(第11回)被告人の証言―反対尋問
渋谷重蔵は冤罪か?―19世紀、アメリカで電気椅子にかけられた日本人(村井敏邦)| 2019.07.30
日本開国から24年、明治の華やかな文明開化の裏側で、電気椅子の露と消えた男がいた。それはどんな事件だったのか。「ジュージロ」の法廷での主張は。当時の日本政府の対応は。ニューヨーク州公文書館に残る裁判資料を読み解きながら、かの地で電気椅子で処刑された日本人「渋谷重蔵」の事件と裁判がいま明らかになる。
(毎月下旬更新予定)
審理は、弁護人による被告人に対する主尋問が終了し、検察官による反対尋問が開始された。
反対尋問では、被害者の村上と宿の主人を入れて、6、7人くらいがサイコロ賭博をしていたこと、被告人が覚えているのは、上の2人のほか、「航海学校所属の船に乗っていた人が2人と、ニューヨークに住んでいた人ともう1人は知っているが、名前は思い出せない。この4人はそこにいました。」ということである。
検察官は、「ニューヨークに住んでいた男の名前と住んでいるところを知らないか」と問うたのに対して、被告人は、「彼が住んでいた家は覚えていないが、私がいた寄宿舎の近くです」と答えた。
事件の夜に起きたことについては、「大変に酔っていたので、喧嘩についてはあまり分からない」が、村上によって殴られて、倒れた時のことは覚えている。また、「喧嘩をしたくないと村上に言ったことは覚えているか」という問いに対しても、「はい。一度立ち上がった後、彼に殴られたときにそう言いました」と答えた。