なぜ都市内に格差が生まれるのか?—産業革命の風下に立った現代の貧困地区
Heblich, S., Trew, A. and Zylberberg, Y.(2021)“East-Side Story: Historical Pollution and Persistent Neighborhood Sorting,” Journal of Political Economy, 129(5): 1508-1552.
山岸敦
はじめに
都市の中には「良い」とされるエリアと「悪い」とされるエリアが併存していることが多い。たとえば東京都の白金、兵庫県の芦屋などは全国的に有名な高級住宅街で「良い」エリアとされる一方、同じ東京都や兵庫県の中には貧困化が進み、犯罪率が高くなっていたり公立学校が荒れていたりして「悪い」とされるエリアも存在する。とはいえ日本の都市内の格差は国際的に見れば小さい方で、海外ではより極端な事例が数多く存在する。たとえば、アメリカのシカゴ大学周辺は治安の良いエリアであるが、通りを一本渡ると途端に銃絡みの事件も発生するかなり治安の悪いエリアに入ってしまう。同じ都市に住んでいるのに、エリアによってこれだけの格差が生じるのはどうしてなのだろうか。
今回紹介する Heblich, Trew and Zylberberg (2021) は 19 世紀イングランドの経験に着目し、この問いに独創的なアプローチで挑んだ。産業革命を迎えたイングランドでは、都市の中にたくさんの工場が立地し、汚染物質を撒き散らしていた。この汚染物質は風に乗って住民に降り注ぐ。しかし、この降り注ぎ方に特徴があった。イングランドの都市では主に西から東へ風が吹いているので、汚染物質は主に都市の東側に降り注いだのである。その結果、汚染された都市の東側には比較的所得の低い層が住むようになり、汚染の少ない都市の西側には比較的所得の高い層が住むようになった。かくして、都市内に「良いエリア」と「悪いエリア」が誕生したのである。