(第41回)中国によるCPTPP加入申請(平家正博)
(毎月中旬更新予定)
渡邉真理子・加茂具樹・川島富士雄・川瀬剛志「中国CPTPP参加意思表明の背景に関する考察」
経済産業研究所(RIETI)ポリシー・ディスカッション・ペーパー(2021年9月)
昨年(2021年)は、国際通商法の分野でも、様々な動きのある1年であったが、今後大きな影響を与える可能性のある動きとして、中国による、「環太平洋パートナーシップに関する包括的および先進的な協定」(CPTPP)への加入申請が挙げられる。
CPTPPは、2018年12月に発効した11ヶ国からなる貿易協定(本稿時点では、ブルネイ、マレーシア及びチリについて未発効)であり、参加国で、物品及びサービスの貿易や投資の自由化を進めるとともに、国有企業に対する規律を設けるなど、幅広い分野で新たな通商ルールを構築するものである。
従前、中国もCPTPP加入を検討しているとの報道が存在したが、中国がCPTPPの要求を満たすのは困難であり、実際に加入申請を行う可能性は低いと見られていたため、中国が、2021年9月16日に、CPTPPへの加入申請を発表したことは、大きな驚きを持って迎えられた。
他方、米国は、トランプ前大統領が離脱を表明して以降、CPTPPへの加入に慎重な姿勢を示しており、バイデン政権でも、その姿勢に変わりはないが、インド太平洋地域での新たな経済枠組みづくりを提唱している(ただし、その詳細は不明)。これらは、アジア太平洋の国際通商ルールを巡る争いでもあり、今後の動向を見通す上で、中国が加入申請に至った背景・戦略についての理解も重要と考えられる。
この問題を考える上で、国際経済法及び中国政治の学者が、中国によるCPTPPへの正式な加入申請の直前に公表した渡邉真理子・加茂具樹・川島富士雄・川瀬剛志「中国CPTPP参加意思表明の背景に関する考察」(以下「本論文」という)は、貴重な知見を与えてくれる。
本論文は、中国によるCPTPPの意思表明の背後にある政治的目的、制度整備の現状、及び予想される動きを検討するため、中国のCPTPPをめぐる政策決定と意思表明に関する発言と文書を分析するが、中国の意図を、ここまで詳細かつ体系的に分析した論文は、国内外を探してもなく、非常に重要な論文である。
本論文は、中国がCPTPPへの参加を表明したのは、①「制度に埋め込まれたディスコースパワー」を強化するとの戦略(筆者なりにまとめると、国際経済分野にかかわる政策決定等に影響を与える総合的な能力を制度的に構築しようとする戦略)を背景とする、国際的なルールメイキングへの影響力の強化、②域外適用法制の整備による防御体制の構築、という意図があると指摘する。
分析の具体的な内容は、詳細かつ多岐にわたり、詳細は、ぜひ本論文を読んでいただきたいが、筆者が、WTOの案件に関与する中でも、中国が、WTOの運営やルール制定に積極的に関与する姿勢を示している場面に出くわすことがあり、その分析結果は、非常に腑に落ちる。
本論文は、CPTPPの具体的な条項も取り上げ、中国による遵守が明らかに難しい条項が多い点も指摘する。その上で、本論文は、CPTPPの要求は、西側と中国との価値観の違いを強調するために設けられたのでなく、公正な競争などを確保するための具体的な要件であり、ルールベースの国際関係のひとつの重要なありかたである以上、中国にも、それへの対応を求めることを明確にすべき点を強調する。
今後、CPTPPの現加盟国は、加入交渉において、中国の法令等がCPTPPの要求に整合しているかレビューを行い、中国に説明を求めるとともに、国内制度の是正を求めることができる。
日本企業としては、この加入交渉を、政府間の問題とのみ狭く捉えるのではなく、将来の中国やグローバルでの事業活動を有利に展開するために、積極的に活用するとの視点を持つことが重要ではないかと考えられる。
例えば、中国で事業展開を行う企業や業界は、中国で、内外差別的であったり、不合理な制度に直面している場合、CPTPPの要求に整合しているかを分析し、問題があれば、日本政府と協力して、是正を求めていくことが考えられる。また、グローバル市場で中国企業と競合する企業や業界は、競争相手の中国企業が、中国政府から支援等(市場歪曲的な産業補助金、国有企業に対する特権等)を受け、公平な競争条件が害されていると考える場合、同様の検討が有益な可能性がある。そして、本論文は、このような検討を開始する際の、一つの着眼点を与えてくれる。
なお、本稿では、中国のCPTPPへの加入申請を取り上げたが、直後には、台湾も加入申請を行っており、韓国も、加入申請を検討しているとの報道もある。そのため、日本にとり重要な投資先や輸出先である台湾や韓国についても、今後、同様の状況が訪れると考えられる。
国際通商の分野は、国家がメインプレーヤーとなることが多く、自社と関係のない分野と思う企業の方が多いかもしれない。しかし、筆者の経験から言えば、日々、各国の法制度の問題に直面している企業の方が、政府より、事業に直結する具体的な情報を持っていることが多々ある。そのため、国外で不合理な制度を強いられている企業は、その状況に泣き寝入りすることなく、その状況が国際ルールに沿っていない場合、日本政府も巻き込みながら、是正を積極的に働きかけて行くべきである。中国を始めとするアジア各国のCPTPP加入申請の動きは、このような働きかけを行う上で、かつてないチャンスの到来と捉えることもできるかもしれない。
本論考を読むには
・経済産業研究所(RIETI)ポリシー・ディスカッション・ペーパー(2021年9月)
◇この記事に関するご意見・ご感想をぜひ、web-nippyo-contact■nippyo.co.jp(■を@に変更してください)までお寄せください。
この連載をすべて見る
西村あさひ法律事務所 弁護士
2008年弁護士登録。2015年ニューヨーク大学ロースクール卒業(LL.M.)。2015-2016年ブラッセルのクリアリー・ゴットリーブ・スティーン アンド ハミルトン法律事務所に出向。2016-2018年経済産業省 通商機構部国際経済紛争対策室(参事官補佐)に出向し、WTO協定関連の紛争対応、EPA交渉(補助金関係)等に従事する。現在は、日本等の企業・政府を相手に、貿易救済措置の申請・応訴、WTO紛争解決手続の対応、米中貿易摩擦への対応等、多くの通商業務を手掛ける。