(第67回)判決に秘められた可能性(織田有基子)

私の心に残る裁判例| 2023.12.01
より速く、より深く、より広く…生きた法である“判例”を届ける法律情報誌「判例時報」。過去に掲載された裁判例の中から、各分野の法律専門家が綴る“心に残る判決”についてのエッセイを連載。
判例時報社提供】

(毎月1回掲載予定)

カナダスキー事故判決

スキーツアー参加者間のスキー場における接触事故につき、上方から滑走してきて転回しようとした者の過失を認めて損害賠償責任が肯定された事例

千葉地裁平成9年7月24日判決
判例時報1639号86頁掲載

本判決は、カナダのブリティッシュ・コロンビア州のスキー場で生じた、ともに日本居住の日本人同士のスキー事故につき、日本法に基づき原告の損害賠償請求を一部認めたものである。一般的には、スキー事故における原告・被告の過失割合の検討部分に注目が集まるのかもしれない(判旨の当該部分には傍線が引かれている!)が、国際私法の観点からは、日本法を準拠法とした点が重要である。判決当時(1997年)、現在の「法の適用に関する通則法」(以下、「通則法」)の前身である法例11条1項は「……不法行為ニ因リテ生スル債権ノ成立及ヒ効力ハ其原因タル事実ノ発生シタル地ノ法律ニ依ル」と定めており、本件では、スキー事故の発生地であるブリティッシュ・コロンビア州法を準拠法と解するのが当然と思われたからである。

その後法例が改められ、新しく制定された通則法(2006年)の20条に、不法行為規定(同法17条から19条)に定められる連結点(たとえば、結果発生地)よりも当該不法行為に密接に関係する地があるならばその地の法によることを認める旨の規定が置かれた。これは、連結政策の柔軟化を図ることによって個別・具体的な事案に応じた適切な準拠法の適用を可能にするためである(小出邦夫編著「逐条解説 法の適用に関する通則法〔増補版〕」(2014年、商事法務)233頁参照)。同条には例示として、外国にも立法例が多いとされる「不法行為の当時において当事者が法を同じくする地に常居所を有していたこと」というフレーズが挿入され、その立法過程において、本判決は、この例示のいわば先例として参照されている(前出・小出234頁、法例研究会「法例の見直しに関する諸問題(2)」(2003年、商事法務)9頁、29頁)。

しかし、本判決自体は、両当事者(原告・被告)が日本に常居所ないし住所を有していることに言及しているわけではない。本判決が日本法を準拠法とした理由は、①法例11条1項の「原因事実の発生地」には、事故発生地のみならず、当該不法行為による損害(入院費や治療費等)発生地(本件では日本)も含めるべきであること、②当事者のいずれも日本法によることを当然の前提として各自の主張を展開しているから、両者とも日本法を準拠法として選択する意思であると認められること等々にあった。判旨を素直に読むならば、前者は、通則法17条本文の「加害行為の結果が発生した地」の解釈として、後者は、同21条の不法行為後の当事者による準拠法の変更に関わるものとして取り上げられる方がむしろ自然であろう。にもかかわらず、本判決が同20条の成立に一役買ったのは、当時の規定に「背いて」日本法を準拠法とした本判決が、同条が企図する場面に「たまたま」合致する事案であったからと考えるのは穿ち過ぎだろうか。

ともあれ、一つの下級審判決(本判決は地裁で確定)が予想外の場面で法制定に寄与したことには小気味よさを覚えると同時に、紛争解決にあたり具体的妥当性を追求すること、そして、個々の裁判例に秘められた可能性を丹念に見出し法の発展に繋げることの大切さに、今更ながら思いを致すのである。

 


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織田有基子(おだ・ゆきこ 日本大学法科大学院教授)
1959年生まれ。東京大学法学部附属外国法文献センター助手、北海学園大学講師、助教授、教授を経て現職。最近の論文として「ハーグ成年者保護条約をめぐる近年の動き――国連障害者条約との交わりを中心に」(「日本法學」88巻4号(2023年))等。