(第54回)民事訴訟法学における画期的な判決とその顛末(鶴田滋)

私の心に残る裁判例| 2022.11.01
より速く、より深く、より広く…生きた法である“判例”を届ける法律情報誌「判例時報」。過去に掲載された裁判例の中から、各分野の法律専門家が綴る“心に残る判決”についてのエッセイを連載。
判例時報社提供】

(毎月1回掲載予定)

馬毛島入会権確認請求訴訟事件

入会集団の一部の構成員が訴えの提起に同調しない構成員を被告に加えて構成員全員が訴訟当事者となる形式で第三者に対する入会権確認の訴えを提起することの許否

最高裁判所平成20年7月17日第一小法廷判決
【判例時報2019号22頁掲載】

この裁判例(以下、「平成20年判決」と呼ぶ)は、民事訴訟法学が長年課題としてきた「原告側の固有必要的共同訴訟における訴権保障問題」を克服した画期的なものである。

この問題は具体的には次の通りである。すなわち、ある土地について入会権を共同で有すると主張する入会集団の構成員が、第三者に対して当該土地の入会権の存在確認の訴えを提起しようとする場合、当該入会集団の構成員全員が共同原告とならなければならない(最判昭和41・11・25判時468号39頁)。これは、講学上、固有必要的共同訴訟と呼ばれる。この判例法理によれば、例えば、ある土地についての入会権を主張する集団が100名いた場合、そのうちの1名でも入会権確認の訴えに同調しなければ、訴えを提起する意思のある残り99名の構成員による訴えは不適法として却下されることになる。

この規律が99名の訴権を保障しないことになり問題であると明確に主張したのは、新堂幸司教授である。新堂教授は、昭和43年に行われた講演で「固有必要的共同訴訟という形態を設けるときには、共同訴訟人の1人になるべき自分は訴えるのは嫌だ、といったときに、ほかの共同訴訟人の権利救済の道、訴訟制度の利用権をどうしたら確保できるかという問題が当然に考えられていなければならなかった」のに、それが十分になされていないのは学説の怠慢であると述べた。そのうえで、訴訟制度を利用する当事者の立場を尊重するために、当事者の権利としての訴権を重視すべきであると主張した(新堂幸司「民事訴訟法理論はだれのためにあるか」『民事訴訟制度の役割』(1993年〔初出1968年〕、有斐閣)38頁以下)。

それから40年後の2008年、最高裁は、平成20年判決において、「入会権の存在を主張する構成員の訴権は保護されなければならない」ことを強調して、「入会集団の構成員のうちに入会権確認の訴えを提起することに同調しない者がいる場合には、入会権の存在を主張する構成員が原告となり、同訴えを提起することに同調しない者を被告に加えて、同訴えを提起することも許される」とした。その後、紆余曲折しながらも、原告は、本件土地について原告と非同調者が入会権を有することを確認する旨の確定判決を得たのである(最決平成27・6・30LEX-DB文献番号25540945)。

ところで、平成20年判決の事案では、入会集団の構成員の一部が、他の構成員に無断で、第三者に本件土地の共有持分を譲渡することを原因とする所有権持分移転登記を行ったことが発端となり、上記の入会権確認の訴えが提起された。したがって、原告からすれば、上記の持分移転登記の抹消登記手続が完了しないと、自らの権利を実現したことにならない。しかし、原告が得たのは確認判決であるから、この判決に基づき、被告らに対して上記持分移転登記の抹消を強制することはできない。

そこで、原告は、改めて、第三者を被告として、入会集団の構成員の一部が共有持分を第三者に譲渡したことは無効であることを理由に、保存行為に基づく共有持分移転登記の抹消登記手続請求の訴えを提起した。しかし、この事案については、入会権自体に基づく登記抹消請求、すなわち「妨害排除請求権の訴訟上の主張、行使は、入会権そのものの管理処分に関する事項であ」るから、「構成員各自においてかかる入会権自体に対する妨害排除としての抹消登記を請求することはできない」とする最高裁判例が存在する(最判昭和57・7・1判時1054号69頁)。この事件も最高裁まで争われたが、上記の判例を克服することはできず、原告の敗訴で確定した(最決令和3・4・16LEX-DB文献番号25590049)。

以上のように、平成20年判決という極めて画期的な判決が出ても、結局のところ、原告は自らの権利を実現することができなかった。平成20年判決は、当事者の訴権保護という理念を掲げるだけで、入会権確認訴訟において入会集団の構成員全員が共同原告となるべきことが原則であるにもかかわらず、第三者に加えて非同調者を被告にした訴えがなぜ許されるのかについてほとんど何も述べていない。そのため、この判決を給付訴訟に応用するための手がかりがなかったのであろう。

民事訴訟法理論に携わる者は、すでにある判例の問題点を指摘するだけでなく、既存の判例との整合性を保ちつつ、目の前の問題を解決するための具体的な理論を構築することも求められる。この意味では、平成20年判決は、学説の問題提起が受け入れられた画期的な判決であるものの、その後の展開を見ると、学説の役割を考えさせられる判決であるといえる。


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鶴田滋(つるた・しげる 大阪公立大学大学院法学研究科教授)
1972年生まれ。福岡大学法学部講師、九州大学大学院法学研究院准教授、大阪市立大学大学院法学研究科教授を経て現職。著書に、『必要的共同訴訟の研究』(有斐閣、2020年)、『共有者の共同訴訟の必要性』(有斐閣、2008年)、『事例で考える民事訴訟法』(共著、有斐閣、2021年)、『ゼミナール民事訴訟法』(共著、日本評論社、2020年)、『民事訴訟法(日評ベーシック・シリーズ)』(共著、日本評論社、2016年)など。