(第61回)新たな「資産」に関する解釈論・立法論の土台(有吉尚哉)

弁護士が推す! 実務に役立つ研究論文| 2023.12.13
企業法務、ファイナンス、事業再生、知的財産、危機管理、税務、通商、労働、IT……。さまざまな分野の最前線で活躍する気鋭の弁護士たちが贈る、法律実務家のための研究論文紹介。気鋭の弁護士7名が交代で担当します。

(毎月中旬更新予定)

岩川隆嗣「『財産権』の法的性質について―債権上の所有権論の再考を通じて」

法律時報95巻4号(2023年4月号)より

テクノロジーの発展、社会環境の変化などにより従来存在していなかった(あるいは認められていなかった)経済的な価値を有する「資産」が登場することがある。近年も、暗号資産やNFT(Non-Fungible Token)などの電子的なトークン、分析・処理技術の向上により価値を有することとなった各種のデータ、温室効果ガスの削減効果を取引できるようにするためのカーボンクレジットなど多種多様な「資産」が現れ、実務上、取引の対象になっている。そして、このような「資産」の利用が広がると、その「保有者」としてどのような権利を有することになるのか、譲渡や担保の対象とすることができるのか、その場合の対抗要件は何か、相続の対象となるのか、執行手続や倒産手続においてどのように取り扱われるのか、といった「財産権」としての法的な規律の適用関係が現実の論点となってくる。もっとも、立法的な手当てがなされる場合を別として(なお、これまで、わが国において新たな「資産」に関する私法上の権利関係が立法によって明確にされることは必ずしも多くない)、既存の物・権利とは異なる性質を有する「資産」に関する私法上の権利関係を判断することは、一般的には難しい解釈論となりがちである。

法律時報2023年4月号 定価:税込 1,925円(本体価格 1,750円)

本稿は、慶應義塾大学の岩川隆嗣准教授が、民法上、「財産権」がいかなる法的性質を有する概念であるかを検討するものである。その中では、まず、過去に議論のあった「債権を対象とする所有権は成立するか」という論点に関して、権利と物とを截然と区別するか(権利の対象となるのは物だけか、それとも、権利も権利の対象となり得るか)という点で対立のある2つの学説を整理し、その分析から得られる視座として「物権と債権が権利として併置され、物権の対象である物は有体物に限定されつつ、財産権は無体物としても扱われる」というわが国の民法の体系の特殊性を指摘する。その上で、法文上の位置づけとして「財産権」は専ら権利のレベルから見た規律と物(無体物)のレベルから見た規律の2つの規律に関わる概念であると論じる。そして、前者のレベルの規律として、権利の帰属、権利の侵害、共有、取得時効・消滅時効を、後者のレベルの規律としては、譲渡、相続、物権の設定、金銭執行をあげ、それぞれの規律の対象についての考え方を整理している。

非常に抽象度の高いテーマを考察するものであるが、債権を対象とする所有権の成否という、程よく二項対立のあった過去の議論における学説とその帰結を整理してから、本論が論じられていることにより、「財産権」について(有体物だけでなく無体物を含む)物のレベルと権利のレベルが観念されることが理解しやすい内容となっている。このように民法上の「財産権」に関する規律について類型を分けて捉えることは、従来なかった新たな「資産」が登場した場面における解釈論に関して、(直ちにその答えを示すものではないとしても)民法その他の私法の条項のうちどの規定が適用(準用)されやすいか、手がかりになるものである。

例えば、金融実務においては、企業がより効率的に保有資産を活用するため、新たな類型の「資産」が登場すると、それを譲渡したり、担保の対象として資金調達の便宜としたりすることの可能性が検討される。そのような場面において、解釈論として譲渡・担保設定の可否・手続を検討するにあたり、本稿による概念の整理は考え方の糸口になると考えられる。また、そのような「資産」を保有する当事者に倒産手続が開始した場合に、その「資産」をどのように取り扱うべきか判断する際にも有用となり得る。さらには、政策的な取組みにおいて、新たな「資産」に係る立法を行おうとする場合において、既存の「財産権」との比較でどのように規律づけることが合理的・整合的なものとなるか、立法論としての整理の参考にもなるものである。

このように本稿は抽象度の高いテーマを取り扱うものであるものの、学術的な概念整理の意義に留まらず、実務上の具体的な論点における解釈論・立法論の土台となり得る一稿といえよう。

本論考を読むには
法律時報95巻4号 購入ページ
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有吉尚哉(ありよし・なおや)
2001年東京大学法学部卒業。2002年西村総合法律事務所入所。2010年~11年金融庁総務企画局企業開示課専門官。現在、西村あさひ法律事務所・外国法共同事業パートナー弁護士。金融審議会専門委員、財政制度等審議会臨時委員、経済産業省「スタートアップ・ファイナンス研究会」委員、金融法学会理事、金融法委員会委員、日本証券業協会「JSDAキャピタルマーケットフォーラム」専門委員、武蔵野大学大学院法学研究科特任教授、京都大学法科大学院非常勤講師。主な業務分野は、金融取引、信託取引、金融関連規制等。主な著書として、「日本法の下でのESG/SDGsを考慮した投資と法的責任」『フィデューシャリー・デューティーの最前線』(有斐閣、2023年)、「事業成長担保権に信託を用いることに関する一考察」『検討! ABLから事業成長担保権へ』(武蔵野大学出版会、2023年)、「金融機関に求められるSDGs・ESGの視点」『SDGs・ESGとビジネス法務学』(武蔵野大学出版会、2023年)、「担保取引の機能と比較した証券化取引の機能」『現代の担保法』(有斐閣、2022年)、『論点体系金融商品取引法1~3〔第2版〕』(第一法規、2022年、編集協力・共著)等。論稿多数。