『ギャンブル症の回復支援:アディクションへのグループの活用』(著:田辺等)

一冊散策| 2022.05.17
新刊を中心に,小社刊行の本を毎月いくつか紹介します.

 

 

はじめに

本書のテーマである「ギャンブル症」への筆者の関わりは,1990年代の精神保健福祉センターの相談支援業務から始まっている。筆者は継続支援のグループをセンターで立ち上げ,2002年に,臨床的な特徴を『ギャンブル依存症』(生活人新書)としてまとめた啓発書を著した。その時点では,コントロールできない病的なギャンブルは,国際的な診断基準で,依存症のカテゴリーではなく,別カテゴリーの「衝動制御の障害」に分類されていた。

時は流れ,この病的なギャンブル行動について,徐々にその病理が研究されてきた。

そして2013年に,米国の診断基準が改訂されて,「Gambling Disorder(ギャンブル障害)」の病名となり,アルコール・薬物がやめられない病態と共通の病理であるとされた。

また,国際疾病分類も2018年の改訂(ICD-11)で同様の考えになったが,日本の訳語は「ギャンブル症」になった。このため本書も「ギャンブル症」としたが,この分野の概念や用語の変遷過程は複雑である。これについては,本書の第2章で触れたが,現在の診断基準はWHO(世界保健機関)のICD分類と米国精神医学会のDSM分類との2つがあり,概念や用語が完全には統一されていない。本書は,ギャンブル症はアルコール依存症・薬物依存症と,脳機能の病理と臨床経過に共通性があり,同じカテゴリーで扱うべき病態と考えており,この3病態を総称するときには「アディクション」「アディクション問題」という表記を使用した。

一般に,ギャンブルでの勝利は,誰にも興奮や一種の快感をもたらす。日常生活がくすぶっているときには,ギャンブルの勝ちが気分を上げてくれるものになる。しかし,このようなギャンブルを続けることで,自らのギャンブル行動をコントロールできなくなる状態がある。それが「ギャンブル症」である。

ギャンブルで勝ち,その喜びを体感し,一種の達成感を味わう。それを繰り返し,ギャンブルとの間に幸福な蜜月期間を経験すると,ギャンブルがかけがえのない存在になることがある。「大勝利」は,“名誉ある凱旋将軍”のような気分をもたらし,自己有能感を一過性に強化してくれるからだ。

ギャンブルを過度に反復すると,快感をもたらす脳の神経回路である「報酬系」のシステムに不具合が生じてくる。「ギャンブル以外では楽しくない」「ギャンブルでも,もっと高額な出し入れでなければ楽しくない」という現象として現れる。

このような状態でもギャンブルへの欲求は反復出現する。コントロール障害となり,高額な借金ができて,社会的な窮地に追いこまれていく。

ギャンブル症が進行すると,金銭的な破綻を契機に相談支援者の前に登場してくる。ちょうど,アルコール依存症の人が,肝臓を悪くして内科医を受診するように。

しかし,その回復支援は簡単ではない。このプロセスで,人はギャンブルの勝ち負けと金銭の出入りばかりを考えるようになり,こころの視野は狭くなっている。そして,自分のギャンブル行為は自分の意志によるものと主張し,病的とは認めない。

本書では,こうした難しい状態の回復支援のあり方について,実際の支援経験に基づき,具体的に述べた。

アルコール・薬物・ギャンブル問題の対応には,早期介入・早期支援を行える相談技術が大切になる。最初の来談者になることが多い家族への的確な相談,いわゆる初期介入を適切に行うことが肝要である。そのことは,第6・7章に家族理解と家族支援のアプローチについて具体的に述べた。相談援助の技術の参考になれば嬉しい。

また発生予防,一次予防的な視点も,アディクション問題への対策では重要である。なぜ日本でギャンブル症が蔓延するのか。本書では,社会的要因をみながら,わが国の発生率の高さを説明することも試みた。

そして,ギャンブル症からの回復はどのようなものかを検討するために,アルコール問題の自助グループであるアルコホーリクス・アノニマスから学んだものを,一種の「回復過程論」として整理してみた。12ステップグループのメンバーの回復過程から,治療者・支援者はもっと学ぶべきだというのが筆者の持論である。本書で多少なりとも体系的に考えることに取り組んでみた。

筆者の精神科医としての仕事を振り返ると,アディクションの相談支援と治療への関わりが大きなウエイトを占めている。それは精神保健分野の困難事例に対処する精神保健福祉センターに長く勤務したことが関係している。また,病院と精神保健福祉センターで,グループを活用した心理支援(集団精神療法)を実践できたことが,長く続けられた理由でもある。グループを活用した精神療法的なアプローチについての筆者の考えは,本書の後半で述べている。

アルコール・薬物問題でもギャンブル問題でも,治療グループを継続していくと,そのグループ特有の空気が漂うようになる。筆者のギャンブル症のグループは,真面目で,時に不謹慎で,かつ楽しい。笑い飛ばすなかで,新たな認識を得ることがしばしばある。それがアディクション問題のグループ臨床の真骨頂でもある。グループ体験を続けることで,メンバーはどう変化していくのか,そのプロセスの考察も本書で試みた。

筆者らの実践は,近年普及されてきた認知行動療法モデルの技法と異なり,理解に難しいところがあるかもしれないので,第11・12章の記述では,グループセッションの空気を伝えながらの説明をこころがけた。今後は,セッションの陪席体験などでじかに伝えることも考えている。

目次

第1章 ギャンブル症について
1.はじめに──本書で「ギャンブル症」の用語を使う理由
2.診断的アセスメント

第2章 病的なギャンブルに関する診断用語の変遷
1.診断用語の変遷と「依存症」病名の登場
2.ギャンブル症は「衝動制御の障害」の一つとされていた
3.日本で「ギャンブル依存症」の用語が使用された事情
4.新たな用語──「ギャンブル障害」「ギャンブル症」「ギャンブル等依存症」

第3章 わが国でのギャンブル症の臨床像の特徴
1.年代と性
2.ギャンブル症の原因となった種目
3.債務問題
4.家族問題,心理社会的問題
5.合併症
6.診療統計での留意点
7.臨床経過におけるアルコール・薬依存症との類似性

第4章 日本でギャンブル症がなぜ多いか──社会におけるアディクション問題の成立論
1.調査にみる高い有病率
2.依存症が社会問題として現れるときの3要因
3.現代日本でのギャンブル症成立の3要因

第5章 アディクション・ギャンブル症にどのようにはまっていくのか
1.薬物使用によるアディクションの成り立ち──事例を通して
2.ギャンブル行動によるアディクションの成り立ち──事例を通して

第6章 アディクションの家族に起きること
1.ギャンブルの問題への家族の自然な対処
2.アディクション問題の家族システム

第7章 家族の相談支援
1.家族の初回相談の進め方
2.家族の継続相談
3.グループを活用して家族を支援する
4.家族支援の留意点──“兵糧攻め,金銭管理”のリスク

第8章 自助グループ活動における回復論
1.アディクションの自助グループの原点──アルコホーリクス・アノニマス(AA)の始まり
2.12ステップグループが考えるアディクションの中核病理
3.AAは分類論的立場をとらず,進行過程論を重視
4.ギャンブル症での進行過程論
5.12ステップグループの回復論とパーソナリティの問題へのアプローチ
6.12ステップグループの回復過程における支援構造

第9章 治療の基本と臨床実践の工夫
1.治療の現状
2.併存疾患を有するなど応用が必要な治療対応
3.治療と回復支援の地域ネットワーク

第10章 アディクションと精神療法(心理療法)
1.脳機能と精神療法
2.スピリチュアルな変化と精神療法

第11章 アディクションの集団療法
1.集団精神療法の始まり
2.アディクションの集団精神療法の流れ
3.集団精神療法の基礎的理解
4.アディクションを対象とした集団精神療法

第12章 グループでメンバーは何に取り組むのか──アディクションからの回復論
1.アディクションのグループでよく扱われる主題
2.回復過程を支える集団の治療促進的要因
3.グループへの参加を続けてメンバーはどう変化するのか
4.おわりに──病理と回復支援のまとめ

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