たたかいと法のアンビバレンス(和田仁孝)(特集:たたかいと法)
◆この記事は「法学セミナー」815号(2022年12月号)に掲載されているものです。◆
特集:たたかいと法
たたかいは法にどのような影響を与えるのか。様々な「たたかい」を素材に、法の果たす役割、問題点、展望等を分析・考察する。
――編集部
1 はじめに――たたかいとしての民事紛争
たたかいという言葉を聞けば、すぐに戦争や武力による抑圧などが思い浮かぶが、それらはたたかいの手段として暴力が用いられているような現象である。しかし、たたかいの手段は暴力だけではない。手段でなく、たたかいの本質に目を向ければ、われわれの身の回りにも、多くのたたかいの場面を見出すことができる。
たたかいの本質とは、当事者間の利害や価値が相容れず、衝突した状態にあることと定義することができよう。隣室の住人が夜中に大きな音を立てて眠れない場合、そこでは生活の質をめぐって、価値や利害の衝突が生じている。原発事故から自動車事故に至るまで、事故の責任のありかをめぐって対立するときも、やはり、利害や価値の衝突が生じている。実は、われわれは、日常生活の様々な場面で、価値や利害の衝突を経験し、その解決へ向けたたたかいにも直面しているのである。こうした私人(組織も含む)間のたたかいは民事紛争という概念と重なり合う。
民事紛争の場合、そこで採用される手段は多様である。暴力的手段が採られることも極めてまれであるが皆無ではない。自分の背後には暴力団がついているといった脅しが行われたり、ときには、そうした暴力が実際に動員されたりすることもありえないわけではない。他方で、和解できるような調整的な申し出を行い、相互に折り合えるところで紳士的に解決に至ることもある。この場合、手段は話し合いという平和的なものであるが、その水面下で、実は、様々な利害や価値をめぐる駆け引きという名のたたかいが生じている。そして法は、それらの過程に、様々な影響を及ぼす社会的メカニズムのひとつといってよい。
以下では、日常の中のたたかいの位置づけ、民事紛争という名のたたかいの場面で、法がどのような機能や役割を果たしているのか等を理論的に検証し、それが社会のニーズを反映して他の手段と絡み合いながら、どのような仕組みにより処理されていくのかについてみていくことにしよう。