(第63回)無罪にいたる長い道のり――「仮説」を「真実」というために何が必要か(後藤貞人)

私の心に残る裁判例| 2023.08.01
より速く、より深く、より広く…生きた法である“判例”を届ける法律情報誌「判例時報」。過去に掲載された裁判例の中から、各分野の法律専門家が綴る“心に残る判決”についてのエッセイを連載。
判例時報社提供】

(毎月1回掲載予定)

大阪母子殺害事件

殺人、現住建造物等放火の公訴事実について間接事実を総合して被告人を有罪とした第一審判決及びその事実認定を是認した原判決に、審理不尽の違法、事実誤認の疑いがあるとされた事例

最高裁判所平成22年4月27日第三小法廷判決
【判例時報2080号135頁掲載】

平成14年4月14日、大阪平野市にある集合住宅の一室で女性とその子供が殺害され、同室が放火された。その後、女性の夫の母親の再婚相手である刑務官が逮捕、起訴された。

裁判の経緯は以下のとおりである。平成14年12月7日正午、大阪地裁第1審判決平成17年8月3日(無期懲役)、大阪高裁控訴審判決平成18年12月15日(原判決破棄、死刑)、最高裁上告審判決平成22年4月27日(第1審、控訴審判決破棄、第1審差戻)、大阪地裁差戻後第1審判決平成24年3月15日(無罪)、大阪高裁差戻後控訴審判決平成29年3月2日(控訴棄却)確定。

私たち4人の弁護人は、平成22年4月27日、最高裁判所第三小法廷にいた。そこで裁判長が、「直接証拠がないのであるから、情況証拠によって認められる間接事実中に、被告人が犯人でないとしたならば合理的に説明することができない(あるいは、少なくとも説明が極めて困難である)事実関係が含まれていることを要するものというべきである。」と読み上げるのを聞いた。その後今日まで論文や裁判実務でしばしば引用されることになる有名な説示である。

いま私は、その説示が直接証拠のない犯人性に争いのある事件だけでなく、多くの否認事件の事実認定にとっていかに重要で優れた説示かを理解しているつもりである。そしてそのような判断をした最高裁第三小法廷の裁判官に敬意をいだいている。だが説示を聞いたそのときに、その意味と影響力を理解し感銘を受けたかというと、そうではなかった。それだけの余裕はなかったからである。

第1審判決は無期懲役であった。控訴審は検察官の量刑不当の控訴趣意を容れ、第1審判決を破棄して依頼人に死刑を言い渡した。第三小法廷はこれらの判決を破棄して事件を第1審へ差し戻した。依頼人は、ひとまず死刑判決を免れた。しかし、ひとまずであって、差戻審で無罪が約束されたものではなかった。差戻審での死刑判決回避を指し示すものでもなかった。検察官のさらなる攻撃が予想された。

実際、無罪が確定するまでにそれから7年の歳月を要した。

第三小法廷判決は、第1審判決及び控訴審判決が「被告人が犯人でないとしたならば……事実関係」が存在するか否かという観点からの審理を尽くしたとはいい難いとした上で、「本件事案の重大性からすれば、そのような観点に立った上で、第1審が有罪認定に用いなかったものを含め、他の間接事実についても更に検察官の立証を許し、これらを総合的に検討することが必要である」と判示していた。差戻審において、検察官が広範な追加立証をすることを許容するような判示である。

ただ、第三小法廷が最も重要なものとして指摘したのは、果たして被告人のDNA型が検出されたタバコの吸い殻が、「犯行当日被告人によって(被害者の住む)マンションの灰皿に投棄されたものである」と言えるのかに関する審理不尽である。追加立証によって、第三小法廷が示したこの点の疑問を解消できなければ、被告人が本件当日マンションに行ったとは証明できないことになる。

本件以前に、被害者が被告人宅にあった携帯灰皿を自宅マンションに持ち帰ったことがあるのは証拠上明らかであった。被害者が、被告人の吸い殻の入ったままの携帯灰皿を自宅マンションに持ち帰り、外出時にマンション階段踊り場の灰皿に中身を捨てたとすれば、それは同時に吸い殻が汚れていたこととも整合する。

マンション踊り場の灰皿には72本のタバコの吸い殻があった。DNA鑑定された1本を除いた71本のタバコの吸い殻中に4本の「マルボロライト(金色文字)」があった。「マルボロライト(金色文字)」は、被害者が常時喫煙していた銘柄である。もしこれらの吸い殻から被害者のDNA型が検出されれば、被害者が外出時に携帯灰皿から踊り場の灰皿に捨てた可能性が高い。そのことは直ちに、本件吸い殻が携帯灰皿経由であるとの弁護人主張を否定できないことを意味する。それ故、4本の「マルボロライト(金色文字)」の吸い殻のDNA鑑定が差戻審の帰趨を決すると言ってもよかった。

ところが、差戻審は、私たちが予想もしなかった展開をみせた。差戻審で検察官が、被告人のDNA型を検出したとする1本とは別に段ボール箱に入れられていた71本の吸い殻が全部なくなった、というのである。段ボール箱は、本件の捜査本部がある大阪府警本部4階で、他の証拠品の入った段ボール箱と並べて置かれていた。そのうち71本の吸い殻を入れた段ボール箱だけが忽然と消えた。しかも、捜査本部員しかいない場所にあったその段ボールを持ち出した警察官が誰であるかも分からないという。

それだけではなかった。弁護人は第一審途中で、「マンション敷地内から発見されたすべてのタバコの吸い殻」に関する「一切の証拠資料」等の開示を求めていた。検察官は、その開示請求の直後に警察から段ボール箱紛失の報告を受けながら、紛失の事実をおくびにも出さず、「開示に応じる理由がないので開示しない」と回答していた。

被告人は、「マルボロライト(金色文字)」が失われたことによって、その吸い殻から被害者のDNAを検出する機会を奪われた。捜査機関は、最高裁判決も指摘した、被告人が無罪を証明しうる証拠を紛失したことになる。しかしそれは同時に、検察官が弁護人の主張してきた携帯灰皿経由の可能性を否定できなくなったことを意味するはずであるから、その時点で検察官は有罪立証を諦めるべきだった。ところが、検察官は、当時マルボロライト(金色文字)を吸っていて、友人のいるマンションを訪れたときに、階段の踊り場の灰皿にその吸い殻を捨てた、という人物を証人請求した。また、多数の警察官を動員して、缶コーヒーを飲みながら吸ったタバコはすぐに汚れる、との非科学的な実験結果の証拠請求等をした。無罪に繋がる重要な証拠を紛失しておきながら、検察官はあくまでも不合理な立証を重ねた。検察官の追加立証はいずれも第三小法廷判決が解消すべきだとした疑問を解消できるような代物ではなかった。ふり返ってみると、差戻後第1審裁判所はそのことを分かった上で、検察官に立証を尽くさせたように思える。

差戻後第1審の判決は無罪であった。起訴から10年近くが経っていた。

これでようやく任務は終了するとほっとした。ところが検察官は控訴した。そして、第三小法廷判決の呈した疑問にしたがって考えれば、意味のない数多くの証拠を請求した。その中には、立証趣旨を、妻が被告人を犯人であると確信したことが誤解、思い込み、捜査官の誘導によるものでないこと、とする証人請求まであった。殺害現場に残された被害者の首にかかっていた犬のリード、被害者、子供の衣服等のDNA鑑定請求もあった。その立証趣旨は、ひょっとして被告人のDNAが検出できるかもしれない、という探索的なものであった。途中で室内にあったソファーの布地の鑑定も追加された。裁判所はそれらの鑑定を採用した。

ところが、このDNA鑑定の結果がいつまでたってもでなかった。そのうち、交代した裁判官が一旦却下した被告人の妻(その時点では死亡)の検察官調書を採用するつもりであると言い出した。その意向を聞いたときには、第三小法廷の法廷意見を無視して堀籠反対意見を蘇らせるつもりかと驚いた。そのうち、裁判長が代わった。新しい裁判長は、妻の証人採用はせず、打合せ期日に鑑定人の出席を求めた。そして、鑑定が遅れている理由を糺し、鑑定書の提出を急がせた。DNA鑑定の結果、資料から被告人のDNA型は顕出されなかったことが明らかとなった。

検察官の控訴を棄却する判決が言い渡された。平成14年12月7日に起訴されてから、14年と3カ月後の平成29年3月2日のことである。判決は確定した。ようやく、長い長い闘いの幕がおりた。

これより長い期間弁護人として活動した事件はある。しかし、無期、死刑、破棄差戻、無罪、控訴棄却と五つの判決を聞いたのはこの事件だけである。

最高裁でこれほど素晴らしい判決を聞いたのもこの事件だけである。最後に藤田宙靖裁判官の補足意見の一節を引用しておきたい。

「仮説」を「真実」というためには、本来、それ以外の説明はできないことが明らかにされなければならないのであって、自然科学における真実の発見と刑事裁判における事実認定との間における性質の違いを前提としたとしても、少なくともこの理論上の基本的枠組みは、後者にあっても充分に尊重されるのでなければならない。


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後藤貞人(ごとう・さだと 弁護士・大阪弁護士会)
1947年生まれ。日弁連刑事弁護センター死刑弁護プロジェクトチーム座長。編著書に、『否認事件の弁護』(現代人文社、2023年)、『被告人の事情/弁護人の主張』(共編、法律文化社、2009年)、『絞首刑は残虐な刑罰ではないのか?』(共編、現代人文社、2011年)、「日本の絞首刑を考える」『新時代の刑事弁護』(成文堂、2017年)など。