(第36回)二風谷判決 その次は?(市川守弘)
【判例時報社提供】
(毎月1回掲載予定)
二風谷ダム事件判決
1 アイヌ民族が先住民族であると認めた事例
2 収用裁決の取消訴訟において、事業認定の違法性を取消事由として主張することができるか(積極)
3 アイヌ民族の文化を不当に軽視ないし無視しているとして事業認定を違法であるとした事例
4 ダム建設にかかる土地収用裁決について事情判決がされた事例札幌地方裁判所平成9年3月27日判決
【判例時報1598号33頁掲載】
二風谷判決はアイヌを先住民族と認め、アイヌの文化享有権が憲法13条によって保障されるとした日本の裁判史上初めての判決だった。そのうえで国の二風谷ダム建設の事業認定がアイヌの文化を不当に軽視、無視しているとして違法としたのである。ただし、ダムは完成したため事情判決によって原告らの訴えは棄却された。当時は中曽根総理の「単一民族発言」が尾を引き、アイヌが先住民族であるということすら争点になるほどであった。そのような中で、アイヌを先住民族と認め、アイヌの文化享有権がICCPR(市民的・政治的権利に関する国際規約)27条や憲法13条によって保障されるとした判決は多くのアイヌに勇気を与えたものだった。
この判決から24年が経過し、国はアイヌ文化振興法(平成9年)、アイヌ政策推進法(平成31年)を制定し、「アイヌ民族」を先住民族と認め、2020年にアイヌ文化のテーマパークといえるウポポイなる施設を造った。しかし、実は、国はアイヌの先住民族の権利は否定したままなのである。二風谷判決から何も進んでいないのだ。
先住民族の権利に関する国連宣言(2007年)は、先住民族の権利について、集団(indigenous peoples)としての権利と個人(indigenous individuals)の権利を分けて規定している。二風谷判決の認めた文化享有権はアイヌの個人としての権利である。先住民族の権利としてより重要なのは集団としての権利なのだが、国はこれを否定する。法学的検討すらほとんどなされていないのが現状なのだ。今求められているのは、二風谷判決を越えてアイヌ集団の権利の獲得なのである。
宣言での集団としての権利は、土地や自然資源に対する権利(26条)、民族教育をする権利(14条)、自決権(3条)、遺骨の返還を求める権利(12条)などである。政府は日本にはもはやこれらの集団の権利を行使する集団が存在しない、あるいは憲法は集団の権利を認めていないなどの理由を挙げてアイヌの集団の権利を否定する。
そんな中で、2020年8月ラポロアイヌネイションというアイヌの集団が国を相手に十勝川河口部におけるサケ捕獲権の確認を求める訴訟を提起した。ラポロアイヌネイションとは松浦武四郎の日誌に出てくる十勝川河口部の複数のアイヌコタン(集団)の人たちの子孫が創るアイヌ集団である。これらコタンは十勝川でサケを食糧や交易品として独占的排他的に漁猟していた。しかし、明治政府によって一方的にアイヌのサケ漁が禁止され、その後現代に至るまで禁止され続けている。政府はサケ漁に限らずアイヌの集団としての権利のすべてを否定してきたのだ。
ラポロアイヌネイションは、明治以降の150年の歴史を問い直し、アイヌ集団としての権利の復活を目指している。数年後の「心に残る」新たな判決を期待したい。
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弁護士(旭川弁護士会)。1954年生まれ。1988年札幌弁護士会登録後、1999年から2002年コロラド大学ロースクールの自然資源法センター留学。
主な論文・著書にUnderstanding the Fishing Rights of the Ainu of Japan(Colorado Journal of International Environmental Law and Policy, 2001)、『アメリカインディアン法の生成と発展・アイヌ法確立の視座として』(「平成15年度現代法律実務の諸問題」、第一法規、2003)、『アイヌ人骨返還を巡るアイヌ先住権について』(民主主義科学者協会法律部会季刊誌「法の科学」45号、2014)、『アイヌの法的地位と国の不正義―遺骨返還問題と〈アメリカインディアン法〉から考える〈アイヌ先住権〉』(寿郎社、2019)、『アイヌの権利とは何か―新法・象徴空間・東京五輪と先住民族』(共著・かもがわ出版、2020)。