(第3回)全数調査と抽出調査—厚生労働省「毎月勤労統計問題」報道の問題点を例に
現実を「統計的に理解する」ための初歩の初歩(麻生一枝)| 2020.01.17
私達が生きる現実社会の多くの問題の理解には,種々の数値の測定や観察とそれを「統計的に処理する」作業が欠かせません.毎日のニュースでもありとあらゆる機会に「数値」が出てきますが,その意味をきちんと考えたり信憑性を疑うことは、必ずしもなされていないようです.この連載では,誰でも知っておいてほしい統計についての基本的な考え方や, 統計にまつわる誤解や陥りやすい罠を紹介していきたいと思います.(全12回の予定)
(毎月中旬更新予定)
マスコミ報道のピークはかれこれ1年前。旬をとうに過ぎていて恐縮だが、厚生労働省「毎月勤労統計問題」に関する新聞記事の抜粋を2つほど読んでいただくことから始めよう。
朝日新聞 2019年1月9日
同統計では従業員500人以上の事業所はすべて調べるルールだが、厚労省は東京都分について本来の対象の3分の1ほどの事業所だけ抽出して調べていた。関係者によると、こうした不適切な調査は04年から行われていた。
讀賣新聞 2019年1月18日
毎月勤労統計は、従業員500人以上の事業所は全て調査の対象だが、厚労省は2004年以降、東京都では約3分の1を抽出した不適切な手法で行っていた。
麻生一枝 長浜バイオ大学准教授.お茶の水女子大学理学部数学科卒業,オレゴン州立大学動物学科卒業,プエルトリコ大学海洋学科修士,ハワイ大学動物学Ph.D. 専門は動物行動生態学.「統計や実験デザインの理解は健全な科学研究に必須である」という信念のもと,これらの教育の普及に熱意を持って取り組む.著訳書に『科学でわかる男と女になるしくみ』 (SBクリエイティブ),『実データで学ぶ,使うための統計入門 ---データの取りかたと見かた』(共訳,日本評論社), 『生命科学の実験デザイン』(共訳,名古屋大学出版会)など.