『なぜ君は総理大臣になれないのか』(著:大島新・『なぜ君』制作班)

一冊散策| 2021.08.12
新刊を中心に,小社刊行の本を毎月いくつか紹介します.

 

 

はじめに

大島 新

「そんな映画、誰が観るんですか?」

2016年6月、私が「小川淳也さんを主人公にしたドキュメンタリー映画を作りたい」と言った時、プロデューサーの前田亜紀が示した反応がこれだった。無理もない。

私はそれまでに監督として2本、唐十郎と園子温という著名な表現者を被写体としたドキュメンタリー映画を製作・公開していたが、興行成績は振るわなかった。作品の内容には自分なりの手応えはあったが、多くの人が劇場に足を運んでくれるかどうかは、また別の話。実はこの2作は、未だにリクープ(資金回収)していない。2作目の『園子温という生きもの』については、同年の5月に公開したばかり。前田は同作のプロデューサーだったため、観客動員が散々なこともよく知っていた。だから当時は無名の野党議員だった小川淳也さんを主人公に……と私から聞いた時に、「正気か⁉」と感じるのも当然だ。(後に前田は「大島さん、頭がおかしくなったんじゃないかと思った」とまで言っていた)

公開からちょうど1年が経ち、ドキュメンタリーとしては異例のヒットという結果が出た今、私は「自分に先見の明があった」と誇りたいわけではない。だって、私自身もこんな映画になるとは思っていなかったから。企画した時点で、2017年の総選挙があれだけドラマティックな展開になると誰が予想しただろうか? 選挙で辛酸を舐め、「希望の党」から出馬した自分に落とし前をつけ無所属となった小川が、2019年の国会質疑で突如注目を集め「統計王子」の異名を取るなどと、誰が予想しただろうか? そして映画が完成し、いざ公開へ! という矢先の2020年4月、新型コロナウイルス感染拡大による1回目の緊急事態宣言。ところがそのコロナ禍によって、かつてないほど政治家の資質や言葉に注目が集まり、6月に公開されると都内2館の劇場は6日連続満席、「いまこそ、この映画を観たほうがいい」とたちまち口コミが広がった。多くの映画が苦境に陥った時期に、『なぜ君』だけはコロナが追い風になるなんて、誰が予想しただろうか?

そう、この映画のヒットは様々な偶然の産物であり、映画の製作・公開の過程そのものがドキュメンタリーと呼べるような予測不能な展開をたどったのだった。

この映画の観られ方の特徴のひとつに、リピーターが多いことが挙げられる。私は許される限り、舞台挨拶のために全国の劇場を回った。数えてみたら合計78回行った(ある配給関係者には、「そんなにたくさんやるなんて正気の沙汰じゃありません!」と言われた)が、各地でお客さんからダイレクトに熱い感想を頂き、3回4回と観ている人がいることを知って驚いた。また、TwitterをはじめSNS上でも同様の書き込みをしている人が多くいて、うれしいやら申し訳ないやら、という気持ちになった。理由は様々なのだろうが、この映画を「かみしめたい」と思ってくれる人がいるということなのだろう。さらに、コロナで劇場に行きたくても行けなかった人や、普段ドキュメンタリー映画に触れる機会が少ない若年層にも観てもらいたい、という願いから、日本映画専門チャンネルでの放送、DVD化、Amazonプライムビデオはじめ14のプラットフォームでのレンタル配信、Netflixでのサブスク配信を決め、それぞれのメディア特性による新たな視聴者を得た。

私にとって激動の2020年が過ぎ、映画として出来ることはほぼやり尽くし、そろそろ『なぜ君』も一段落かと思っていた2021年1月、日本評論社の編集者・森美智代さんから、公式HPにメールが届いた。「映画の全文書き起こしをメインにした、、、、、、、、、、、、、、、、、書籍を出版したい」(傍点筆者)。ありがたい申し出をうれしく思う反面、今度は私が言いたくなった。

「そんな本、誰が読むんですか?」

映像作品としての取材が先にありきで、映画やテレビ番組が後に書籍化されることはあるし、私もそうした本を何冊も読んでいる。だがその場合、取材をした監督なりディレクターが、映像に組み込めなかったエピソードなどを足して、新たにノンフィクションとして書き下ろすことが普通である。劇映画のシナリオのノベライズならともかく、ドキュメンタリー映画の「全文書き起こし」というのは、私は聞いたことがなかった。

そもそも当たり前だが、映像にも活字にも、それぞれいいところがある。映像は活字では表現できない人物の表情や語調、会話の間など、取材時の空気をそのまま伝えることができる。一方活字は、カメラという制約がない分、取材相手とのきめ細やかなやりとりや、書き手の深い考察を文章に盛り込むことができる。だが「映画の全文書き起こし」では、活字の利点が封印されてしまうではないか。お会いした森さんは、そんな私の疑問に対し決然と言った。「映像は流れていきますが、本にすれば何度も読み返すことができます」。

ああ、ここにもまた『なぜ君』を「かみしめたい」と言ってくれる人がいた。なんという幸運な映画なのだろう。

さらに深く味わってもらうために、本書には井手英策さんと私の対談、鮫島浩さん、あかたちかこさん、畠山理仁さん、富永京子さんによる、視点のまったく異なる寄稿を掲載した。5人の識者による、多角的で鮮やかな論考を、ぜひ堪能していただきたい。

「見応えのある人物ドキュメンタリーを作りたい」という思いから始まった『なぜ君』のプロジェクトだったが、いつしか私の願いは「政治を自分ごととして考えてほしい」に変わっていった。本書が、さらにそのきっかけになってくれることを願ってやまない。

目次

はじめに(大島 新)

【対談】
なぜ僕たちは君を総理大臣にできないのか(大島 新×井手英策)

【採録シナリオ】
なぜ君は総理大臣になれないのか

【特別寄稿】
「小川淳也は総理大臣になれない」という常識を覆すために必要なこと(鮫島 浩)

なぜ君は選挙に遊びにこないのか(あかたちかこ)

なぜ君は家族総出で選挙を行うのか(畠山理仁)

なぜ私は選挙があまり好きじゃないのか(富永京子)

おわりに(前田亜紀)

謝辞(大島 新)

【付録】
『なぜ君は総理大臣になれないのか』関連年表

書籍情報

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