企画趣旨(和田肇)/コロナ禍における非正規雇用と労働法上の課題(國武英生)(特集:ポストコロナと労働法)
◆この記事は「法学セミナー」828号(2024年1月号)に掲載されているものです。◆
特集:ポストコロナと労働法
コロナ禍を経て浮き彫りとなった労働法の課題は何か。時代を見据えた雇用と働き方を考える。
――編集部
企画趣旨(和田肇)
2020年初頭から世界を襲ったコロナ禍(COVID-19 Pandemic)は、雇用や働き方にも大きな影響を与えた。日本では2023年5月にコロナ感染症は、それまでの感染症法の「2類相当」からインフルエンザなどの「5類」に変更されたが、この間の経験は働き方や法的対応に多くの課題を残している。本企画ではこれを他面的に検討してみたい。
日本ではサーズ(SARS)やマーズ(MERS)の被害を受けなかったために、2類対応の感染症対策(伝統的に肺結核対策が主であった)が遅れたと言われている。職場の健康管理でも、当初多くの戸惑いがあった。しかし、2類相当のコロナ禍での職場環境や労働者の健康管理には、かなり平時にも通用する側面があると考えられる。〈石崎論文〉は、職場環境や労働者の健康管理の側面からこの問題を論じる。
大きな経済危機や自然災害が、最近は比較的短い周期で発生しているが、コロナ禍はこれまでの危機と共通の面と異なる面を有している。たとえば事業の廃止や休業等による雇用の全面的あるいは部分的・一時的な喪失が大規模に発生している点で共通している。しかし、リーマンショック時もそうであったように、こうした危機はすべての労働者に一様に及ぶわけではなく、特に脆弱な(vulnerable)人々(外国人の技能実習生、障がい者、ひとり親家庭など)や非正規雇用に顕著に現れている。また、非正規雇用では女性の比率が高いから、こうした経済危機はジェンダー問題を引き起こしている。〈國武論文〉は、そのうちで非正規雇用の安定の問題について論じる。
コロナ禍の影響は、その程度が深く、広範囲で、かつ長期であったために、今までの経済危機等と比べて異なる対応が求められた。つまり、解雇や雇止めも広範囲であったため、雇用保険による失業等給付(基本手当)の給付日数の拡大等の特例が実施された。また、雇用保険における雇用調整助成金が積極的に活用された。特例として助成率が増加されただけでなく、休業手当(労基法26条)の支給基準が明確でないために支給を受けない労働者のために特別な金銭補償が行われている(雇用保険の加入者であるが休業手当が支給されない労働者に対する休業支援金、雇用保険の未加入者である労働者に支給される休業給付金)。こうしたことが雇用保険財政に大きな負担となり、雇用保険制度自体についての再検討が行われている。〈鈴木論文〉は、この問題を論じる。
コロナ禍では、雇用や働き方で固有の問題も起きている。コロナ禍では対面での仕事が制限され、多くの労働者が在宅勤務やテレワークを余儀なくされた。今までの就労を取り巻く危機では起きなかった問題である。日本では先進国の中でテレワークの普及率が低かったこともあり、労働者も使用者も大きな戸惑いを感じながら、それに対応せざるを得なかった(教育現場でも同じ問題が起きた)。インターネット環境が整っていない家庭では、対応で混乱が生じている。テレワークでは通勤が不要となり、ワーク・ライフ・バランスが可能となったが、ケア労働は依然として女性に集中していた。また、労働時間管理や仕事のオン・オフの切り替えなどの難しさも問題となった。あるいは、テレワークについての使用者の命令権と、逆に労働者のテレワークでの就労権といった新たな課題も生じている。完全なテレワークではなく、対面との併用というハイブリッド形式も普及したが、こうした働き方はポストコロナでもある程度継続している。〈細川論文〉は、この問題について論じる。
この数十年間に「雇用類似の働き方」をするフリーランスが増加してきたが、コロナ禍では、特に在宅機会が増えたことに伴い、様々な商品や食事のデリバリー業務が拡大した。ウーバー配送などが典型であるが、その従事者は法律(労働法、社会保険法)上は自営業者とされているために、労働法(労基法、労災保険法、雇用保険法など)の多様なセーフティネットの適用を受けられないという問題を顕在化させた。〈河合論文〉は、この問題を論じる。なお、こうした就労者の結成した労働組合の団体交渉権についても多くの事件が生じているが、本企画ではスペースの関係もあり割愛せざるを得なかった。
本誌の読者である学生のアルバイトについても、大きな影響が出ている。学生であっても働いている以上は労働法の労働者(労基法9条、労契法2条1項、労組法3条等)に該当するが、昼間課程の学生の場合、雇用保険の対象ではないために、雇用を喪失しても失業給付の基本給付が支給されない。また、使用者がシフト配置をしないために、勤務ができないとしても、休業手当が支給されないという問題が生じた(なお、この者にも休業給付金は支給された)。今日では相当数の学生がアルバイトで生活を支えており、こうした労働法に直面する機会が増えている。〈細谷論文〉は、この問題を論じる。
本企画は、コロナ禍を素材に、学生にも関係するテーマも取り上げながら、雇用の変化と労働法の課題を、可能な限り統計資料や裁判例にも触れながら分析しようとするものである。〈竹村論文〉が指摘するように、学生にとって、ナマの労働法の実態に触れて学習の手助けになると幸いである。
(わだ・はじめ)