(第15回)法律実務家がテクノロジーを学ぶこと(有吉尚哉)
(毎月中旬更新予定)
松尾豊「人工知能開発の最前線」
法律時報91巻4号(2019年4月号)7頁~12頁より
ビッグデータの処理技術の発達や深層学習(ディープラーニング)に代表される機械学習の進化などを背景にAI(人工知能)技術が進展し、様々な分野での実用化が進んでいる。金融分野でもAIをビジネスに取り入れる動きが広がっており、融資判断や保険金の支払査定をAIに行わせたり、投資運用にAIによる情報分析を利用したり、営業担当者による不正取引の検知にAIを利用したり、業務の効率化のためにRPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)を導入したりするなど、様々な形でAIを活用するようになっている。
取引実務においてAIの利用が進む中で、法制度は必ずしも実務に追いついていない面がある。既存の法制度は、基本的に人間が判断を行うことを前提として設計されており、人間の意思や行動によらずに機械がサービスを提供する場面を想定していない。また、近時、AIの解釈性(Interpretability)に関する研究も進んでいるものの、AIの判断過程は「ブラックボックス化」されており、AIが導き出した判断について、その判断理由を確認することが困難であるという特性がある。このような状況から、たとえば、AIが何らかの不公正な行為を学習してしまい、人間の意図によらずそのような行為を実施してしまった場合の罰則や規制の適用関係が不明確になったり、AIの判断や行為により関係者に損害が発生した場合の権利関係が不明確になったりといったような法解釈上の問題が生じる。また、法解釈上の不明確さを解消し、AIを利用した取引の法的安定性を高める観点や、既存の法制度では利用者保護が十分とはいえない場面を是正する観点から、立法論的な検討も必要になってきている。
自動車の構造をすべて知らなかったとしても運転することは可能であるのと同じように、AIに関する技術的な事項を知らなくてもAIを利用することは可能である。もっとも、法律実務家がAIを用いた取引に関する法律問題を解釈論として、あるいは立法論として検討するに当たっては、AIによって何が行われているのか、人間の意思がどこまで関与し、機械は何を判断するのかといったAIの基本的なコンセプトや、AIが不適切なアウトプットを出したり、AIに何らかの「欠陥」が生じることによって利用者に不利益が生じる一般的なリスクの所在について、理解しておくことが求められる。また、AI技術に関して何が課題となっており、どのような方向に向けて研究が進んでいるのか、といった点も、AIに関する法制度のあり方を考えていくためには重要な視点となろう。
前置きが長くなってしまったが、本稿は日本におけるAI研究や深層学習研究の第一人者である東京大学大学院工学系研究科の松尾豊教授(本稿の執筆時点では特任准教授)が、深層学習技術の基本的な原理や最新の動向を、文系の者にも分かるような記述で解説するものである。
本稿は、まず深層学習のポイントをつかむために、①機械学習で行われていることはデータからモデルのパラメータを見つけることである点、②深層学習はモデルが「深い」という点の2点を理解することが必要である旨を述べる。深層学習の一番重要な鍵とされるモデルが「深い」ということの意味は、専門的な学習をしたことのない者にとって感覚的につかみにくいものと思われるが、本稿では比較的平易な関数を示して説明をすることで、深層学習を理解するために最小限必要となる知識を提示している。
その上で、本稿は、深層学習の手法・理論として、畳み込みニューラルネットワーク(CNN)、再帰型ニューラルネットワーク(RNN)、深層強化学習、深層生成モデルの4つの類型を説明する。一般には機械学習の類型の中の深層学習として一括りに論じられることも多いように思われるが、具体的な事案における法律関係の検討や、AIに対する新たな法制度の設計を検討する場合には、深層学習からさらに分類される具体的な手法・理論の内容を踏まえて考えることが必要となろう。その前提として、そのような検討を行う場面に遭遇する可能性のある法律実務家には、それぞれの手法・理論の具体的な内容を理解することまでは必要とならないとしても、深層学習の中にも複数の異なる手法・理論が含まれているということは認識しておくことが求められる。
本稿は今後の深層学習の進展を述べることで結ばれている。そこでは、「世界モデル」(あるいは「内部モデル」)と呼ばれる3次元的な形状や空間を認識する深層学習の研究が急速に進められていることが紹介されている。そして、この研究が進むことにより、人間の言語認知の仕組みの解明につながり、ひいては意味理解をするAI技術が実現でき、言語処理に飛躍的な進展が見られる可能性があるという松尾教授の見解が述べられている。
新たなテクノロジーに関する法解釈・立法を行うには、法制度とテクノロジーの両方についてコンセプトを理解することが必要となる。本稿は、AI技術、特に深層学習の基礎的な原理と最新の方向性を簡潔に論じるものであり、AIを利用したサービスに関する法務に携わる者にとって有用な文献である。
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2001年東京大学法学部卒業。02年西村総合法律事務所入所。10年~11年金融庁総務企画局企業開示課専門官。現在、西村あさひ法律事務所パートナー弁護士。金融法委員会委員、日本証券業協会「JSDAキャピタルマーケットフォーラム」専門委員、武蔵野大学大学院法学研究科特任教授、京都大学法科大学院非常勤講師。主な業務分野は、金融取引、信託取引、金融関連規制等。主な著書として『金融資本市場のフロンティア』(中央経済社、19年、共著)、『金融とITの政策学』(金融財政事情研究会、18年、共著)、『ファイナンス法大全〔全訂版〕(上)・(下)』(商事法務、17年、共編著)、『ここが変わった!民法改正の要点がわかる本』(翔泳社、17年)、『FinTechビジネスと法25講』(商事法務、16年、共編著)等。論稿多数。