『トポロジカル・インデックス—フィボナッチ数からピタゴラスの三角形までをつなぐ新しい数学[改訂版]』(著:細矢治夫)

一冊散策| 2021.09.21
新刊を中心に,小社刊行の本を毎月いくつか紹介します.

改訂版まえがき

著者がトポロジカル・インデックス の最初の論文を化学の論文誌に出したのがちょうど半世紀前の 1971 年,それから延々とこの仕事を続けて,2003 年に『数学セミナー』,翌年に『数学文化』で日本の数学界にやっとデビューを果たし,2012 年に日本評論社から『トポロジカル・インデックス』の単行本を出すことができた.それから 9 年近く経った今,その改訂版にこぎつけるに至ったのである.

本著の初版のあとがきに紹介はしてあるのだが,著者の作った和製英語のトポロジカル・インデックスは,その時点で既に海外の数学の世界では注目されていたのである.Wikipedia と Wolfram の MathWorld のいずれにも“topological index” と “Hosoya index” の項が設けられて,引用文献もきちんと集められていた.また Google Scholar によれば,冒頭の著者の論文の被引用数がその当時 1000 くらいだったのが,2020 年末には 1800 を超えたらしい.

しかし一番驚いたのは,トルコ政府の DergiPark という公的機関から 2019 年の 1 月に MATI という雑誌が創刊されたことである.これは Mathematical Aspects of Topological Indices という数学の論文誌である.その創刊号には “The most private features of the topological index” という著者の招待論文も載っている.

自己宣伝が過ぎると周囲からの顰蹙を買う恐れがあるので,もう少し謙虚に本書の狙いと売りを御紹介したい.もともとこのトポロジカル・インデックスは,ガソリンのオクタン価に関わる化学の問題を数学的に解明しようという動機から生まれた考えなのだが,数学のグラフ理論の真っ只中でもがいているうちに,代数と幾何を結ぶ橋渡しになることが分かってきたので,改めて数学の愛好家・専門家の方々に御検討いただきたく思った次第である.しかし,この素人数学者の使える道具立ては,行列と行列式の基本と多項式の微分止まりなので,数学好きの高校生にも十分理解できる話である.フィボナッチ数,ピタゴラスの三角形,連分数などをこのインデックスでいじるうちに,「毛虫グラフ」が大事な役目を果たすことことや,特性多項式 $P_G (x)$ の等しい「等電木」を生み出す「眠り姫 (dormant) 」の発見等の不思議な話にもぜひ関心を持っていただきたいと切に願っている.

特に,今回の改訂版で新たに設けた第 7 章「木グラフを支配するトポロジカル・インデックス」では,共役ポリエンを系統的に分類し,その「家系図」をつくるだけでなく,構造安定性への理解をすすめることができたことを強調したい.

細矢治夫

まえがき

この本を手に取ったほとんどの人は、本書の主題であるトポロジカル・インデックスが何であるかを知らないであろう。それもそのはず、これは著者が 1971 年に化学の論文で初めて使った和製英語 (Japanese English) なのだから。

それから 30 年以上もの間、著者はもっぱらこのトポロジカル・インデックスを使って化学の問題の研究に取り組んできたのだが、次第にそれが数学のグラフ理論で重要な役割を果たすだけでなく、初等数学のいろいろな問題と密接な関係にあり、しかも代数と幾何のように、一見無関係な分野間の橋渡しに役立つことが明らかになってきた。そして今では、化学の問題は忘れて、もっぱらその数学的展開にやっきになってしまったのである。

さらに、臆面もなく、そのご利益の宣伝を、数学好きの高校生から数学の先生方にしようという企てをたててしまったのである。具体的にどんな問題が出てくるか、そのキーワードだけを列挙すると、グラフ理論はもちろん、フィボナッチ数、ルカ数、黄金比、ペル数、ペル方程式、ピタゴラスの三角形、ヘロンの三角形、連分数、オイラーの連分多項式、ディオファントスの不定方程式、直交多項式、ヤング図、平方根の有理数近似等々何でもあり、というのがその「売り」である。行列と、多項式の形式的な微分は出てくるが、基本的には高校の「数学 I」の範囲内ですべて理解できることである。

だから、まずぱらぱらとページをめくって、気になるところが見つかったら、眉につばをつけて読んでほしい。「毛虫グラフ」というおかしな代物のトポロジカル・インデックスが、代数と幾何の世界をまたにかけて大活躍することを認めてもらえれば、このえせ数学者は大満足をすることになっている。

細矢治夫

目次

  • 1章 基本となる数列と多項式
    • 1 フィボナッチ数とルカ数
    • 2 ペル数とペル-ルカ数
    • 3 ド・モアブル-ビネの公式と黄金比
    • 4 連分数と連分多項式
    • 5 チェビシェフ多項式
    • 6 数列のデータベース
  • 2章 グラフ理論とトポロジカル・インデックス
    • 1 基本的なグラフ
    • 2 非隣接数とΖインデックス
    • 3 パスカルの三角形とフィボナッチ数の関係
    • 4 特性多項式
    • 5 Ζ-数え上げ多項式と包除原理
    • 6 連分数と毛虫グラフ
    • 7 分子グラフと異性体
    • 8 木グラフの分類
  • 3章 非木グラフとトポロジカル・インデックス
    • 1 単環グラフとルカ数
    • 2 単環グラフの特性多項式とマッチング多項式
    • 3 グラフとそのスペクトル
    • 4 いくつかの正多面体グラフと特性多項式
    • 5 完全グラフ、エルミート多項式、ヤング図
    • 6 2色完全グラフとラゲール多項式
    • 7 こぶつきルカ三角形の物理的意味
  • 4章 ペル方程式とトポロジカル・インデックス
    • 1 平方根の連分数展開
    • 2 ペル方程式の最小解の振る舞い
    • 3 Pellep-1の解の構造
    • 4 ペル方程式の高速解法
    • 5 ペル方程式の最小解以外の解
    • 6 ペル方程式の一般解を与える毛虫グラフ
  • 5章 ディオファントスの不定方程式とトポロジカル・インデックス
    • 1 ユークリッドの互除法
    • 2 ディオファントスの不定方程式の従来の解法
    • 3 カッシーニの等式
    • 4 ディオファントスの不定方程式の新解法
    • 5 カッシーニの等式の証明
  • 6章 ピタゴラスの三角形とトポロジカル・インデックス
    • 1 ピタゴラスの三角形とその分類
    • 2 Δ1グループ
    • 3 一つ違いの足をもつピタゴラスの三角形
    • 4 δ1グループ
    • 5 バーニングとホールの行列U, D, A
    • 6 Δ2グループ
    • 7 UとDのj/k乗根
    • 8 毛虫からピタゴラスの三角形がぞろぞろ
  • 7章 木グラフを支配するトポロジカル・インデックス
    • 1 木グラフとΖインデックスの相性
    • 2 等電木
    • 3 Dormantとは
    • 4 Dormantの数理
    • 5 多様なDormant
    • 6 木グラフを並べる
    • 7 共役ポリエン
    • 8 共役ポリエンの家系図
    • 9 珊瑚グラフの連分数表現
  • 8章 トポロジカル・インデックスのさらなる展開
    • 1 平方根の有理数近似の高速な方法
    • 2 収束の少し遅い数列
    • 3 平方根の有理数近似を与える既約ピタゴラスの三角形の設計
    • 4 ヘロンの三角形
    • 5 連続数ヘロンの三角形

書誌情報など