(第23回)“伝家の宝刀”の切れ味:法人税の負担を「不当に」減少させる結果とは?(伊藤剛志)
(毎月中旬更新予定)
吉村政穂「最近の裁判例に見る租税回避否認規定の課題」
租税研究846号169頁(日本租税研究協会、2020年)より
国家は公共サービスの資金を調達するために国民に租税を課するが、その賦課・徴収は法律の根拠に基づいて行わなければならない。近代国家における租税法律主義の原則である。もっとも、租税法令の定める課税要件は、各種の経済取引や経済活動を定型化したものであるところ、私的自治の原則が支配する私法の世界では、納税者は強行法規に反しない限り、自由に法律関係を形成することができる。ここに節税や租税回避の余地が生じる。即ち、納税者は私法上の法律関係の形成可能性を利用して、課税要件の充足を避け、租税減免規定の要件を充足させることにより、結果として税負担の軽減や免除を受けることができる。現代社会においては、租税はあらゆる経済取引・経済活動に関係するものであり、経済取引・経済活動により生じる租税を考慮することなしには、重要な意思決定をなしえないといっても過言ではない。納税者にとっては、租税は経済取引・経済活動により生じるコストでもあるから、合理的な経済人にとって、経済取引・経済活動に伴い生じる租税を最小化しようとすることは当然であり、一定のタックス・プランニングは実施されて然るべきものである。
しかし、租税負担を軽減・回避するために過度に不自然・技巧的な法律関係を意図的に作出し、租税負担を回避することを認めるべきではない。租税法規は、かかる租税回避へ対処するために、さまざまな個別的否認規定(例えば、土地に係る一定の賃貸借を譲渡と同様に扱う規定(所得税法33条括弧書き)など)を設けるほか、同族会社や組織再編成などについて包括否認規定を設けている。
わが国の包括否認規定は、同族会社の行為・計算や法人の組織再編成に係る行為・計算について、所得税・法人税等の負担を不当に減少させる結果となると認められるときは、課税当局がこれを否認して更正・決定を行うことができると規定している。ところが、どのような行為・計算が所得税・法人税等を「不当に」減少させるものと判断されるのか、当該規定の文言からは何も読み取れない。包括否認規定は、民法で言えば、権利濫用(民法1条)や公序良俗違反(民法90条)のようなものであり、課税当局にとっては、租税回避に対処する最後の砦となる規定であるが、当該規定に依拠して納税者の行為を否認するハードルは高く、それ故、抜かれることのない「伝家の宝刀」などと揶揄されていた。
しかしながら、近年、「伝家の宝刀」による課税処分を受けた納税者が裁判所で課税処分の違法性を争う事例が生じている。ヤフー事件(最判平成28年2月29日民集70巻2号242頁)、IDCF事件(最判平成28年2月29日民集70巻2号470頁)、IBM事件(最決平成28年2月18日)、TPR事件(東京高判令和元年12月11日・未確定)、ユニバーサルミュージック事件(東京高判令和2年6月24日・未確定)などであり、いずれも、租税実務家・租税法学者の注目を集めている。
吉村政穂・一橋大学大学院法学研究科教授の標記の論稿は、ヤフー事件最高裁判決の持つ意味を改めて検討し、その後に包括否認規定の適用が争われているTPR事件及びユニバーサルミュージック事件の裁判例から見える課題等を指摘・検討している。吉村教授は、International Fiscal Association(国際租税協会)の2018年度年次総会(ソウル大会)にて取り上げられた一般的包括否認規定(General Anti-Avoidance Rule、 GAAR)に係る国際研究において、日本のブランチレポートを執筆されるなど、この分野の研究にも力を注がれている。
吉村教授は、さまざまな国の一般的租税回避否認規定について、「対象となる税務スキーム」、「租税便益」、「納税者の目的・意図」の3つの要素に整理することができるとする外国の研究者の指摘を紹介し、ヤフー事件最高裁判決も、納税者の租税便益があることを前提に、対象となる取引をどう定義するか、租税便益との繋がりを基礎づける納税者の主観的要素をどう設定するか、という観点から判断枠組みを整理しており、国際的な議論との接合可能性や拡張性を有すると評価している。
また、吉村教授は、ヤフー事件最高裁判決にて、当該法人の行為又は計算が不自然なものであるかどうかという客観テスト、税負担の減少以外にそのような行為又は計算を行うことの合理的な理由があるかという主観テストが示されていると整理している。そして、前者について、不自然性に係る判断を通じて、法の規定が想定するあるいは許与する範囲を裁判所が確定することを宣言するものと分析し、かかる作用は裁判官が個別法の趣旨・目的を探求することとなり、包括否認規定の対象範囲が野放図に広がることを防ぐとともに、裁判所が立法の採用した判断を覆す危険性も回避できると積極的に評価している。しかしながら、租税法分野は非常に法改正が多い分野であり、個別法の趣旨・目的の探求が非常に難しい作業であること、特にTPR事件との関係において、組織再編税制が創設された平成13年度改正における「移転資産に対する支配の継続」という説明も、その後の税制改正等において変遷がみられることを指摘し、立法時から時間が経ってくると、その時点の制定法や実際の条文構造から、どのように立法者意思を読み取るかという思考を強調していかなければならないのではないかと鋭く問題提起し、個別法制定時の資料のみに依拠する趣旨・目的解釈の問題・危険性を述べている。
一方、後者の主観テストについては、前者のテストにより不自然性が認められた場合に、その不自然さを正当化するだけの事業目的その他の事由があるか、という判断枠組みであり、吉村教授は、比較法的な分析や主観テスト不要論を考えると、当該テストを必ずしも主観テストとラベリングする必要はないかもしれないと分析しつつ、行為・計算の不自然性について個別法の趣旨・目的から許容されるか否かが判断されるのであれば、それ以上のテストは不要ではないか、納税者の主観的な要素によって否認の是非が左右される実益があるか、といった指摘もあることを踏まえ、日本の今後の議論の展開において、主観テストは不要ではないか、主観テストではなく客観テストとして構成すれば十分ではないか、といった主張に目配りすることも重要であるとしている。
吉村教授の本論稿は包括否認規定による否認の可能性が争点となりうる取引の検討において、有益な示唆を提供するものと思われる。
本論考を読むには
・日本租税研究協会
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1999年東京大学法学部第一類卒業。2000年西村総合法律事務所(現:西村あさひ法律事務所)入所。2007年ニューヨーク大学ロースクール卒業(LL.M.)。2016年より東京大学大学院法学政治学研究科・客員准教授。主な業務分野は、税務、資産運用・金融取引。主な著書として、『BEPSとグローバル経済活動』(共編著、有斐閣、2017年)、『ファイナンス法大全(上)・(下)〔全訂版〕』(共著、商事法務、2017年)等。