『子育てのノロイをほぐしましょう:発達障害の子どもに学ぶ』刊行記念 著者インタビュー

きになる本から| 2021.02.18
『子育てのノロイをほぐしましょう:発達障害の子どもに学ぶ』の刊行を記念して、著者の赤木和重さんに、本書にこめた思い、執筆の裏側、現代の子育てについて感じることなどを、インタビュー形式で語っていただきました。

“ええ感じ”にノロイをほどく


――今日はよろしくお願いします。はじめに、先生の簡単な自己紹介をお願いできますか。

赤木)神戸大学で教員をしている赤木和重と申します。専門は発達心理学で、とくに自閉スペクトラム症の子どもたちの発達研究をしております。

――先生のモットーは「発達研究に驚愕と共感を!」だそうですね。これには、どんな意味がこめられているのでしょうか。

赤木)はい、私が研究で大事にしていることの一つ目は「驚愕」です。言い換えれば、聞いた人が「おお、そうきたか~」となるような目のつけどころや、切り口の鮮やかさ。たとえば私が大学院時代に研究したテーマは、1歳児の発達研究なんですけど、「1歳児を教える」ではなく、「1歳児が教える」行為についてでした。小さい子どもでも人に教えることができるんだ! というふうに、そもそもの発想を意外なものにすることを大事にしています。ただ、「驚愕」にこだわるだけだと単なるウケ狙いになりかねないので、同時に「共感」、言い換えれば、聞いた人が「そうだよね」と思ってくれることも目指しています。1歳児が他の子どもに何かを教えるというのも、びっくりされる人もいるでしょうけど、保育者さんは「わかるわかる、そういうことありますよね」と言ってくれます。たとえば保育園でのお昼寝の時間に、1歳の子が隣の子を寝かしつけようとしていることがあったりします。そんなふうに、驚きとともに共感できるということが、見方を広げたり自由にしたり、子どもに寄り添ったりすることにつながるのかなと思っています。

――聞いた人がびっくりするという「驚愕」が、「共感」にもつながっていくのですね。
さて、『子育てのノロイをほぐしましょう:発達障害の子どもに学ぶ』が先日刊行されました。「子育てはこうあらねばならない」というさまざまなノロイをとりあげて、それをやわらかくほぐしていくための工夫や提案が綴られていますが、そもそも「ノロイ」というテーマは、どんなところから思いつかれたのでしょうか。

赤木)連載を引き受けるかどうか迷っている段階で、いろんな子育て本を買ってみたんですね。でもなかなか、読みすすめられなかったんです。「最新科学で絶対正しいと断言!」とか、そういう本をたくさん買ったのですが、正直、あまり面白いと感じることができなくて。むしろ、読んでてしんどくなるんです。「親として自分はできてないなー」とか、「これが正解なん!? 自分、あかんやん」となってしまいます。そんなことを考えたときに、僕たち親は「こうあるべき」っていう社会の規範とか基準に縛られてるんじゃないか、それを一言でいうと「ノロイ」っていうワードになるんじゃないかと思ったんです。それと、本にも書きましたけど、上西充子さんが『呪いの言葉の解きかた』1)という本で社会問題について「呪い」という言葉で論じておられるのを読んで、参考にしました。

――ちなみに、「ノロイ」が漢字じゃなくて片仮名なのはどうしてですか?

赤木)それはまあいろいろ、編集者の方のアドバイスもありまして(笑)。マジな呪いでもないので、少しでもやわらかくしないと読み手はしんどくなるやろなと思いますし。でもやっぱり呪いは呪いなので、そのあたりの間をとって片仮名ということになりました。本書に通底するユーモアともひっかけて、という感じです。

――なるほど。「ノロイ」というと普通は悪いもの、ないほうがいいものと考えると思いますが、本書のタイトルはそれを「ほぐしましょう」です。そこにこめた思いを教えていただけますか。

赤木)たしかにノロイってなくしたほうがいいのかなと思うところもあるんですけど、ノロイも自分自身の歴史のなかでできてきたもので、自分の一部だと思うんですよね。コンプレックスとも似てるんですけど。だから、それを一概になくせばいいということではなくて、少しやわらかく、ほどいていくなかで、いいものに変わっていけばいいかなと。たとえば、「できるのがよい」のノロイ、というのを1章でとりあげています。僕らはつい「できたほうがいい」と思ってしまうし、それがノロイになったりもしますが、「できたほういいときもあるよね」という感覚も大事だし。だから、今まで自分のもっていた価値観をノロイにならないようにやわらかくしつつ、同時に大事にしていくことができればという思いで、「ほぐす」とつけました。

――ええ感じにやわらかくしていきましょう、みたいな。

赤木)そういうことです。「ノロイをなくそう」と思いすぎると、また次のさらなるノロイがやってきそうなので、「ええ感じにする」くらいでいいと思います。心理学でいうと、ドナルド・ウィニコットのGood enough motherですかね。ほどよく十分。「よい親になろう」っていうとしんどいし、「駄目な親でいい」というわけでもないかもしれない。まあまあ、ええ感じでいきましょう、ということです。

――「よい親として、子どもをちゃんと育てよう、何かをできるようにさせよう」と思いすぎずに、“ええ感じ”を目指しましょう、という提案ですね。星野源さんのお母さんが登場するエピソードがありますが(5 祈ること、“にもかかわらず”笑うこと)、ああいったイメージでしょうか。

赤木)そうですね。この話は、連載の締切が12月の下旬だったんですけど、そこをかなり過ぎて、でも何を書けばいいかなーと悩んでいたときに、紅白歌合戦で星野源さんが歌っているのを見て思いついたんです。お母さんのことが本に書かれているのを読んだことがあって。親が子どもを信じて、美味しいご飯をつくって、一緒に楽しく遊んで、どこかに出かけて、そういうこと自体が実は子育ての中核で、あたりまえすぎるけどとっても大事なことです。それを抜きに、「こうしたら英語がしゃべれる」とか、「こうしたら友だちが100人できる」という方向に進むと、親も子もしんどくなるんじゃないかなと思います。

発達研究が教えてくれること

――さて、この本のサブタイトルは「発達障害の子どもに学ぶ」です。赤木先生はどうして発達心理学、そのなかでも障害のある子どもの支援や研究というテーマに進まれたのでしょうか。

赤木)きっかけとしては、大学1年生のときに、障害のある子、具体的には知的障害と自閉症をあわせもった子どもたちと遊ぶサークルに入ったんです。そこで、なんて言ったらいいんですかね……表現が適切かどうかわかりませんけども、すごく引き込まれたんです。自閉症の子どもたちって、コミュニケーションがとれないとか、社会性に障害があるってよくいわれます。たしかに、うまくコミュニケーションがとれないなと思うこともあるんですが、一方で、すごく深くとれるなと思うときもあって。つながる窓は狭いんですけど、お互いその窓にうまく入れたときは、「あ、ほんとはこんなこと思ってたんや!」とか、「大声を出してパニックになってるけど、本当は謝りたかったのか」、みたいなことがとてもよくわかるんです。

――先生が以前書かれた『目からウロコ!驚愕と共感の自閉症スペクトラム入門』2)では、机の上に登ってしまう子どものエピソードが紹介されていました。今のお話は、教育や子育ての場面で、「問題行動」といわれてしまう子どもの行動の背後にある本当の願いを見ようとすることにもつながってきますね。

赤木)本当にそうなんです。机の上に登って「あかん!」って言われる、でも、その裏にあるのは憧れの気持ちで、友だちに憧れて登ってしまう。そこをちゃんと見たいなと思うんです。それはまさに大学時代のエピソードで、そういうことを子どもたちに学びながら今に至るという感じです。

――その本では、子どもをほめることに関する話も印象的でした。

赤木)「ほめれば自尊感情が高まる」とかよく言われますし、実際そういう側面はあると思うんですけど、それってけっこう危うくて、自尊感情を高めるためにほめているうちに、ほめることが手段になってしまう。ほめるときの原点は何かというと、たとえば子どもが歩き出したら「おー! 歩いたー!」と喜んで、みんなで「イエーイ!」ってなってる感じで、そこに自尊感情とかは別に関係ないんですよね。そういうのが子育ての原点に近いのかなと思っています。

ユーモアのちから

――ノウハウを求めすぎるのはよくないとわかりつつ、子育てのなかで困っていることがあって、「実際にどうしたらいいか知りたい!」という親御さんも多いと思うんです。たとえばうちの1歳の子どもは最近、食事のときに、ご飯の入っているお皿を片っ端から放り投げるので少し困っているのですが、そんなとき、親としてどんなふうに行動するのがよいでしょうか。

赤木)そうですね。ベースに何か発達的な特性がないかどうかをおさえる視点が必要だと思いますし、子どもがお皿を投げる理由をさぐって、その気持ちに共感していくことが基本だと思います。そのうえで、一般論としていえば、大人になってご飯を投げまくる人はあまりいないわけですよね。だから、時間軸を長くして、いつかはおさまると考えればいいですよ、というのが一つ。もう一つは、ちょっと矛盾するようなんですけど、そこに楽しさを見出してみたらどうですかね。たとえば、「おお、今日はホームラン級やな!」とか、「今日はちょっとキレが悪いなー」みたいに(笑)。そんなことを言うだけで、ええ感じになります。といってもそれでおさまることはたぶんないので、最後は「もうやめときや」って注意していいと思うんです。でも、同じことでも一回楽しくなってから言うと、子どもも聞く耳ができて、違うと思います。なにより“ええ感じ”になります。

――ここでもユーモアが大事になってくるわけですね。

赤木)そうですね。なぜユーモアにここまでこだわるのか、自分でも不思議なんですけど。
ちょっと子育ての話と離れますけど、今って分断がすごく深くなってる気がするんですね。教育面でも、政治的にも。もちろん意見を闘わせることは大事なんですが、すごくこじれてしまっているときは、言葉を尽くせば分断がなくなるというふうには、僕自身あまり思えないところがあるんです。理性だけでは難しくて、そこには何か飛び越えるしかけが必要だと思っています。そういう意味では、お互いの価値観をやわらかくしていくための一つの補助線として、ユーモアを大事にしているのかなと思います。

――たしかに、分断や対立を論理で埋めるのは難しい場合がありますね。先生はユーモアを用いた創作活動にも取り組まれていますよね。

赤木)はい、プロの放送作家さんと一緒に、障害のある人、赤ちゃん、大学生、そして私も含め、いろんな人たちと一緒に新喜劇をつくるという活動をしています。「間違いこそが面白い」という発想がミソで、アドリブをどんどん入れながら、みんなで劇をつくっていく。ふつうはセリフをとちったりしたら直されるわけですけど、この活動では、セリフをとちったのを受けて、他の人が右往左往するのが面白い。それがまた次の展開につながっていくんです。「間違ってもいい」ってことを言葉だけで言ってもあまり説得力がないんですが、実際にパフォーマンスを見ると、「あ、間違えてもええんや」ということがユーモアを通して感じられると思います。くわしくは『ユーモア的即興から生まれる表現の創発』3)をお読みください(笑)。

コロナ禍と子育て

――最後に、コロナ禍での子育てについてお聞きします。落ち着くまではまだ時間がかかると思いますが、私たちはどんなことに気をつけて子どもにかかわるのがよいでしょうか。

赤木)連載を書いている最中もすごく迷ったんですが、人によって状況がさまざまだと思うんですね。私自身は大学の教員なので、経済的にはとくに変化がない。そういう立場の人もいれば、経済的に厳しい人もいるし、たとえば医療従事者の方だと子育てにすごく制限がかかったりしますよね。そんなふうに状況がさまざまなので、なかなか一般論としては語りにくい面はありますが、そのうえで発達心理学の立場からいえば、いかに「日常」を意識してつくるか、ということが大切だと思います。親として、「日常」の子育てをいかにつくっていけるか。具体的にいうと、いつもと同じように朝ご飯をつくるとか、掃除をするとか、いつもとだいたい同じ時間に寝るとか、同じような遊びをするとか、そういうことが大事かなと思います。というのも、コロナでしきりに「手を洗いなさい」とか言われるなかで、すごく過敏になったり、神経質になったりする子もいると思うんですね。大人以上に情報の取捨選択や整理が難しくて、不安になっている子も多いので、家庭のなかでは「日常」を大事にする、そこが原則だと思います。

――コロナで学校の勉強が遅れたから家での学習で取り返そうとか、そういう方向ではなく、むしろ日常を意識する。

赤木)そうだと思います。家は基本的にゆったり、ほっこり過ごす場ですので。そうしたら子どもは本来エネルギーを持っていますので、いざというときには頑張れるはずです。家はゆっくりできる場でいいかなと思います。

――本書で強調されている「安楽さの子育て」ですね。

今日はお忙しいところ、ありがとうございました!

◆著者の動画メッセージ

書誌情報

目次

1 あなたの子育て、ノロわれてます!?
2 “ちゃんと”のノロイ
3 「やればできる」のノロイ
4 「カダイ」のノロイ
5 祈ること、“にもかかわらず”笑うこと
6 「コトバ」のノロイ
7 感染の不安? 不安の感染?
8 不安のジェットコースターのなかで
9 「まぁ、よしとしましょう」で怒りとつきあう
10 「休みに価値なし」のノロイ
11 ノロイはどこからやってくる?
12 子育てのノロイをほどく
特別鼎談 いまどんな気持ち?……赤木和重・常田美穂・苫野一徳

脚注   [ + ]

1. 上西充子『呪いの言葉の解きかた』晶文社、2019年
2. 赤木和重『目からウロコ!驚愕と共感の自閉症スペクトラム入門』全国障害者問題研究会出版部、2018年
3. 赤木和重編著『ユーモア的即興から生まれる表現の創発』クリエイツかもがわ、2019年

赤木和重(あかぎ・かずしげ)
神戸大学大学院人間発達環境学研究科准教授。専門は発達心理学、インクルーシブ教育。同時に、保育・学校現場に入り、子どもや教師の姿に感動し、それを理論化する仕事をしている。著書に『アメリカの教室に入ってみた:貧困地区の公立学校から超インクルーシブ教育まで』(ひとなる書房)、『目からウロコ!驚愕と共感の自閉症スペクトラム入門』(全国障害者問題研究会出版部)など。現在、わが子とのポケモンカードバトルに夢中。ちなみに写真は、ゼミ卒業生からポケモンカード(150枚!)をもらいご満悦の著者。