『親の疑問に答える 子どものこころの薬ガイド』(著:岡田俊)
はじめに
子どもは、しょっちゅう病気にかかります。熱を出したと保育園や幼稚園から連絡があり、お迎えに行って、そのまま病院に行った日々も思い出されます。しかし、子どもは錠剤が飲めなかったり、薬を吹き出したり、吐いてしまったりで、どうすれば子どもに薬を飲んでもらえるかは、いつも悩みの種でした。病院を急いで受診しなければならないか、ということには悩んでも、医師はいつも適切な薬を出してくれて、それを飲ませることが子どもの利益になるはずだと考え、それ以外のことは悩みもしなかった、という親御さんが多いはずです。子どもを診て、親御さんの話を聞き、それに合わせたお薬を処方する医師は、ありがたい信頼できる先生というイメージさえあるかもしれません。
ところが、お子さんが精神科のお薬を飲むことを薦められたらどうでしょうか。きっと即断できる親はいないはずです。なぜ、風邪のお薬と違うのか、考えてみましょう。こんなコメントもよくいただきます。「子どもが精神科のお薬を飲むことになるなんて思ってもいなかった」というものです。たしかに、そうでしょう。
実は、精神科の病気はごくありふれたものです。何らかの発達障害(神経発達症)やこころの病気にかかる人の割合は著しく高いのです。しかし、私たちは病気にかかる人が多いから、その病気やその病気の治療について身近に感じるとは限らないのです。全国健康保険協会のホームページには、「日本人の2人に1人ががんにかかる」と書かれていますし、保険会社のコマーシャルでも同じフレーズがうたわれています。がんにかかることは誰にとっても重大なことです。しかし、毎日がんの不安にさいなまれながら暮らしているかと言うと、そうではなく、元気なうちはがんにならない、という逆説的には常に真実のように聞こえますが本当は嘘(がんの発見時に「不健康」が自覚されるとは限りません)の信念をもったり、テレビで紹介される健康法や体によい食品を食べればがんを予防できる、と信じて暮らしていたりするものなのです。多くの人にとって、こころの病気に対する知識は十分ではありませんし、その頻度が高いことを知っていたとしても、親御さんやわが子には縁遠いものと考えられています。
こんなことをお考えになった方もあるでしょう。「3人に1人はがんで死ぬんでしょ、でも、こころの病気では生きる死ぬは関係ない。風邪は薬を飲むことでよくなるけど、精神科の病気は治らないし、薬はずっと飲まないといけないんでしょ。だから、いやなんです」。ここにはいくつもの誤解があります。たしかに、がんのように放置すれば命に確実に関わる病気とは違います。しかし、早期発見や薬物療法が進んだ現在では、がんをもちながら生活している人の数もとても多くなっています。
一方、こころの病気では命に関わらないかと言うと、それは間違いです。現代では、多くの子どもが自殺していることが問題になっていますし、なかにはうつ病や双極性障害、心的外傷後ストレス障害(PTSD)など、こころの病気と関連した自殺もあるのです。ただ、精神科のお薬を飲めば治るという単純なものでもありません。精神科の病気は治らない、と一括りにするのも違います。風邪薬は風邪を治す、とおっしゃいましたが、本当に風邪薬が治したのでしょうか。風邪薬を飲むと、熱が下がり楽になりますし、息苦しさも軽減します。そのために、しっかり睡眠がとれ、食事がとれ、体力の回復が促されて、あなたの免疫がウイルスを退治したわけです。
生きる死ぬ、と同じぐらい、あるいは、それ以上のこころの苦しさを抱えている子もいます。毎日の生活に生きづらさを抱え、思い悩んでいる子もいます。こころの悩みに大小なんてありません。その子がよりよく生きる方法があるとしたら、何でも取り入れてあげたいと思うのが親心です。しかし、問題は、それがこころの薬なのか、という点なのです。
この本は、子どものこころの薬について知りたいと思う、すべての親御さんに向けて書きました。いままさに思い悩んでいるところだという方もあれば、すでに子どもがお薬を飲んでいるが、さらに知りたい、あるいは、こころのどこかに迷いを持ち続けているという方もあるでしょう。詳しい情報が欲しければ、インターネットで何でも取り出せる時代です。しかし、だからこそ、あまりにも多くの情報を整理してどのように理解すればよいのかを見渡すことができる地図が求められていると思います。本書は、薬物療法をお薦めする本ではありません。だからこそ、メリットもデメリットも率直に書かせていただいています。迷いのある親御さんが、本書を手にして子どもの治療について自信をもって決断できることを切に願っております。
目次
Ⅰ 薬物療法とどう向き合うか迷っています
Q1 うちの子になぜ薬が薦められたのでしょうか?――環境調整、ほかの心理社会的治療と薬物療法の役割
Q2 まだ心底納得できていないのですが?――医師や薬剤師と相談上手になるコツ
Q3 子どもにどう説明したらよいですか?――子どもと一緒に意志決定を行うステップ
Q4 どんな錠剤ですか? ちゃんと毎日飲めるか不安です。――剤型を選択する
Q5 ネットで調べたら、いろいろ悪い情報ばかり出てきます。――情報の利用上手になる
Q6 医師の診断や治療が正しいのか不安です。――信頼できる医師の条件とセカンドオピニオン
Q7 薬が有効であると、なぜわかったのですか?――治療薬の有効性と安全性を確認する
Q8 適応外処方とはどのようなことですか?――薬剤の適応症と適応外処方について
Q9 ジェネリック医薬品を薬局で薦められました。――薬が承認されるプロセスとジェネリック医薬品
Q10 薬を飲んでいることは学校にも話したほうがよいのでしょうか?――子どもを取り巻く支援者と一緒に治療に取り組む
Q11 薬に頼るなんて親の怠慢だと家族に叱られました。――根拠なき「助言」や社会の誤解と向き合う
Q12 どの薬を使うかはどうやって決めるのですか?――薬の種類と薬剤ごとの違い
Q13 薬の量や服薬のタイミングはどうやって決めるのですか?――最適な用量を知る、少量処方の是非
Q14 子どもが薬を飲み忘れたり、飲もうとしてくれないのではないかと不安です。――コンプライアンスとアドヒアランス
Q15 薬は一度はじめたらやめられないと聞きました。――治療の標的と終結を考える
Q16 薬の数や種類が増えてきたのですが、薬漬けになりませんか?――多剤併用の是非
Q17 副作用が現れていないかが心配です。どのように注意すればよいですか?――副作用の観察ポイント
Q18 薬物療法を薦められましたが、やはり薬に不安があります。漢方薬で治療できないでしょうか?――漢方薬と西洋薬の違い
Q19 子どもがもうそろそろ薬はいらないと言います。しかし、子どもは何のために薬を服用していたのか、わかっていないと思います。子どもの言うとおり、薬を卒業してよいのでしょうか?――薬物療法の終結を考える
Ⅱ うちの子の発達障害には薬が効くのでしょうか?
Q20 子どもが注意欠如・多動症と診断されて薬物療法を薦められました。薬が必要なのでしょうか?――ADHDの薬物療法
Q21 注意欠如・多動症治療薬にはどのようなものがありますか?――ADHD治療薬の種類
Q22 注意欠如・多動症に薬物療法以外の治療はあるのでしょうか?――ADHDの薬物療法以外の治療
Q23 注意欠如・多動症の新しい治療選択肢はありますか?――ADHDの新たな治療選択肢
Q24 うちの子は自閉スペクトラム症なのですが、統合失調症の薬を飲むように言われました。なぜなのでしょうか?――自閉スペクトラム症の薬物療法
Q25 自閉スペクトラム症と注意欠如・多動症の両方の診断を受けています。注意欠如・多動症治療薬を薦められたのですが、服用させても大丈夫なのでしょうか?――自閉スペクトラム症とADHDを合併する場合の薬物療法
Q26 うちの子は、知的障害と自閉スペクトラム症があります。最近、薬を飲むのをいやがります。こっそりと飲み物に混ぜてもよいでしょうか?――非告知投与と本人の賛意
Q27 オキシトシンという愛情ホルモンを使うと、自閉スペクトラム症がよくなると聞いたのですが、本当ですか?――自閉スペクトラム症へのオキシトシン投与
Q28 うちの子には、知的障害と自閉スペクトラム症がありますが、顔をくしゃっとしたり、腕で頭をたたいたりします。チックではないでしょうか? 薬に効果がありますか?――チック・トゥレット症の薬物療法
Q29 うちの子は、自閉スペトラム症と注意欠如・多動症の併存と言われていますが、夜なかなか寝てくれません。寝起きも悪いです。睡眠薬を処方できませんか?――発達障害のある子への睡眠薬の使用
Q30 うちの子はとにかく落ち着きがなくて、病院を受診しました。注意欠如・多動症治療薬ではなく鉄剤が投与されたのですが、なぜですか?――レストレスレッグス症候群の可能性を考える
Q31 うちの子は、注意欠如・多動症と自閉スペクトラム症と診断されていますが、依存性が心配です。毎日服用させるのは心配なので、必要なときだけ飲ませようと思いますが、よいですか?――処方薬依存を避けるために
Q32 最初は子どものことばかりを考えてきましたが、ふと、治療を受けないといけないのは私のほうではないかと思い始めました。私もお薬を服用してよいでしょうか?――親御さん自身のケア
Ⅲ うちの子のこころの病気には薬が効くのでしょうか?
Q33 うちの子は、気分が落ち込んで無性にリストカットをしたくなると言います。お薬を飲むと余計に死にたくなることもあると言われました。どういうことでしょうか?――うつ病・抑うつ状態の薬物療法
Q34 うちの子は、気分の浮き沈みがあり、元気そうに振る舞っていたかと思うと、どんよりと落ち込んでいたり、やたらむしゃくしゃしているときがあります。甘えなのでしょうか、病気なのでしょうか?――双極性障害の薬物療法
Q35 うちの子は、ダイエットに励んでいると思ったら、どんどんやせてしてしまい、食事もろくにとらなくなりました。摂食障害に薬は有効なのでしょうか?――摂食障害の薬物療法
Q36 うちの子は、手を洗い出すと、30分ぐらい、手が真っ赤になって切れてくるほど洗い、どう見てもやりすぎなのですが、止められません。薬でよくなるものでしょうか?――強迫症の薬物療法
Q37 うちの子は電車を使って学校に通っているのですが、心臓がバクバクすると言って電車に乗れなくなりました。普通電車だとかろうじて乗ることができるようです。電車に乗る前に薬を飲ませたほうがよいでしょうか?――パニック症の薬物療法
Q38 中学生のうちの娘が、クラスで悪口を言われている、じろじろと見られていると訴え、次第に、家でもおびえた表情になって、部屋にこもるようになりました。担任の先生によれば、いじめはないと言います。病院で治療を受けるべきでしょうか?――統合失調症の薬物療法
Q39 ひきこもっているわが子がいます。病院にはなかなか行きたがりません。病院になんとか連れて行って、薬を飲めばよくなるものでしょうか? これから先が心配です――ひきこもる子どもに薬物療法は有効か
Q40 娘が後部座席に乗っているときに交通事故を起こし、運転をしていた母親は大けがを負いましたが、幸いにも回復をしつつあります。しかし、娘のほうが以来、悪夢にうなされるなど、フラッシュバックに悩まされています。お薬が必要でしょうか?――トラウマ・PTSDの薬物療法
書籍情報
- 岡田 俊 著
- 紙の書籍
- 定価:税込 1,870円(本体価格 1,700円)
- 発刊年月:2022年9月
- ISBN:978-4-535-98478-3
- 判型:四六判
- ページ数:224ページ
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