月30日)人権条例 新稿
2 「表現の自由が向かう先」『世界』2018年6月号の一部
3 新稿
4 「出版の自由の試練と課題」『風と言葉と出版――出版労連結成60周年記念誌』(出版労連、2018年)/「『新潮45』休刊と雑誌ジャーナリズム」「市民社会における雑誌ジャーナリズムの役割」出版労連出版研究室ウエッブサイト、2018年
5 「表現の自由が向かう先」『世界』2018年6月号の一部
第2節 「言論の自由からみた社外言論」『労働法学研究会報』2689号(2019年)
第3節 「公文書の隠ぺい・改ざんを考える」『季論21』43号(2019年)中の「2 政府の取組と公文書管理法の改革」
目次
第1章 自公政権から民主党政権へ 2009年
第1節 <提言>個人情報保護法と情報統制
第2節 表現の自由とジャーナリズムを読む
第3節 <インタビュー>民主党政権におけるメディアの役割――報道の多様性を奪う、官への取材規制
第2章 民主党政権下の表現の自由とメディア 2009年~2012年
第1節 民主党政権におけるメディア政策と規制――原発報道と検察監視も含め
第2節 秘密保全法案と共通番号制
第3節 人権侵害救済法案から人権委員会設置法案へ
第4節 青少年条例改正と児童ポルノ法改正
第5節 報道の自由と規制をめぐって
第3章 安倍政権下の表現の自由とメディア 2012年~2017年
第1節 安倍政権で進む統制と監視――マイナンバー法も含め
第2節 秘密保全法案から特定秘密保護法へ
第3節 市民監視の強化と共謀罪の創設
第4章 情報統制と放送への介入
第5節 憲法改正案と表現の自由
第6節 児童ポルノ法改正とヘイト・スピーチ規制
第7節 報道の自由とジャーナリズムをめぐって
第4章 表現の自由とメディアの現在 2018年~
第1節 表現の自由と規制をめぐる動向
第2節 社外言論
第3節 公文書の隠ぺい・改ざんと改革の課題
書誌情報
- 田島泰彦 著
- 紙の書籍