(第11回)「コーポレート・ガバナンス」再考(野澤大和)
(毎月中旬更新予定)
久保田安彦「わが国におけるコーポレート・ガバナンスをめぐる議論の展開」
法律時報91巻3号(2019年3月号)11頁~17頁より
わが国で、「コーポレート・ガバナンス」という用語が用いられるようになったのは、1990年代のことであるが、その意味は、国や論者の専門分野等により様々である。例えば、東京証券取引所が定めるコーポレートガバナンス・コードの序文には「コーポレート・ガバナンス」の定義がある。この定義によれば、「コーポレート・ガバナンス」とは、「会社が、株主をはじめ顧客・従業員・地域社会等の立場を踏まえた上で、透明・公正かつ迅速・果断な意思決定を行うための仕組み」とされている。しかし、この定義は、「コーポレート・ガバナンス」の特定の側面(いわゆる「攻め」のガバナンス)を説明しているにすぎない。他方で、企業不祥事等の場面ではいわゆる「守り」のガバナンスが議論される。
本稿は、①コーポレート・ガバナンスの目的に関する変化、②株主総会をめぐる議論の変化、③運営管理機構の改革をめぐる変化に焦点を当てて、わが国において「コーポレート・ガバナンス」という用語が用いられるようになった1990年代から現在に至るまでのコーポレート・ガバナンスをめぐる議論の変化や展開がどのような背景事情の下で生じたのかを整理することを目的とする。
まず、本稿は、コーポレート・ガバナンスの目的に関する変化について、従来は、その目的は不祥事の再発防止にあったが、近時は、それとともに、企業の業績向上にあると指摘する。こうした変化は、不祥事防止から企業の業績向上というコーポレート・ガバナンスをめぐる議論の変化の世界的な潮流に沿うものである。また、それと相まって、バブル崩壊後の長期経済不況の中で、従来のような経営のあり方が崩壊せざるを得ないという認識が広まり、企業の業績向上のためのコーポレート・ガバナンスが重視される傾向となったことが背景にある。そして、本稿がより重要であると指摘するのは、このようなコーポレート・ガバナンスの目的に関する変化がもたらした現象である。第一に、証券取引所が上場会社のコーポレート・ガバナンスに関心を抱くようになり、上場規則等のソフトローによってコーポレート・ガバナンスの強化に取り組み始めたことである。第二に、本来、会社法のように専門性が高く、普段は公衆の注目を浴びにくい分野について政治家は関心を持たないが、コーポレート・ガバナンスの強化が企業の業績向上につながるとして、政府もコーポレート・ガバナンスに関心を持つようになったことである。
次に、本稿は、株主総会をめぐる議論の変化について、従来は、総会屋対策等の株主総会という会議体の運営に関するものが中心であったが、近時は、株主総会の決議事項とすべきものは何かといった組織体としての株主総会のあり方が問題にされてきていると指摘する。1990年代の上場会社の株主構成は、主たる投資目的が投資収益の最大化にあるアウトサイダー株主(機関投資家・個人投資家)の比率が少数派であって、主たる投資目的が投資先企業との長期的な取引関係を維持することにあるインサイダー株主(銀行・保険会社・事業法人)が多数であったため、組織体としての株主総会を通じた経営者の規律付けは期待できず、個人株主の出席を念頭に置いた株主総会の場での丁寧な情報開示等の会議体としての株主総会の運営に関する議論が中心であった。しかし、2000年代以降は、上場会社の株主構成が変化し、アウトサイダー株主の比率が多数派となって、インサイダー株主が少数となるとともに、日本版スチュワードシップ・コードの制定に伴って機関投資家の議決権行使の厳格化された影響等により会社提案議案への反対票の割合が増える等、株主総会における株主の意思が経営者に自らの経営政策を再検討させるための圧力として期待できる状況になったと指摘する。このような状況の下で、組織体としての株主総会をより機能させるために株主総会の決議事項を見直すべきという議論や株主の意思をより忠実に反映させるために物理的会合は不要であり、ヴァーチャルオンリー総会等を許容する議論がされるようになっている。
最後に、本稿は、運営管理機構の改革をめぐる変化について、従来は、改革の対象は監査役制度であったが、近時は、取締役会制度に移ってきていると指摘する。1990年代までの運営管理機構に関する商法改正は、企業不祥事を契機として行われた。企業不祥事により公衆の注目が集まったため、政治家には大企業の運営管理機構に対する規制強化のインセンティブが生じたが、取締役会制度の改革には経済界の反対が強く、その妥協の産物として、監査役制度の改革が行われた。しかし、2000年代以降の取締役会制度の改革は、企業不祥事を契機に行われたものではなく、国内外の機関投資家の株式保有比率の上昇という株式保有構造の変化を受けて、上場会社が自主的に進めた取締役会改革が先行していた状況の中で行われた。さらに、社外取締役の義務付けについては、経済界が強く反対していたにもかかわらず、コーポレートガバナンス・コードの策定によって事実上強制されることになった。本稿は、その理由として、コーポレート・ガバナンスの強化が企業の業績向上につながるという考え方の下、政府による具体的方策としてコーポレートガバナンス・コードが策定されたことや、1990年代までの一連の改正によって監査役制度は相当程度強化され、改正の余地がなかった上に、企業の業績向上の観点からは権限が妥当性監査に及ばないとされる監査役制度を改正の対象とすることは難しかったという事情を挙げる。
本稿が実証研究等を踏まえて詳細に論じているように、「コーポレート・ガバナンス」という用語は、その時々の社会経済情勢や上場会社の株式保有構造の変化等によってその意味付けが異なり得る。「攻め」や「守り」等「コーポレート・ガバナンス」を抽象的に論じることにあまり意味はない。本稿は、「コーポレート・ガバナンス」が議論されている背景事情やそれが企業法制に与える具体的な影響に目を向けることの重要性を説く示唆に富む論考である。
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野澤大和(のざわ・やまと)
2004年東京大学法学部卒業。06年東京大学法科大学院修了。07年弁護士登録。08年西村あさひ法律事務所入所。14年ノースウェスタン大学ロースクール卒業(LL.M.)。15年ニューヨーク州弁護士登録・シカゴのシドリーオースティン法律事務所で研修。15年~17年法務省民事局に出向(会社法担当)。19年西村あさひ法律事務所パートナー。主な書籍・論文として、『M&A法大全〔上〕〔下〕』(共著、商事法務、2019年)、「武田薬品によるシャイアー買収の解説〔I〕~〔VI〕」旬刊商事法務2199号~2204号(共著、2019年)、「取締役会の監督機能を補完する任意の委員会の委員としての活動と会社法上の報酬規制」旬刊商事法務2200号(2019年)、「開示例・設例でわかる役員報酬の改正府令対応 ③報酬の決定方針・報酬の額」企業会計70巻7号(2019年)ほか多数。