(第24回)プラットフォーム時代の「多元的競争」に向き合う法(沼田知之)

弁護士が推す! 実務に役立つ研究論文| 2020.08.28
企業法務、ファイナンス、事業再生、知的財産、危機管理、税務、通商、労働、IT……。さまざまな分野の最前線で活躍する気鋭の弁護士たちが贈る、法律実務家のための研究論文紹介。西村あさひ法律事務所の7名の弁護士が交代で担当します。

(毎月中旬更新予定)

石岡克俊「『競争』の観念とその立憲的価値-競争法の視点から」

法律時報92巻9号(2020年8月号)24~29頁より

独禁法2条4項は、複数の事業者が同一の需要者に同種又は類似の商品・役務を供給しようとすること、及び、複数の需要者が同一の事業者から同種又は類似の商品・役務の供給を受けようとすることを「競争」と定義している1)。ここでは、「同種又は類似の商品・役務」が前提とされており、典型的には価格・品質・数量等において他事業者を上回ることで、需要者に選択してもらおうとすることが「競争」の姿としてイメージされてきたといえる。

しかし、GAFAに代表されるようなデジタル・プラットフォームが社会的基盤としての存在感を増す中で、市場競争のあり方は多元的になってきている2)。例えば、価格・品質・数量等で競い合うことで自らの商品役務の選択を促すという従来からの「市場内競争(competition in the market)」に加えて、プラットフォームとしての地位確立に向けた「市場創設競争(competition for the market)」の重要性が指摘されている。また、例えば、SNS、ゲーム、ビデオ配信といったサービスは、従来必ずしも「同種又は類似の役務」とは捉えられて来なかったと思われるが、ユーザーの注目(attention)を如何にして引きつけ、余暇の時間を割いてもらうかという観点からは、コンテンツの種類を超えた競争関係が重視されるようになっており、事業者の行動としても、これまでとは異なる多元的競争を前提とした競争戦略が見られるとの指摘がなされている。本稿は、法哲学や経済学の過去の業績を参照しながら「競争」の意義とその価値について論じるものであり、上記のような多元的競争を法がどのように扱うべきであるか検討する上でも示唆を与えるものと思われる。

本稿は、福沢諭吉が英語の “competition”に「競争」との訳語を与えた際のエピソードを紹介した上で、古くアダム・スミスの著書にも見られるように、「競争」には “competition”と “emulation”という2つの異なるモデルがあることを指摘する3)。emulationとしての競争は「達成型競争」であり、各競争主体はすでに与えられた単一の目標に向かって、ライバルを模倣することにより生産性や技術水準、経営手法、人材構成などを質的に変化・向上させ競争優位を築こうとする。これに対し、competitionとしての競争においては、各主体にとっての目標はあらかじめ想定されておらず、多様な目標や範型をめぐって相互に啓発し合う「探求型競争」とでもいうべきものであるとされる。そして、いわゆる過当競争はemulationが肥大化しcompetitionが衰弱する場合には、競争者間における差異化と模倣が際限なく繰り返され、「フェアプレイの侵犯」や「過剰な労働によって健康を害させる」といった危険性があるという。

経済学の歴史的進展に照らすと、competitionはどちらかと言えば伝統的な完全競争論の含意に近く、emulationは現代的な競争論にほぼ重なるとされる4)。しかし、本稿は、競争の規範的枠組みを「達成型競争」(emulation)に収斂させることなく、多様な価値を取り込むcompetitionの積極的意義に着目すべきであると指摘する。このように、冒頭で述べた、プラットフォームとしての地位確立に向けた市場創設競争(competition in the market)を重視すべき、あるいは多元的競争に着目すべきといった近時の議論とも親和的なものと考えられる。

問題は、このような多元的競争を十分に発揮させることに、競争法がどのようにかかわっていくべきかという点である。本稿は、この点について論じる前提として、競争の価値についての3つの考え方を紹介する。競争により市場における資源配分の効率性確保や需給の持続的調整が達成されるとする功利主義的な立場、競争が持つ秩序形成機能にその価値を見出す秩序指向的な立場、個々の経済主体が自由に競争機能を発揮することを重視する権利還元的な立場である。そして、日本の独禁法の目的規定においては「公正且つ自由な競争の促進」が「一般消費者の利益の確保」「国民経済の民主的で健全な発達の促進」という究極的目的達成のための手段として位置付けられているものの、公正・自由な競争の促進は単なる便宜的・道具主義的に捉えられるべきではなく、市場における競争秩序が個々の経済主体の自由に根ざし、これと不可分に結びついていることを想起すべきと指摘する。

本稿において明示的には論じられていないが、以上のような議論を敷衍すれば、独禁法には、個々の経済主体が自由に、competition(探求型競争)を含む多元的な競争機能を発揮することを保護・促進する役割が求められ、独禁法にいう「競争」にはこのような多元的な競争が含まれるということになりそうである。独禁法がそのような多元的競争を保護すべきとして、2条4項の「同種の又は類似の商品又は役務」といった文言との関係をどう解すべきか、competition for the marketを阻害するような行為をどのような違反行為と位置付けるべきか等の課題については、今後の議論の進展が待たれるところである。

本論考を読むには
雑誌購入ページへ
TKCローライブラリーへ(PDFを提供しています。次号刊行後掲載)


◇この記事に関するご意見・ご感想をぜひ、web-nippyo-contact■nippyo.co.jp(■を@に変更してください)までお寄せください。


この連載をすべて見る

脚注   [ + ]

1. 学説等においては、2条4項を補足する形で、二以上の事業者が相互に他を排して取引の機会を得ようと努力することが「競争」であるといった説明がなされることもある。
2. 本稿を含む法律時報の特集における座談会(岡田羊祐・伊永大輔・吉川智志・山本龍彦「[座談会]憲法と競争」法律時報1154号4頁)においても、岡田教授がこの点を指摘されている。
3. 2つの競争モデルについて紹介する文献として、本稿も引用する井上達夫=名和田是彦=桂木隆夫『共生への冒険』(毎日新聞社、1992年)103頁の他、林秀弥「『競争』の概念について―東アジアの競争文化に寄せて」(新世代法政策学研究 Vol.17(2012)355頁)、井上義朗『二つの「競争」-競争観をめぐる現代経済思想』(講談社、1992年)等。
4. 前掲井上(2012)。本稿も、competitionと伝統的な完全競争論の近似性や、完全競争論の延長線上にあるヴァルター・オイケンの競争秩序論との連関について論じている。

沼田知之(ぬまた・ともゆき)
東京大学法学部、同法科大学院修了後、2008年より西村あさひ法律事務所。主な業務分野は、危機管理、独禁法。海外公務員贈賄、国際カルテル、製造業の品質問題等への対応のほか、贈収賄防止、競争法遵守、AIを活用したモニタリング等、コンプライアンスの仕組み作りに関する助言を行っている。主な著書・論稿として『危機管理法大全』(共著、商事法務、2016年)、「金融商品取引法の課徴金制度における偽陽性と上位規範の活用による解決」(旬刊商事法務1992号(2013年3月5日号))等。